第一部 その8

 「アナタ達、私の弟のために色々考えていたみたいだけど、良いプレゼントは思いついたのかしら?……」


 いや、私たちは弟のプレゼントなど何一つ考えてはいないぞ。

 くそ、こうなったら夢野を連れて逃げるか? しかし、ここで逃げたら次の日に報復に遭うに違いない。

 だが、逃げるなら能力が使える今しか──


 『タイムアップ。能力を解除します』


 「あ」


 しまった! 考えるのに時間を使いすぎた! 私は心配性なのか、安全と判断するまで行動になかなか移せない。『制約解除』とは相性が悪すぎるのだ。


 「ちょっと模惠、さっきからなにか変よ? 大丈夫?……」


 私の不自然な行動を見て笑子が心配の声をかける。

 いつも変な奴に心配されるとは屈辱だな。

 それにしても、今日の笑子はいつも以上に様子がおかしい。

 普段の笑子は危害を加えなければ暴力を振るわなかった、それなのに今日は進んで人を痛めつけている。

 弟への愛情は人をここまで変えてしまうものなのだろうか。

 ああ、普通の人では無かったな。


 「い、いやぁ考えてたんだけどさ、一向に思い浮かばなくてな……」


 慶次は消え入りそうな声で、申し訳なさそうにする。


 「じゃあ何? せっかく期待してきたのに…………」


 「いや、でも夢野がなんか思いついたってさっき言ってましたぜ! へへっ」


 笑子の圧におされ、慶次がありもしない嘘をつく。

 知り合って1日目だが、私のこの男に対する評価は最底辺だ。

 この男が刑事になる姿がまるで想像できない、えたひにんくらいが似つかわしい。


 「ええ、本当に? あの夢野が?……」


 慶次の発言にやや訝しげな様子の笑子。だいぶ信用がないらしい。

 どうする、このままではなすすべもなく笑子になぶられて終わってしまう。

 なにか手段はないのか……。笑子の心に響くような言葉は……。


 「なあ笑子、連続ひったぐり犯の話は知ってるよな?」


 さっそく夢野が関係ない話を進める。

 隣で慶次が顔をみるみる青ざめさせている。


 「朝、橘先生が話してたわね。それがなに? 弟のプレゼントに関係ある?……」


 高圧的な態度をみせ、目を少し細める笑子、だが夢野は目を離さない。


 「大いに関係するぜ。俺たちは今、その犯人を捕まえようとしてる」


 夢野が私と慶次の肩を手で叩く。

 私はその手を振り払う。


 「ただ、今の俺たちじゃ犯人と戦えない。そこで、お前のそのロボみたいなバカ力が必要なんだ」


 「なにが言いたいの?……」


 「取引しようぜ? 弟にやる最高のプレゼントを俺たちが考えてやる。納得したら協力してくれ」


 夢野の出した条件にしばらく固まる笑子。そこに夢野が畳み掛けるように言う。


 「こっちにもメリットがあるから他の奴らよりも真剣に考えるぜ」


 沈黙がつづく。そして、笑子が口を開く。


 「いいわよ、乗ってあげるわその話。ただし、最高のプレゼントを教えてくれたらだけど……」


 「よし!!」


 夢野が拳を握り締める。

 とにかく、首の皮一枚繋がったな。今回は少しばかり夢野に感謝をするべきかもしれないが。私にその気はまったくない。当たり前だろう。


 「夢野、喜ぶにはまだ早い。問題はここからだ」


 「そうだぜ、笑子を納得させなきゃどのみち俺たちはおしまいだ。刑事になるまで死にたくねーよ」


 「3人寄ればもんじゅの知恵だ。それに、俺はもう考えてある」


 どうせろくでもない物なのだろう。『弟を主人公ぽく目だつようにしてやれ』とか、『俺の好きな漫画貸してやる』など、これまでの学園生活で培ってきた経験が良くないことばかりを想像させる。

