第3話 鑽孔テープとみたらしだんご
「大変ですっ、初回のパラメータ公開なのにもう他の参加者の五倍の経験値を集めた参加者があらわれました!」
「こっちには、今まで見たことのない組み合わせの職業とスキルの参加者がいるぞっ」
モニタリング室に入るなり、慌ただしい声が飛んでいた。
白衣を着てメガネをした同僚二人が、ゴジラを倒す作戦でもしているのか、白いロール紙をつまみ上げながら報告している。
もちろんトイレットペーパーではない。
鑽孔テープといって、記録媒体として使われていたやつだ。
何でこんなモノを使っているかって? 演出だよっ!
そんなものに金をかけるくらいなら、トイレのトイレットペーパーと石鹸をもっと上質なものにして欲しい。なんで未だにウチの会社の社員用のトイレは小学校のときネットに入っていたレモン石鹸つかっているんだよ。
製薬会社ならもっといい石鹸くらいあるだろう。
そんなことを考えながら、部屋を進むと二人が散らかした鑽孔テープに躓く。
ああ、無駄なのに。
いいよなあ、二人は。それっぽく白衣なんて着ちゃって。
どうせ、さっきまで二人でお茶をしていたのだろう。そうじゃなきゃ、パラメーターの異常にはもっと早く気づいて報告できるし。それに、俺が今、躓いた鑽孔テープにみたらし団子のたれがついているのが何よりも証拠だ。
俺はため息をついたあと、気を取り直す。というかなんとか意識を保って、言った。
「大丈夫。想定内の数値だ。職業とスキルの組み合わせだって新しいスタイルが生まれるかもしれないじゃないか」
なんとか笑顔を保つ。
ここで怒って感じが悪い奴とか、いつも不機嫌なやつみたいに噂されても美味しくはない。
なんとか穏便にすませて自分の身を守る。
それがたぶん正しいこの会社での生き方だ。
そうだ。よし。こうやって、自分の立ち振る舞いも復習できたから大丈夫。さあ、問題に立ち向かおう。
今回のデスゲームは非常にオーソドックスなものだった。
人工知能によって生成された世界を旅してボスを倒す。
人と人で欺しあいや駆け引きをするよりも、最近はこう言う作品の方が人気なのだ。
なんせ頭脳戦駆け引き系だったりすると、どうしてもそこからアイドルなんかのスターは生み出しにくい。ゲームに勝ち抜いたということは、どこかしらにずるいというイメージが付くからだろう。
それに比べて、ゲームクリア型。協力プレイあり。このタイプだと、見せ場なんかもつくりやすいので視聴者からの人気が出やすい。
今回はどれどれ世界はファンタジー系……ってこれは、俺がゲームを作っていたころに手がけた世界だ。
この始まりの街のステンドグラス。すごく綺麗だけれど、影の付き方とかこのステンドグラスに隠された物語とかいろいろ凝っていて好きだったなあ。作るのは大変だったけど。楽しかったし、自分の仕事に誇りをもっていた。
そう……人工知能により自動生成といっても、ある程度もとになる部分もあるのだ。
人工知能は新しい世界を人間と違っていくつでも作ることはできても、全くの無から生み出すことはできないのだ。
俺たちが作った過去のゲームと、デスゲームの参加者の記憶やイメージをもとに作られる世界観。
それはどこか懐かしくて、記憶にあるよりも美しい世界。
あの始まりの街のステンドグラスの公式イベントの前に、今の会社に買収されたんだっけ。懐かしい。
誰かにプレイの感想を聞いてみたかったな。せめて、自分で完成したもので遊んでみたかった。
そうだ、一応トラブルだと同僚は言っているし、実際にこの世界に入ってデスゲームの運営として状況を確認した方がいいかもしれない。(ステンドグラスがちゃんと俺のものを再現されているのかそれとも、新たに再構築されているのかも気になるし。)
「ちょっと、第一回のパラメーター発表。直接、出向いてくるわ」
俺はただばたばたしながら紙をいじくり回す二人に言葉を投げ掛けたあと、部屋の隅にある冷蔵庫をあけた。
そこにはデスゲームの参加者が入っているカプセルの培養液と同じ緑色のどろどろした液体が二リットルのペットボトルに詰められて何本か常備されている。
「ホント、ケチだよな……」
俺はそういいながら、冷蔵庫の上に乗っている洗面器をおろし、トポトポと洗面器の中に緑の培養液を注ぎいれる。
んで、洗面器に顔を突っ込んで、
「起動!」
と叫んだ。
水が入り込んでごほごほと咳き込むのを予想して目をぎゅっとつむり身構えるが、ぬるっとした液体が入り込んでくるだけで特に苦しさは感じなかった。分かっているのだけれど、どうしても身構えてしまう。
別に泳げないわけじゃないのに。浮き輪があれば。
そうそう、なんかこの培養液、ナノマシンとかも入っているらしく、特にケーブルやヘッドギアなしでVRMMOが出来るらしい。便利だ。
だけれど、まあ一応培養液は高価なのでたくさんは使わないようにと言われている。
よって節約のために、洗面器に顔を突っ込んで自殺している人みたいな格好をとることになるのだ。本当にまぬけ。
まあ、こうやって頭しか無い状態もそれなりに不気味でいいけれど。
どうしても体が欲しいときはダイブしてから、自分で再度、運営権源を使ってアバターの作り直しなんて手もあるのだけれど面倒くさい。
そっと目を見開くと、眼球が緑の液体になめられるようにゆっくり覆われると同時に新しくて懐かしい景色が目の前に広がり始めた。
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