「え、近い? 大丈夫。全然気にしてないよ」
「いや、俺が気にするんだけど」
準備を終えた俺が自分のベッドに寄りかかるように座ると、10年来の幼馴染である少女、
見た感じ細身な
どうやら彼女も暑がっていたようだ。暑いならこんなに密着して座らないでくれよ。
「まぁいいや。んじゃさっき言った通り、このへんについて調べていい感じに資料化してくれ。フォーマットは作ってあるからそこにはめる感じで」
「りょーかい」
兄のノートPCを麻に渡し、調べようと思っていたことの共有もあらかた終わったので、いよいよ作業に取り掛かる。ちなみに宿題とは職業調査だ。来年高校3年生ということもあり、自分の興味ある職業について調べてレポートを出すというものだ。
完成原稿の構成と下書きは概ね済んでいたので、後は根拠とかそれっぽいグラフとかを集めてくれば問題ない。あまり把握していない
「
「えー、いいって言ったじゃん、さっき」
離れる気は現状ないらしい。
……まぁ、先は長いし、気にしないようにいくか。
居心地が悪いわけでもないし。
俺は気持ちを切り替えて、宿題のことで無理やり頭を満たした。
「あ、そうだ。上書き保存だけはこまめにな。そのPC古いから急に落ちるかもしれないし」
「え、急に落ちるの? こわいね」
「あれ、上書き保存ってどれだっけ」
「左上のフロッピーのマーク押せば大丈夫よ」
「フロッピーね。うん、フロッピー……、フロッピー?」
ドキュメントの周りでマウスカーソルを周回させながら怪訝な顔をする。その様子じゃ"落ちる"だけじゃなくフロッピーも通じてないな。俺も実際に見たことないし、当然と言えば当然か。ポケベル、MDに続く、三大見たことないけど知ってる機械だわ、フロッピー。
「コントロールエスでもいいよ。キーボードの左下のctrlって書いてるやつとSを押したら上書き保存されるから」
「こんとろーるえす、ね」
キーボードの上を人差し指でなぞりながらお目当てのキーを探す麻。
「これかな。あ、ほんとだ。保存されたっぽい」
「小学校ぶりかー」
「ん、何が?」
「自由研究、一緒にやるの」
「あれ、何かやったっけ」
「ふーん、覚えてないんだ」
麻が自分の煌びやかな唇を指で軽くなぞりながら少しいじわるそうに言った。そんな仕草をするなよ、余計にドキドキするだろ。
その振る舞いを見て気が付いたが、よく見たら薄く化粧をしているようだ。色っぽい仕草をしたり、化粧をしてきたり、普段の
もしかして、誰かに恋してる、とか?
女の子は恋をするとキレイになるっていうし、ない話じゃない。
告白されたという話以外に
これは、嫉妬だ。
この感情が幼馴染だからとか、そういうのとは違うことは、もう自分でもわかっていた。
俺が眉をひそめている様子を見て、自由研究の話について合点がいっていないと思ったのだろう
「私にキスしたでしょ」
「ぶほっ⁉」
思考が彼方に飛んでいってたことに加え、予想もしていなかった言葉の襲撃に、思わずむせ返ってしまった。
キス⁈ きすって、ちゅーのことだよな⁈ 今って自由研究の話をしてたんじゃないのか⁈ ってか全然身に覚えが……? 自由研究、キス、小学校時代……って。
「あぁぁぁぁぁぁああ‼」
「あ、思い出した? なんだっけ、ちゅーしたらホントに子供ができるか、だっけ?」
おおおお思いだした! ってかあれって小学生の頃だったっけか⁈ 幼稚園くらいだっただろ! 流石に小学生にもなってそんなことはしないと信じたいけど、正直ちょっとやってそうな自分がいることを否定できない! 小6くらいまで知能指数2みたいな存在だったのを恨むぜ俺ぁぁぁぁ!
唐突な告発による大ダメージにより虫けらみたく転がってる俺をつんつんと突っつきながら麻は小首を傾げる。
「そんなに?」
思っていた以上にもがいてる俺に驚いているのだろう。いや、ほんとはこれでも足りないくらいなんだけど。窓から飛び降りたい衝動を必死に我慢してる俺を褒めてほしい。下手な中二病エピソードよりもこういう幼少期の天然エピソードを暴露されるほうがよっぽど恥ずかしいということを齢17にして知れてよかったよ! あぁぁぁぁぁぁああ!
心の中で絶叫することで少し落ち着きを取り戻した俺は、何事もなかったかのようにカーペットの上に体育座りする。
「ふふっ、かお真っ赤」
全然平静を装えてなかったらしい。残念。
俺は首をがくっと落とし、弱弱しい溜息を吐いた。
「まじで恥ずかしかった……。逆に
「あー、なんか慣れちゃった」
「慣れるほど話してるの⁈」
やめて! そんな話が広まってるとしたら学校に行けなくなっちゃう! 学校に行かなくても美玖に殺されちゃう!
「違くて。たまに夢で見ててさ」
……それはそれで恥ずかしい告白な気がするんだけど、なんで
「でも、ショックだなー。人の初ちゅーを黒歴史にしてるなんて」
「それは……!」
昔すぎてそもそも覚えてなかっただけとか色々弁明しようと思ったけど、見透かすような彼女の瞳に貫かれ、言葉に詰まってうつむいてしまった。
「そうだよな。なんというか、ごめん」
「だいじょーぶ」
果たして謝罪をしていいのか俺には分からなかったが、
驚いて思わず身を引きながらそちらを振り向くと、ぐいっと体が引っ張られる感覚があった。シャツの裾を
幾ばくかの間、じっと無言で見つめられる。
俺の体は、甘い毒が全身に回ったかのように痺れて動けない。
沈み込む深い海のような
秒針が刻まれ、エアコンからは冷風が吐き出されている。その音よりも遥かに小さいはずの
「え?」
唇に何かが触れた感覚があった。
それが何かとか、どんな感触だったかとか、そういったことを知覚するよりもまず、心臓がぎゅっと縮こまったのが分かった。
でも、それでいて心はふわっとした気がする。
こんがらがってる脳内に、花のような甘い香りが届いたことで少し我に返った。懐かしい、それでいて常にそばにあった香り。
そこでようやく、自分が何をされているのかが分かった。俺の唇に、
瞳を閉じてる
かすかに甘いそれが離れようとしたとき、俺は終ぞバランスを崩し後ろに倒れてしまう。
無言の時間が、またも続く。
心臓だけが鳴り響き、早すぎるその鼓動で死んでしまいそうだと思った。
いつも無色透明な奥居 麻が、赤く色づいた顔でにっこりと笑った。
「じゃあ、今のがファーストキスってことで」
返事もできずに固まってる俺の胸に、
「こんとろーるえす、ね」
亜麻色の幼馴染 おこめ大統領 @Hebyoshi
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