 しかし、今の夢野は真剣に笑子を仲間に引き込もうとしている。普段と違い、くだらないことは考えていないのではないだろうか。


 「なら、早速聞かせてもらおうじゃない……」


 「おう! 弟を主人公みたいに目立たせてやれよ、きっと喜ぶぜ!!」


 あ、だめだ。収集がつかなくなる前に私が止めに入らねば。


 「夢野! そんなよくわからん事を言うんじゃない!!」


 「わからない? じゃあ家にある漫画を貸してやるよ、読めば主人公がなんなのかわかるはずだぜ」


 ダメだダメだダメだ! やっぱり貴様はダメな男だ夢野! 冷静に考えてみればこいつはいつだって真剣だ。腐った頭でいつも自分のしたい事を真剣に考えている大馬鹿者だ。


 「知ってたわ。やっぱり夢野の考えることなんかあてにならない……」


 吹き飛ばされてしまいそうなほどの、大きな溜息を吐く笑子。


 「漫画を貸すってなによ? あげるじゃなくて貸す? それに主人公みたくって、もし私の弟が夢野みたいになったらどうするのよ」


 「それはたしかに困るな」


 「模惠! お前までなに言ってんだ!」


 「もういいわ、結局は時間の無駄だったみたい。アナタ達を吹き飛ばして家庭科の授業のしたくをしなきゃ……」


 拳を私たちに向ける笑子。

 それを見て、気絶する慶次に、汗を滝のように流す夢野。

 しかし、今はどーでもいい。思いついた……! この最悪な状況を打破する手段を!!


 「それじゃ──」


 「ちょっと待った」



 「……模惠」


 席から身を乗り出して笑子の前に飛び出すと、間髪入れずに口を動かす。



 「最高のプレゼントを思いついたぞ!お菓子だ。手作りのお菓子を渡せばいい!」


 そう、弟の趣味がわからない以上、漫画やバスケットシューズは興味がなければ使わない、使わなければただのゴミも当然。

 しかし、食べ物であれば気軽な気持ちで受け取れ、小腹も満たせるため、たしかな満足感が得られる。

 ふむ、我ながら完璧な計算だ。


 「たしかに食べ物なら弟も喜びそう……。でも私はお菓子なんて作れないし……」


 「なら、今日の家庭科で私が作り方を教えてやろう」


 「けれど、わたしはオイルしか持ってきてない。お菓子に必要な食材なんてなにもないわ……」


 オイルで何を作る気でいたのだこの女は?


 「クッキーなら家庭科室に常備してある薄力粉とバターを使えばいい、あとは西野から卵さえ調達できれば作ることができる」


 私が名前を口に出すと西野は驚いた様子で口を開けていた。


 「え? なんで私が卵持ってることを知ってるの??」


 そう、私がリミッター解除をした時、たまたま西野の心の声が記憶に残っていたのだ。


 「頼む、貴様が……西野が持ってきた卵をすこし分けてはくれないか?」


 「私からもお願いするわ……」


 笑子も頭を下げ、頼み込む。


 「いいよ。弟さんのためだもんね」


 西野は私たちのお願いを笑って受け入れてくれた。


 「西野、ありがとう……」


 笑子が礼の言葉を伝え、私の方にも振り返る。


 「模惠、素敵なプレゼントを思いついてくれてありがとう……」


 うむ、一件落着だな。


 「約束通り、アナタ達の犯人探しにも協力してあげる。恩はちゃんと返さないとね……」


 「いや、別に返さなくていい」


 「「よっしゃあーー!!!」」


 夢野と慶次が肩を組んで喜んでいる。

 くそ、一難去ってまた一難だ。


 「それと、わたしの弟のために色々考えてくれたみんなにも本当に感謝しているわ、ありがとう……」


 「「「……あぁ……」」


 ぐったりした様子で返事を返す一同。


 「さて、5限目も始まるしそろそろ移動しないと……」


 ご機嫌そうな足取りで戸へと向かう笑子。


 「………」


 手をかけた笑子は振り返り無表情に呟いた。


 「…………開かない……」



 

 




 

 


 







 

 

 


 



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪魔と夢の主人公生活 あぱぱ @kakuyom1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