最終話 世界を救わない俺の、正しいチートの使い方

 さて次が真打だ。


 この世界が定めた正しい手順によらず『巨神』の一体を無力化したために、世界のコトワリ――神様気取りの力の行使者が顕現するはずだ。


 それをしばき倒してこそ、俺の長年にわたる目的はひとまずは達成される。


 その予測を違えることなく全天が紅く染まり始め、俺の展開した球形結界など比べ物にならないほどの広範囲にわたって光の柱が無数に立ち上がる。


 いいぞ、外連味たっぷりだ。

 ラスボス級が現出する際にはこれくらいでなきゃいけない。


 何度もやられて繰り返すことになったら、イベントスキップ機能は欲しくなるだろうが。

 べつにどこかの狩りゲーでもあるまいし、『時間遡行』を繰り返して必要素材を集める必要もあるまいから、この一度でサクッと終らせたいところである。


 そのまま真紅に染まった空が割れ、無数の空の欠片が地表に降り注がせながら巨大なヒトガタの上半身が、空であった空間にぽっかりと開いた虚空から逆しまに顕れる。

 

 なるほどかっこいい系ではなく、グロい系か。


 ラスボスとしては嫌いじゃない。

 最後にミサイルを喰らって東京タワーに突き刺さるようなはめにさえならなければだが。


 数百年ぶりのその威容に怯えた気配を見せるリィンを、臆病者とそしることはできまい。

 その見た目のグロさだけではなく、この存在が現出した結果、幼いリィンがずっと続くと思っていた楽しい日常が終わりを迎えてしまったのだから。


 トラウマになっていても誰が責められようか。


 抗えずに怯えるリィンを抱き寄せて左腕で抱きかかえる。

 役得ではあるが、今の俺の見た目とリィンの容姿であればかなり絵になるのでアリっちゃアリだろう。


 なによりも怯えているリィンが、そうすることによって照れの方が強くなるのがいいのだ。

 その上でどこか安心したような、覚悟を決めたような表情を見せてくれることがなによりもありがたい。


 ラスボスに挑む絵面としてはなかなかにいい出来なはずだ。


『――オマエは世界のコトワリを歪めた。ゆえに排除する』


 腹の底から響くような大音声が、その瞳のない眼窩と鼻の位置の洞、その下にある歯のない巨大な口から発される。


 人のカタチが巨大すぎるだけで大概ホラーだし、そのおどろおどろしい声も人の根源的恐怖を呼び起こすに足るだけのハッタリが十分に効いている。


「――しゃべったな」


 だが興ざめだ。


 しゃべるラスボスなど、言うほど怖くない。


 怖いのは人のカタチを保ちながらも、そのサイズも在り方も、そこに宿る意志すらも定かならぬ、人に似て絶対にそうではない異形の場合が最も怖いのだ。


『だからどうした』


 こんな風なリアクションを返してくる時点で、恐怖を軸足とした敵としては演出を間違っているとしか言えない。


「いやほっとしたんだよ。敵がとんでもない力を持っているだけの、俺となにも変わらん存在だとわかってな」


『我をヒト風情と同じと嘯くか』


「それだよ、それ。それがもう寒い」


 本当に圧倒的な存在なのであれば、言葉で語るなんてことをするべきじゃない。

 プレイヤーと同じ土俵に立った時点で、ラスボスとしての格が下がる。


 物語としては嫌いじゃないが、不幸な過去を語りだすラスボスとかあんまり好みじゃないんだよ。

 ラスボスとは理不尽さえも超越した、斯くあるべしとして世界を無に帰す存在であってほしいと思ってしまう。


 畏るべき存在であって欲しいのだ。


 いっかな恐れ入らない俺に対して、神を騙る存在よりも俺に抱き寄せられている体勢になっているリィンの方が興味深げな視線で見上げている。


 いやだってリィン、この敵けっこう俗物だぞこれ。

 間違いなくラスボスではないレベルで。


「天災がそうであるように、ただかくあれかしと人を呑み込めよ。星が砕けて世界が滅ぶ際、星はその上で蠢く人のことも、自身のこともなんとも思うまい。逆に人が知恵と技術でそれをなんとかしたってそれは同じだろう」


