第5話 占い師
俺が疲労から来た睡眠から目を覚ますと、すぐさま辺りを見渡す。
そして、アレンの顔は一気に綻んだ。
「……本当に良かったよ」
目の前には、白犬が元気な姿で歩き回っていた。
腹部の布を外して状態を確かめてみるが、数時間前と違い傷と言えるなものは一切ない。
「……あれ、でも確か……傷があった筈なんだが……」
俺が考え込んでいると、あることに気付いた。
俺の右腕が完治していたのだ。
「……あれ?」
俺は思い切って右腕を振り回してみる。まだ折れていたらということを一切考えていない愚行だが、しかし右腕は一切軋むことはなかった。
異変を一片も感じさせないほどに、完璧に治療されていた。
少し考えたが、白犬と俺の共通点。そんなもの一つしかなかった。
俺でさえも御伽噺としか聞いたことがなかったが……。
「この湖……聖水だったのか……」
極秘中の極秘。錬金術の大国であるドルガンが全て管理していると言われる聖水……その水はたちまち病人を癒し、致命傷すらも癒すと言われる幻の水。
まだ未発掘のものが多い”魔女の森”だが、まさかこんな発見があるなんて……。
「……奇跡ってあるもんだな……」
そう言って立ち上がると、白犬に呼び掛ける。
「シロ、ここは危ないから早く森を降りよう……て伝わるわけないか。犬だし」
自分で言っておいて頭を掻く。どうやら白犬のことを「シロ」と呼ぶことにしたようだ。
しかし、シロは俺の声に反応すると勢いよく走り出し、アレンの目の前で止まる。
俺はシロの意外な行動に目を見張った。
「お前頭いいなぁ」
「ワゥ!」
シロの頭を撫でると、シロは嬉しそうに吠えた。
―――――――――――
数時間、シロと歩いたこの時間は、森が下層に入った所為か凶暴なモンスターは一切見られなかった。
しかし、どこかからギラリと光る視線がこちらを見ているのを密かに感じていた。
何故襲ってこないのか……それは俺には分かりもしないことだった。
そんなことを考えていると、目の前に木々の隙間から光が顔を出した。
「……! もしかして外に……!」
俺の足は自然と駆け出していた。釣られてシロも走り出している。
森を抜けた瞬間、広がっていたのは小さな村だった。
そしてその奥には広大な草原が広がっており、長い森の迷路がここで終わった。
思わずアレンの顔が綻んだ。
ゆっくりとした足取りで、それでいて浮足立って俺はまずは村へ向かう。
シロは少し怯えている様子だったが、それでも俺についてきていた。
村を囲う男性の平均身長ほどの高さはある塀の一角に聳える門の前に立つと、門を押し開ける。
木製であるが、設計の工夫かまるで石のように重くなっている。
門を押し開け、村の中に入ると村の至る所からドアの軋む音が聞こえる。
「なっ……なんだ……!?」
動揺しつつも、状況を把握しようと周りを模索するアレン。アレンの足下では驚いたシロが隠れている。
ドアが開かれると、そこから現れたのは何人もの鍬や石槍を手に持った住人達。
住人達は訝しげに家の外へ現れた。
「ふっ……ただの旅人かぁ……」
「たくっ、驚かせやがって」
「ごめんねぇ、驚かせちゃったわよねぇ」
住人達が俺に対していろんなコメントを残していく。安心だったり批判だったり心配だったり。
よく分からないが、みんな少し安心したような表情だ。自分が敵対視されていないことだけは理解した。
「えっと……何かあったんですか……?」
アレンの質問に住人達は顔を合わせると、考えた末に教えてくれた。
「この村……もうすぐ襲われちゃうの。ゴブリンに」
「ゴブリン……」
知っている。一匹一匹は弱いが、他のモンスターに比べ尋常ではない数の群れを形成する、緑色の肌の耳や鼻を尖らせた小型のモンスター。
傭兵の訓練にもゴブリン狩りが採用されることもある。それは、ゴブリンに勢力を拡大させないためのものであることをアレンは理解していた。
「でもなんで……ゴブリンは縄張りを形成していてそこから出るのは僅かな小型ゴブリンですよ? そんな警戒しなくても……」
「そんなこと言ってられねぇんだ」
住人の一人が口を挟んだ。
隣の住人が口止めをしているようだったが、しかし男の口は止まれなかった。
「占い師様がそう占われたんだ。もう決定してることなんだよ!」
「……占い師様?」
突飛な言葉が聞こえてアレンは首を傾げる。他の住人がやれやれと言うように目を伏せていた。
「あまり外から来た人に言うもんじゃねぇんだが……聞かれたら仕方ねぇ。兄ちゃん、武術の経験はあるかい?」
「はい、剣術をやっています」
「それなら話は早いな。これ聞いたらゴブリン討伐に参加することになっちまうが占い師様の顔見せてやる。さぁ、どうする?
