第10話 口頭審問、教授たち。

 一月某日。


 文学部全体の口頭審問……卒論テーマ発表会……が開かれた。


 会の目的は各学科の教授による学生の卒業論文進捗管理。要するに、お尻を叩くのだ。


 お前ら就活ばっかに気を取られてるんじゃないぞ。卒論もやれ。そういう、大学側からのメッセージとも取れる。


 発表の順番は、毎年持ち回りで変わっているらしい。今年は英文学科から。その次に日本史学科が発表し、三番目に私の所属する国文学科が発表する。


 国文学科の中で、私の発表は最後だった。学籍番号順だったのだ。


 緊張した。英文学科のトップバッターよりはマシかもしれないし、学籍番号的にトリをつとめる経験もなきにしはあらずだったが、やはり大きな発表会だと緊張感が違う。


 PowerPointの資料は、発表の三日前に完成させた。実はこの口頭審問前に、椎名ゼミで事前発表会を開こうという話はあったのだが、肝心の椎名先生が風邪を引いて取り止めとなった。


 私としては、最低限院生に見てもらうだけでも話は違ってくるのにな、と思ったのだが、自由の名の下イマイチ統率に欠けるところがある椎名ゼミではそのような配慮がなされることもなかった。


 よって、ぶっつけ本番。緊張感も一入。


 他人の発表を聞いている余裕はなかった。英文学科の発表は完全に他人事なので聞いておらず、自分の発表の準備にあて、日本史学科の発表では迫ってきた国文学科の発表に震えていた。


 肝心の国文学科の発表は聞いてはいたが右から入って左に抜けていた。


 友達の発表、特に里見の発表はしっかり聞こうと思っていたのだが、いざ彼女が壇上に立つと感情移入してしまってこっちも緊張してしまった。


 里見の卒論テーマは、坪内逍遥の『小説神髄』に関する新解釈について、だった。


 緊張していたのだろう。里見は三回噛んだ。私も一緒に舌を噛んで、ひどく痛い思いをした。


 発表の後、それぞれの学科の教授たちから、テーマを選んだ意図の聴取や、先行研究についてのアドバイスなどがある。


 病み上がりの椎名教授はマスク姿もどこか痛々しく、大丈夫かな、と心配になったりもした。


 簡単に、国文学科の教授について説明しておこう。


 粟島春樹先生。専門は幕末、明治初期の漢文学について。普段から着物姿。カイゼル髭。本当に明治時代からタイムスリップしてきたみたいで、かなり個性的。


 仁科美琴先生。古事記の研究をしている。噂によると生家はかなりの金持ちらしく、お嬢様育ちのようだ。挨拶も「ご機嫌よう」。


 山本黄葉先生。研究は源氏物語について。男性の教授なのだが、姉と妹に囲まれて育った影響とかでナヨナヨした腰つきの先生。


 椎名総一郎先生。専門は近代文学史と近代における国語の発展について。国文学科教授陣最長老で、学科長をつとめている。


 安西宏伸先生。中世の和歌文化を研究している。日頃からLINEのメッセージも五七五七七で送ってくるらしい。ゼミの女子ネットが荒れている……要するに仲が悪い……ことで有名。


 傾向として、先述のリストの安西側に行くほど穏健派。粟島側に行くほど過激派。


 学生の発表にも、粟島先生と仁科先生はしょっちゅう噛みつくが、椎名先生と安西先生は黙って聞いている。山本先生はどこかに地雷があるらしいという話だが、基本的には中立的で大人しい。


 里見の発表にも、真っ先に粟島先生が……里見は粟島ゼミで、事前にチェックも受けているはずなのに……噛みついた。


「坪内逍遥の『小説神髄』を扱いたいとのことだが、あれは江戸時代後期の勧善懲悪を捨てて世俗に寄り添うべきとした論調だ。君の解釈だと、真逆だね。どういう意図がある?」


「は、はい……」


 しどろもどろ。何とか答えた頃には、持ち時間がなくなっていた。


「しっかり再考するように」


 粟島先生はそう締め括ると里見を解放した。ふう、息遣いまで聞こえてきそうだ。


 その後も、粟島、仁科による学生いびりが続き、時々椎名、安西に意見が求められ、今日のこの日までろくに準備していなかった不真面目な学生は山本の地雷を踏み抜いた。


 私も危ないところだった……山本先生の態度を見て、そう思う。


 発表は順調に進んでいった。時に怒られ、時に励まされ、学生たちは順番に消化されていった。


 あんたたちの方が詳しいんだから、そんなに学生いじめなくてもいいのに。


 私はそう思いながら発表を聞いていた。


 それと、気になることが、もうひとつ。


 私以外にミステリーを扱ってる人、いない……? 

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