「お待たせ。待った?」
「いや、思ったよりは待たなかった」
JRの改札の外でボケっとしていると、待ち合わせ相手である俺の幼馴染、
「ふふっ、そこはさ、俺も今来たとこって言わないと」
「いや、20分前くらいに『今着いた』って送ったし」
「そっか。うん、確かに」
自分で言っていて気が付いたが、アニメやマンガだと「待った?」「今着いたとこ」みたいなやりとりがよくあるけど、スマホやSNSが普及しまくった現代でそのやり取りはなかなか現実的じゃないよな。少なくとも俺は着いたら連絡いれる。
「よくわかったね」
「ん?」
「私がこの電車に乗ってるって」
「まぁ、そろそろかなーって思って」
多分、改札前で目が合ったことを言っているんだと思う。正直言うと人がいっぱい出てくるたびに毎回改札のほうを見ていたので、麻が何時の電車に乗っているかなんてわかっていなかった。
「いいね。こう、通じ合ってるって感じ」
「通じ合ってるならおんなじ電車に乗ってきてくれ。てか別に家の前とか最寄り駅の待ち合わせでもよかったのに」
「あー、そうかも」
どうやらいま気が付いたようだ。俺もそのことを指摘しなかったし、別にどこ待ち合わせでもよかったので特に問題はない。家も隣同士だし、もちろん最寄り駅も同じだ。そっちの方が合流の手間は軽いだろう。
現地で待ち合わせするのは、幼馴染というよりは——
「でもさ、現地で待ち合わせしたほうがそれっぽいじゃん」
……、もしかして麻も同じことを考えていたのか?
何がそれっぽいのかを聞こうとした瞬間、近くを通り過ぎたサラリーマンぽい人にあからさまな咳払いをされてしまった。確かに改札前で話すのは、平日のラッシュ時でないとはいえ少し邪魔だよな。
「とりあえず行こうぜ、美玖の誕プレ買いに」
「うん」
そう、今日はもう一人の幼馴染、美玖の誕生日プレゼントを買いうためにはるばる店がいっぱいある大きめの駅まで来たのだ。
適当に歩き出したが、さて、どこに向かえばいいのだろう。
「美玖が何欲しがってるか聞いてみるって言ってたけど、何欲しいって言ってた?」
「んーなんか、『
そんなとんちみたいなこと言われても。
麻は麻なりに考えてはいると思うが、出力しなかったりズレていたりはやっぱりあるように思う。それが魅力ではあるんだろうけど、周りの人、特に美玖みたいなまじめな奴にしわ寄せがいくのは明白だろう。
……美玖の苦労を想像したら涙が出そうになってきた。
「よし、
「え、私だけ?」
「さみしかったら俺も道連れにしていいぞ。出来るもんならな」
「ふふっ、いいね。お揃いじゃん」
「んで、どこ向かえばいいんだっけ」
「え、んー……、とりあえずお店入ろ? どっかでっかいところ」
「そうだな」
美玖ヒアリングの成果がないことが分かったので、とりあえず百貨店を目指すことにした。この付近にはいくつかあるので、とりあえず高校生向けのお店も入ってるリーズナブルなところに向かおうとするも、目の前の横断歩道がちょうど赤信号になってしまった。
「そういえばさ、美玖が
「んー、どうだろ。最近あんまり聞かないかも」
小学校高学年から中学の頃まではたまに言われているのを見聞きしていた。その頃の麻は、今よりも透明でふわふわで、気が付いたらすぐにどこかへ行っていた。そんな
「俺はてっきり美玖に諦められたのかと思ってた」
「あれ、そういうことだったの? ちゃんと考えて行動してるのに」
「ほんと?」
「考えてるよ。今もちゃんと」
周りの人たちが動き出したことで、信号が変わったことに気が付いた。麻が手を大きく前後に振りながら横断歩道の白い部分だけを踏んで渡っていて、人ごみの中なのにそこだけが世界から切り離されたかのようにハッキリと俺の目に映った。
「今も? どんなこと考えてるの」
俺は
「なんかさ、デートしてるみたいだなーって」
それは、俺も待ち合わせの時に考えていたことだ。
麻も、同じことを考えていたんだ。
その事実のほうが俺にとっては嬉しく、言葉に詰まっていると、麻が続けて話した。
「あれ、私だけ? なんか恥ずかしいね」
「あ、いや、なんというか、俺もおんなじこと考えてたっていうか……」
自分の感情を素直に出すことがこんなに恥ずかしいことだとは思わなかった。どうやって表現していいかわからないし、なんだかしどろもどろになってしまって余計に恥ずかしかった。
「そっか。ふふっ、嬉しい」
そう言いながら麻はさっきまで大振りをしていた左手を、俺の右手に優しく絡めた。
「っ⁉」
心臓も目玉も何もかもが体から飛び出るかと思った。
口の中はみるみる乾いていくが、その反面、握られている右手には汗をかいてきたかもしれない。
指と指の隙間から感じる
──横断歩道、渡り切っていてよかった。
じゃなかったらドギマギしてる隙に信号が変わって轢かれていたに違いない。
「いいじゃん。デートなんだし」
俺の手を確かめるようににぎにぎと手を動かす
「……顔、真っ赤だぞ」
彼女はいつものような軽い口調のままだが、その顔にはかすかに赤みがさしているのが分かった。俺は精一杯の強がりを言ったが、そういう俺も顔が真っ赤なことくらい自覚している。
「お互い様。嫌だった?」
そんなわけがない。
「……嫌じゃない」
「うん、知ってた。握り返してくれてるし」
誰かは麻のことを『タンポポの綿毛みたいだ』と言っていた。それは今でも同意だ。でも、その意味は俺の中で少しだけ変わった。柔らかくて、暖かくて、安心感がある。俺は
美玖に誕プレ渡すときに気を付けないと。
俺たちが手を繋ぎながら選んだプレゼントだって知ったら、ブチギレるかもしれない。
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