「ま、待ってください。いきなりのことで何が何だか……」
しかし、アレンも内心その占い師様と言うのは気になっていた。
この住民たち全員がまるで崇拝でもするかのようにその占い師様に信頼を置いてるな。何か怪しい気もするし、それにゴブリンが来るというんだったら傭兵として放ってはおけない。だったら……
「さぁ、どうするんだい兄ちゃん?」
「……分かりました。ゴブリン討伐、請け負います」
辺りからどよめきや歓声が聞こえる。アレンは少し照れながらもゴブリン討伐を依頼した男に聞いた。
「……で、その占い師様という方はどちらに?」
「あぁ、こっちだよ」
そう言って男は俺を案内した。それにシロもとことこと歩いてついてくる。
そうして俺達は占い師様のところへ向かった。
◇
「......ここだ。ここに占い師様が居られる」
そう言って男は、街の中心にある大きな屋敷の一室のドアに手を掛けていた。
「ちゃんと話は聞いてると思うが、もしかしたら昼寝の時間だったかもしれない。確認を頼む」
「……え? 話は聞いてるって……何の話ですか?」
「兄ちゃんが討伐を受けるって言ったことだよ」
「いやそれ今さっきのことですよね!? 何で占い師様が知ってるんですか!? 誰かがもう既に伝えたんですか? それでも……」
「占い師様は全てを知っておられる」
「……?」
突然の男のセリフに戸惑いを隠せないアレン。しかし、男はそれ以上説明することはなくドアを開けた。
「占い師様! 彼を連れてまいりました!」
男が張った声で響かせる。中には紫のローブを纏った女性がソファに座って待っていた。
紫の手袋を付けている。女性の肌は白く、座ったままではよく分からないが背丈はあまり高くない印象。幼い容姿だ。しかし、顔はローブを深く被っていてよく見えない。
「……ありがとう。ウルさん。じゃあそこに座って。ア・レ・ン・く・ん・」
「……!」
俺は狼狽した。何故かこの目の前にいる女性は聞いたこともない筈のアレンの名前を知っていたのだ。後ろでウルと呼ばれた男がニヤリと笑っている。しかし、振り返ると何もしていませんでしたと言わんばかりに余所を見ている。その後、逃げるように部屋を出て行ってしまった。
全く嫌な大人だ。
『占い師様は全てを知っておられる』
なるほど。こういう感じね。
目の前の占い師様はずっとニコニコとしながら俺を待っている。
俺は冷や汗をかきながらも占い師様が差し出した席に座った。
「初めましてアレンくん。ゴブリン討伐に参加してくれるんですよね? 私はセレナと言います。よろしくお願いします」
その時、初めて占い師様はローブのフードを脱いだ。
真っ白の肌の透き通るような金色の髪。紫がかった瞳。整った幼い顔立ち。そして何より目を引いたのは、顔の三分の一は覆う黒い右目の眼帯。
アレンはその顔に一瞬目を奪われてしまった。
「私の顔、何か付いてます?」
「いや……」
「あ、この目ですか?私、幼い頃に目を火傷して失明しちゃいましてね。それからこの眼帯は私のトレードマークです」
「……言わせてしまって申し訳ありません」
「いや、いいんですよ。説明するのも慣れましたし、何よりこの眼帯は気に入っています」
落ち着いた口調で言う少女――セレナは笑顔でそう言ったが、俺は罪悪感を感じてならない。
そんなことも気にせず、セレナは話を続ける。
「ゴブリン討伐の話に戻りますが、いいですか?」
「あ、はい」
間抜けな声で答えると、セレナは一つ咳払いをして話し始めた。
「ゴブリンが襲いに来る……それは変わることのない事実です。おそらく三日後、早くて二日後にゴブリンはこの村にやってきます」
