第一部 その7

 

 「さあ、誰かいないの?」


 笑子しょうこが問いかけるが、男子生徒たちは一切反応をしなかった。

 当然だ。笑子にとって理想的な回答をしなければ、そこに転がるクズのようにされてしまう。

 ここは黙って時間が過ぎるのを待つのが得策。


 「笑子ちゃん、やっぱり暴力を振るうのは良くないよ。ほら、みんな怖がって手をあげようとしてくれないし」


 誰も手をあげようとしないのを見かねて、まことが笑子に指摘する。


 「そう……みたいね」


 笑子も頭を冷やしたらしい。もしや、この問答から解放されるかもしれない。


 「だけどこの前ね、テレビの心理番組で観たの。人は危機的状況に置かれて、初めて素直な気持ちになれるって」


 ん?


 「だから、本当はしたくないんだけど、みんなには死ぬ気で誕生日プレゼントを考えてもらいたいのよ」


 何やら雲行きが……。


 「でも答えてくれないならしょうがない。私が直接一人一人に聞いて回るわ、まったく面倒な連中ね……」


 淡い希望はより大きな絶望に打ち砕かれた。


 「それじゃあ最初は」


 壇上から眺めて笑子が一人の男を指さした。


 「竹本。アナタよ」


 最初の犠牲者はバスケ部の王子、竹本だった。

 笑子が竹本の席まで移動し質問する。


 「弟にあげるプレゼント……もしアナタがプレゼントを貰うとしたら何が嬉しい?」


 「…………」


 クラスメイトの視線が竹本に釘付けになる、数刻、竹本は意を決したのか一呼吸置いてから問に答えた。


 「俺ならやっぱりバスケットシューズかな。ほら、俺、バスケやってるし……ははは……」


 「それはアナタが欲しいものでしょ?」


 「え!? アナタなら何がいいって言ってたじゃんか!」


 「アナタなりに、私の弟のことを考えて、何が欲しいのかを考えて言ってもらいたかったの」


 「わかるか! もっとわかりやすく説明しろ! てか、お前に弟が居たなんて今日知ったんだよ! 聞いたこともあったこともない奴のことなんかわっかんねーよ!」


 理不尽な態度に、竹本が激昂するが笑子は平然としている様子だ。


 「つべこべ言わず、早く応えなさい。これがラストチャンスよ」


 笑子が竹本の顔に右手を突き出す。竹本は恐怖に溺れたような顔をして、目をジタバタと泳がしていた。

 そしてその目が教室の戸に向けられた次の瞬間、


 「こんなアホみたいな事やってられるか!」


 声を上げた主は森本。席から立ち、戸に向かって全力疾走する。


 「てめ、抜けがけする気か!」


 「俺も抜けるぞ!」


 森本をみた、一部の男子生徒たちが我先にと飛び出していく。

 丁度いい、この混乱に乗じて、私達も脱出しようじゃないか。

 そう思った束の間、森本の様子がおかしいことに気がつく。


 「くそっ! なんだよコレ、開かねぇっ!!」


 森本が戸の取手に両手をかけて力一杯に引っ張るが、戸はびくともしなかった。


 「こんなこともあろうかと細工をしておいたわ」


 慌てふためく森本たちをみて、笑子がポケットからあるものを取り出す。


 「な、あれは、超強力瞬間接着剤、シュンチャッくん! 強力すぎてくっついたら最後、皮膚ごと剥がすしか方法のない危ない代物しろもの!!」


 「おい、それって一週間で販売中止になったはずだろ!? なんでアイツなんかが持ってやがる!」


 「私のお父さんが開発したものだし、娘が持っていても別に違和感はないでしょう?」


 「「お前の親父が作ってたんかい!!」」


 「さて、アナタたち覚悟はできているかしら?」


 冷え切った声色で、拳を森本達に向ける笑子。


 「待ってくれよ! 俺たちは逃げようとした森本を捕まえようとしただけなんだぜ!?」


 「そうだ! 悪いのは森本!」


 「お前らなあ! 罪を俺だけになすりつけようとすんなよ! 連帯責任だバカヤロー!!」


 クラスメイト達の醜い言い争いをみて、笑子は深いため息を吐く。


 「もういいわ。思いやりのないヤツらに聞いても参考にならなそうだし……バイバイ」