 恐怖とはそういうもの。

 曲がりなりにも意思疎通が可能な相手となれば、それは恐怖の根源からは切り離されてしまうのだ。


「だが己の意志を以てを滅ぼそうというのであれば、お前は俺と何も変わらない」


 絶対に理解し合えない存在同士が、同じ空間に放り込まれるからこそ怖いのだ。

 話すことが可能な相手となれば、それがデカかろうがキモかろうが、ただの喧嘩でしかない。


 ただの我のぶつけ合いだ。


「そんな神の力を持っているだけの人と変わらぬ存在がうそぶことわりとやらのために、無抵抗で滅んでやるつもりなどないんだよ」


 神を騙る力で殴りかかってくるというのであれば、人の生み出した力で殴り返すだけだ。


ワレに成り代わるつもりか』


「そうじゃない。神を越えてゆく存在こそが人だろう」


 ティコの座右の銘である。


 人が神になるのではない。

人は人のまま、人も含めたこの世界を創造した神を越えていくからこそ人なのだと熱く語っていらっしゃった。


 とはいえ――


「それに俺はそんな御大層なことは考えちゃいない。神のような力を持っているだけの暴君アンタからその力を奪うってだけだ。他人が好き勝手している世界より、自分が好き勝手出来る世界の方がいいのは言うまでもないだろう? 今お前がそうしているのと同じだよ」


 俺はリィンと楽しく生きていきたいだけだ。


 それを邪魔するものであれば、なんであろうと排撃する。

 正しいも正しくないも知ったことではない。


 もとより正義を語るつもりなどありはしないのだ。


 だからこれ以上語っても意味はない。


 どうせ最後は互いの力で相手をねじ伏せんとするのだ、リィンに犠牲を強いてそれを正しい世界の在り方だと宣うような輩は全力でぶん殴るしかない。


 いわゆる「言葉は無粋、押し通れ」というやつだ。


 相手もそれがわかっているのか、先制でなんらかの行動を起こそうとしたらしい。

 それに反応して自律的に起動するように設定されている、俺たちの奥の手が応じて発動する。


 転移してきたいくつもの『人造神遺物ニア・アーティファクト』が同時並列稼働して巨大な魔法陣が俺とリィンの背に立ち上がる。


 曼荼羅と生命の樹セフィロトを組み合わせたような、いかにもなカタチはいかにも俺好みである。

 一言でいえば厨二全開というやつだ。


 これが俺を含めた『世界の淵ワールド・エッジ』が完成させた、対神様決戦魔導兵器。


 人の知恵と技術によって生み出された『機械仕掛けの偽神デウス・エクス・マキナ

 別名、超巨大猫型魔法陣。


 中核には俺がこの世界に顕れる際にともに現れた、従魔であるクロが据えられている。

 今や長き時を経て猫又と化し、幾本にも増えた尻尾、そのすべてが一つ一つの『人造神遺物ニア・アーティファクト』に接続されている。


 まだ正体ははっきりしないが、クロこそがこの世界において俺が神に対峙することを可能としたピースの片方である。


 もう一つは言うまでもなく、我が身に宿る二つの不正行為チート能力だ。

 そのすべてを費やして、この敵を排除する。


 神を名乗るモノのおどろおどろしい声に比して、可愛いが過ぎるクロの鳴き声があたり一面に響き渡る。


「コイツはアンタが行使するすべての神鳴る力を模し、解析し、無効化する」


 だがこの決戦猫型巨大魔法陣は、なんらかの攻撃を加えるわけではない。

 俺が言ったとおり、あらゆる神の御業を無効化するためのものだ。

 

「後に残るのは、この世界のコトワリに支配されている互いの躰だけ」


 文字通り、殴り合いだ。

 魔法も武技も有効だが、神を気取るモノの戦いとしては想定外だろう。


 そして戦いとは相手の想定を外したものが勝つべくして勝つのだ。


 それに加えて――


「だが俺はアンタでも感知できなかった、不正行為チート能力を持っている。最後はそれと、我ながら呆れるくらい繰り返した育成レベリングの果てに辿り着いたこの身でアンタを粉砕させてもらうよ」


