第6話 秘密のカフェとチョコレートケーキ

「「いただきまーす」」


 目の前の美少女はぴったりと整ったタイミングでフォークをつかって、ケーキを食べ始めた。


 どうだ? 美味しいだろう。

 この店のチョコレートケーキは。

 通常、始まりの街の食べ物といったら、定番のファンタジーっぽいモノが中心になる。

 固いパンに干した肉、牛乳にリンゴ。


 正直に言うと余り美味しいくはない。よく言えば素朴な味と表現出来ないこともないのだが、現代の贅沢な食生活に慣れた人間にとっては「味がしない」とか「まずい」とか言われてしまう味付けに設定されている。


 あまり食事が美味しいとゲームを先に進めずに、グルメを楽しんでしまうものが現れるからのあえてのバランスだった。

 全く何の努力をしていない始まりの街でのんびりグルメなんてされたら困るのだ。


 もちろん、ある程度進んだ街にはグルメスポットなんかも用意するけれど。


 地道なレベルあげと今までそろえてきた装備があれば人は簡単にゲームで遊ぶことをなげださない。

 それに進んだ街ではだんだん物価も高くなるので食べ物を買うためにもある程度クエストをこなしたり魔物を刈ってお金を稼ぐ必要がある。


 始まりの街のお手軽装備で美味しくご飯だけ食べてゲームに飽きられない工夫ってやつだ。始まりの街の飯はまずくしろ。これは俺の中で鉄則だった。


 だけれど、もちろん裏技もある。


 隠し要素として、一定レベル以上の人間だけが入れる酒場や店をつくっておいてそこでは美味しくしかもバフが付くメニューを用意する。


 この空間は特殊で、一定以上のプレイヤーとそのプレイヤーがもてなす相手しか入ることができない。たとえ、このゲームを管理している人工知能であっても余計な介入ができないようになっている。


(まあ、正確には開発途中にできたバグの一種を改良したものなのだが……だから“裏技”である。ゲームとしてこの世界が公開されていたときはプレイヤーは誰も見つけ出してくれなかったけど)


 それが今目の前の少女たちが食べている“マッドハッターチョコレートケーキ”だ。

 可愛い女の子が喜ぶような光景がテーブルの上にはあった。


 華やかなクロスを掛けられたテーブルにいくつもの重なりあう色とりどりのティーカップ。ティーポットに至ってはなんと本の形をしている。女の子が喜ぶテーブルセットと提供される決まりだ。


 泥のようにこってりとした濃厚なチョコレートのケーキ。身近に食べられるものに一番近い味のイメージはよく輸入食材やで売っている三百円くらいの濃厚チョコレートケーキだ。


 それが、ふつうのカットケーキの三角の形をしていて、ボールにはいった新鮮な苺とフレッシュミルクが添えられている。


 うんざりするくらい濃厚な甘さを牛乳で洗い流して、苺を囓ると爽やかな酸味がいつもより強く感じられて、それは最高に美味しい。


 チョコレートケーキに苺を併せるのは妻の好み。

 フレッシュな牛乳を一緒に飲むのはもちろん、娘である柚希の習慣だった。


 いかん。仕事中に妻や娘のことを考えるなんて。

 集中できてない証拠だ。

 集中しろ、俺!

 これはゲームの中だけど、遊びじゃないんだ。デスゲームなんだ。


 しかも、このデスゲームは俺が運営しているという……。

 参加者たちの戦いを華やかに演出して、いかに見せ場をつくるかも俺の仕事だ。


 ただ、ゲームの司会進行だけがデスゲーム運営の仕事じゃないのだ。

 さあ、仕事をはじめようじゃないか。


 俺は、気を取り直して、二人にほほえみかける。

 デスゲーム運営って普通は仮面やマスクをつけて、無表情に見せるモノだが、この際仕方が無い。


 なぜなら今、俺はこの世界に頭部しかないのだから。

 相手に何かを伝えるとき大抵の人は無意識にボディランゲージを使っている。日本人だって、欧米ほどは多くはないとは言え微妙に肩をすくめたり指の動かし方で、勝手に読み取っていたりする。


 それがないのだから、表情くらいはっきりみせないと、信頼を得ることが難しくなる。

 いくら俺が今現在、二人に信頼されているっぽくてもだ。


 なんせ、相手はみんな命をかけたデスゲーム中なのだ。

 疑心暗鬼になっているに決まっている。

 そんな場所で少しでもあやしい動きをしてみろ、殺される。


 もちろん、俺は運営なのでゲームの中で殺されたとしても復活はできるけれど、始末書を書かされる。

 運営を殺すほど混乱したデスゲームというのは大抵失敗するから。


 観客はみんな人と人の殺し合いを見たいと言いながら、大抵の場合は管理され演出された美しいデスゲームを見たいと思っているのだ。


 ただ、無軌道な殺し合いなど意味がない。


 それはもうゲームとしては美しくないから、商品価値がなくなってしまうのだ。スポンサーや観客は気まぐれだ。

 たとえ、どんなに人気なゲームでもその乱れに気づかれたら、あっという間に蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「二人とも何を争っていたんだい? 喧嘩はよくないよ」


 殺し合いのゲームを運営している人間が何を言っているんだと自分でも思うけれど、俺の声はその場にとても誠実そうに響いた。


 そして、チョコレートケーキを食べていた二人の少女はきょとんとした顔をしてこっちをみつめる。

 二人とも口の端にはチョコレートケーキの食べかすが付いていた。

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