 けたたましい轟音と煙が舞い上がり、拳が一直線に飛んでいく。



 『『『お前にだけは言われたくねぇわあああああっ!!!』』』



 最後に彼らはピッタリと声を揃え、笑子の拳の餌食えじきとなった。

 教室に倒れる男子生徒に、叫ぶ女子生徒達、机は無造作に散らかりかなり凄惨せいさんな状態になっていた。


 「どうなってんだ……厄日にもほどがある……」


 慶次が冷や汗をかきながら笑子をみる。

 笑子は拳をはめ直して竹本のところに戻っていたが、竹本は白目を剥いて気絶していた。

 恐らく先程の衝撃で飛んできた物にでも頭をぶつけてしまったのだろう。


 「どうすんだよ、このままじゃ犯人探しどころじゃねーよ。なんか良い案とかないのか?」


 「そうだ! 良いこと思いついた!」


 夢野が手を叩く。どうせまたろくでもないことを思いついたに違いない。

 が、切羽詰せっぱつまった状況のせいか慶次は顔を綻ばせて安堵していた。


 「本当か? 早く押してえくれよ!」


 「笑子も犯人探しに協力してもらおうぜ。犯人と肉弾戦になった時に活躍してもらおう」


 大正解と言わんばかりに夢野は人差し指を立てる。

 やはりろくなことを考えていなかった。この男は危機管理能力がなさすぎる。


 「こんな状況で呑気なこと言ってんじゃねえ!」


 「呑気とはなんだ呑気とは、犯人を早く捕まえるために俺は真剣に考えてたんだぞ」


 こんな状況下に置かれていてなお、自分のしたいことを考えているとは……。  

冷静なのかバカなのか、たまに判断し難い時がある。だがしかし、私はやはりバカだと思う。

 

 「なに話してるの? もしかして良い案でもあるのかしら」


 こちらのやりとりを見た笑子が向かってくる。


 「ああ、もうダメだ。おしまいだ」


 慶次が落胆らくたんする。

 仕方がない、『リミッター解除』を使ってこの場を切り抜けるしかないか。

 私が力を発揮しようとした時、夢野が笑った。


 「模惠、慶次、ピンチはチャンスだ。カッコいいとこ見せてやるぜ」


 そんなことを言って、いつも私は酷い目に遭っている。信用ができないので、私は能力を使った。


 『リミッター解除!!』


 制約解除は己の肉体を解き放ち20秒間、悪魔本来の力が振るうことができる技。


 私は今、悪魔の身体能力に加え、私だけがもつ特殊な力を使用することができる。

 それは人の心を読む力、私は視野に入る者の心の声を聞くことができるのだ!

 視界を夢野の方向に向ける


 夢野(主人公! 今主人公ぽいこと言った!! くっくっくっ!!)


 モブA(先生どうやって教室に入るんだろ)


 モブB(アイツ許せねえ。いつか痛い目に合わせてやる……)


 慶次(死ぬのか……俺は死ぬのか?)


 このように、視野に入った人間の心が簡単に読めるのである。

 さて、この能力を使い、笑子が望んでいる回答を探ってみよう。


 笑子(¥@<{%#€=><|{\%@/&¥’怒)


 西野(卵割れてないかなぁ)


 モブc(ひひ、面白いな)


 真(なんか今日の笑子ちゃん変だよ……)


 モブD(仏説摩訶般若波羅蜜多心経観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空)


 ん? おかしい、笑子の声だけまったく聞き取れない。

 私はもう一度笑子に目を向ける。今度は視点を笑子だけに絞る。


 笑子(¥@<{%#€=><|{\%@/&¥’怒)


 ダメだ、さっぱりわからない。

 まさか笑子が人造人間だから上手く心を読み取れないのか!? そんな、バカな!! ええい、かくなる上は、強行突破──

 『リミッター解除、制限時間に達しました』


 ああ……。


 「なにジロジロ見ているの?」


 ハッと我に帰ると、目の前に笑子が立っていた、万事休すか……。




 

 


 

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