 ただ馬鹿でかいだけの的になり下がった神を騙る敵に対して『時間停止』を発動し、5桁を超えるに至ったレベルの格闘士――この世界で最初に習得したジョブで殴り掛かる。




 ◇◆◇◆◇




 『時間停止』の発動中に念入りに粉微塵に砕いたため、それが解けても断末魔の叫びも、思わせぶりな負け惜しみの台詞を発することも出来ぬまま敵が地表へと墜ち崩れてゆく。


 空に開いた虚空も消え去り、通常の空間へと戻ってゆく。


 べつに事の起こりからここまで、すべて時間が停止していたわけではないから、今の現象は世界中のありとあらゆる場所で観測されていたはずだ。


 まあそれが無くても表示枠による録画もきっちりしてはいるのだが。


「――おわった、の?」


「ひとまずはね。だけどありゃラスボスの格じゃないなあ……まだこれから先、何かあると思っておいた方がいいとは思う」


 茫然と問うてくるリィンに、正直に答える。

 なければないでもいいのだが、あんな俗な敵がラスボスとは思いたくない。


 『最初の勇者ファースト』のパーティーが、迷宮ダンジョンの奥深くで消息を絶ったことにはもっと別の大きな力が関わっているような気がする。


 ただもしかしたら、今この瞬間に『聖教会』の教皇庁、その奥深くで『聖女様』が目覚めているのかもしれないが。


 とはいえ当面、リィンと楽しく過ごせる時間くらいは確保できたはずだ。

 曲がりなりにも神を名乗っているからには、そのスケール感で次の干渉を仕掛けてきていただきたいものである。


 具体的に言えば、普通の人の一生分くらいは大人しくしておいてくれると非常にありがたい。


 その間にリィンと楽しむことはもちろんだが、『最初の勇者』のことを調べたり、『聖女様』を復活させる方法を模索したり、廃都ア・トリエスタを復活させてエルフや亜人、獣人たちの国を立ち上げることもしなければならない。


 周回モードに入ってからは放置気味だった最初にあった方々へのフォローも必要だろう。

 まあもっとも今の周では一月程度しかたっていないので、いくらでも挽回は効くのだが。


 まあどれも今までと比べれば楽しいことばかりだから、苦にはならない。


「まずはヴァグラムの冒険者ギルドまで、リィンのペンダントを返してもらいに行こうか」


 そういうと、びっくりした顔で俺を見上げるリィンに笑いかける。

 

 最初に「絶対にどうにかしてやる」と思ったスタート視点に、ようやく立てた。

 とはいえまだまだやりたいことは山積みな訳だが。


「なによりもまず最初に、ありがとうマサオミ。えっと……エフィルディスの責務からも解放してくれたってコトは、とうとうそういうこともする、の?」


 最初に疑問を持つのがそれってどうかと思いますが、


「……もうちょっと育ってからの方がいいんじゃないですかね? 幸い『黒化』は解除されたので、今日からはまっとうに成長していくと思いますし」


 わりと真面目に応えたのに、無言で体当たりをされた。

 理不尽である。


 世界を救わない俺の、正しいチートの使い方。


 少なくとも俺にとっては、ひとまずそれを成せたんじゃないかと思う。


 どちらかしか救えない場合、どちらかを犠牲にすることを是とする「カルネアデスの舟板」という考え方を俺は大嫌いだった。


 本当にその状況に追い込まれれば、それでも選ばなければならないのだということをわかっていてもなお。


 だからもしも本当に力を手に入れられたら。

 神すらも殺しきれるような、異世界転移、転生にお約束の不正行為チート能力を手に入れることができたなら。


 舟板なんて叩き割って、海の水を干上がらせるような解決方法を取ってみたかったのだ。

 その夢は叶ったと思う。




 あとはまあ、この世界を楽しめるだけ楽しむだけだ。


 今俺の腕の中で、赤面しているリィンと一緒に。

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カルネアデス・パラドクス ~異世界転生した俺は、【時間を支配するチート】と【ゲーム的能力】を駆使して好きなように生きる! Sin Guilty @SinGuilty

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