「それなんですが……その話、信憑性薄くないですか?」
「と、言いますと?」
「ゴブリンは多数の群れを形成して生息するモンスターですが、知識はありつつも凶暴性は薄いです。縄張りを形成してそれ以上の土地を欲せず、数体の働きゴブリンが縄張りから出てくるというだけです。それだけであれば一般人でも対抗出来ますし、働きゴブリンは食料を探すため広範囲を探索するので群れを形成しないんです。……俺が言いたいのは、警戒する要素が薄いという話で……」
「違いますよ」
セレナは薄ら笑いを浮かべながら告げる。
「私は、”ゴブリンの群れ”が襲ってくると言っているんです」
「……それは有り得ません」
俺が反論する。
「今までゴブリンが群れで襲ってきたというケースは殆ど存在しません。なんでそんなことが言えるんですか?」
「……私、未来が見えちゃうんです」
「……はい?」
無表情な少女の突飛な返答に俺は呆気に取られた。
「私が”占い師様”と呼ばれる所以です。自分の周りに起こる先の未来が……私には見えるんです」
「はぁ……そりゃまたどうして?」
「私にも分かりませんよ。でも、確実なんです。私の”これ”が外れたことは一度もありません」
「……中々信じられない話ですね……」
「……確かに、信じられませんよね」
そう言うと、セレナは右手の手袋を外す。
「じゃあ教えてあげます」
少し楽しそうに手を俺の目の前に出すセレナ。
これは……手を繋げと言っているのか?
セレナの顔に視線を移す。……どうやら予想的中のようで、セレナは変わらずのビジネススマイルで首を傾げて訴えてくる。『早くしろ』と。
「……」
俺はセレナの行動を訝しみながらも圧力に負け、その手を取ることにした。
「……?」
……しかし、何も起きない。
セレナの顔を見れば、大きく目を丸くしている。
「……あれ、あれ、あれれ?」
「えっと、どうかしました?」
首を傾げて目を白黒させるセレナは動揺を隠せていない。
焦点の合わない目でずっと俺を見つめている。
「……視え……ない……?」
「あっ、あの、どうしっ……!?」
セレナが息切れしている。顔を見るとどこか張り詰めているようだった。肩も大きく揺れ、動悸が速くなっているのが見て分かる。
「本当にどうしたんですか!? てうぉ!?」
ソファから転げ落ち、地面に倒れこんでしまうセレナ。慌てて起こそうとするが、セレナは構わず俺の顔を両手で掴み、そのまま押し倒す。
「なんで……はぁ……視えないの……!?」
「ちょ、占い師様!? 顔近くありません!?」
セレナは必死に俺の顔を凝視する。もはや密着しているのではないかというほどの距離のセレナと俺の頭部。そのことに気を取られて上手く抵抗出来ない。
セレナは暫く俺の顔を見ると、目に涙を浮かべ始めた。それは止まることなく際限なく溢れる大粒の涙。
俺は突然のことに呆然としている。そして俺の顔に涙が落ちた時、動かずにはいられなかった。
俺は起き上がると、セレナの目に指を近づけて涙を掬う。
「俺が悪いことしたなら謝ります。許されないことなら何でもします。だから、もう泣くのはやめてください」
するとセレナは怒りのせいか顔を一気に赤らめ、瞳孔を思いっきり開き、そして俺に言い放つ。
「もう出て行ってくださーい!!」
「……へ?」
そうして俺は理不尽にも無理矢理部屋を追い出された。
守護特化型の剣士が魔術師に転職したら? あまや鳥 @amayadori67
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