重たい荷物と脆い枷

Forest4ta

自分のための脆い枷

 俺は別荘というものを見たことがない。俺は夏と言われたら海派だからね。でも今吹いているそよ風や木陰のおかげでこうも涼しいと山もなかなか良いじゃないか。それに自分の好きな人と居るんだ、どんな所だろうと都になるよ。

 いや、都になるとは限らない?だって今日しようとすることって勢いで承諾しちゃったけど、傍から見ればイッちゃってるようなことなんだぞ。もしかしたら彼女に対しての考えが変わるかもしれないってのに。

 なんて考えているけど提案された時点でどうかしてるって思うべきなのに断らないあたり、俺の方も大概なのかもしれない。同じ狂人なら踊らにゃ損って?

 こんなこと、互いに同意の上ならこんな小言を口に出してもいいと思うけど山道に来てからどうにも気まずい。だってこれから別荘に二人きりなんだし、彼女は俺に依存している。緊張はそりゃそうだろ。

 学校で女子と話していたら色々聞いてきて、たまにどこにも行かず自分だけのモノになってと泣きついてくる。窮屈かと言われてたら確かにそうだけどそこに居心地の良さを見出してしまってる。だが今日のようにずっと二人きりだと彼女は安定してるし道中の電車で笑いながら談話出来る。

 若い男女二人が別荘に二人きりだなんて、頭が硬くなくても不潔だわって言うよな。まだお互い成人にすらなってない学生だ。面倒な小言ばっか言われるしからかうようなスケベなことを言われるんだろう。

 もちろん、嘘をついてここまで来た。貯めた貯金と親から金を借りて一人旅をすると言ったけど、これバレたら面倒だろうなぁ。

 リスクを冒す価値はあるかって?坂道もとい山の急な勾配と舗装されているが脚への負担は重いままで歩く価値もあるのか?二人きりで却ってギスギスしないか?関係が壊れるのかもしれない?うるさいよ、その価値は俺が決める。




 あー、来ちゃった。別に後悔はしてないよ、うん。物事が近くなるとナーバスになるって初めてだ。でも同時にワクワクしてるのもどうかと思う。

 持ってきた荷物をいったん玄関通路の床に置いて、手を曲げては伸ばしてを繰り返して指の関節を鳴らして血流を整える。まぁ重くてたまらなかった。自分の荷物をそんな持ってきた覚えはないけど、やっぱ彼女の持ってきた荷物があまりに多いからね。

 流石に来たばかりだから少し休もう、と言おうとしたら彼女ったら荷物を取り出そうと早速準備している。おかまいなく休んでって言われても向こうの動いている姿を見ると手伝うべきなんじゃないかって毎度思うのどうかと思う。別に彼女は一人でもやっていけるのにな。依存しているのは彼女じゃなくて俺のほうかもしれない。

 そうさ、依存しているからこんなことへノリノリで付いてきたんだ。でも「見捨てられるかも」とか「遠くに離れるのは嫌だ」ってんじゃない。「彼女にこんなことをしてくれる」だから付いてきた。

 疲れる考えをしてる自覚はないけど疲れている辺り、そういうことなんだろうな。そんな風に省みながら彼女から手渡されたコップ一杯の水を喉に流し込む。

 中身が白く粉のようなのが混じっているのでここの水道大丈夫かと思ったが、コップにあとから入れた粉なんだと飲み切って寝転んでから気がついた。そういう手筈なのをうっかり忘れていた。




 寝て覚めたらなんと自分の身体が動かないのって普段だったら怖気づくよね。まぁ、自分がこうなると知っててもビックリするのはするよ。五体満足な人間なら身体が自由に動くのが自然なんだから。

 手首は椅子の肘掛けに紐で括り付けられ、足首は錠をかけられこれ以上股を開こうにも開けない。状況を傍目で見ると動けそうに思えるが人間案外これで自由に動けないもの。困ってはいない。自分で望んだことだし。

 窓は網戸越しに開いており外の空気がそのまま入り換気が出来ているみたい。この時間、日が当たらないこの部屋で気分が窒息せずに済む。あとは彼女が入ってきてくれたら完成する。

 ほら言ったそばから来てくれた。

 なにか言ってくれてもいいはずなのに、なにも言わずただ歩いて近づいてくる。一歩一歩焦がれてたモノを自分からまだ焦らしてゆっくりと。

 焦ったく感じてるのは俺も同じ。彼女が近づいてくるにつれ身体の中で何かが分泌されてくるのがわかる。生物の授業ではピンと来なかったけどこう言う感覚なんだな。

 なにかが破裂しそうだった。彼女が座らず俺の肩を掴んで首の近くに顔を近づけて、匂いを嗅ぐあるい近くに存在していることを実感する為に自らの顔で俺のなんかしらを掴んでいるようだった。


 「もう満足?」


 「もう少しだけこのままやらせて」


 諭すように言ってるがもう少しいさせて欲しいのは俺だ。正直、近寄られただけで嬉しい動悸が激しく鼓動は高鳴っているのでリラックスしたかった。普通にハグするとは訳が違うな。それに息まで切らしたような呼吸になってないか俺。

 そういえば時計を見るに夕飯の時間でも変じゃないな。その夕飯も運ばれているので彼女もこの時間に食べたいと思ってたのかな。それとも俺の空腹を見越していた?

 彼女は手の使えない俺に食わせやすいようにバンズに挟んだ肉や野菜のサンドを作ってくれて、それを彼女の手から俺の口に運んでくれた。好きな人が作ってくれた料理だ。どんなものでも美味いだろうし美味いなら更に美味い。

 

 「その、もし本当に大丈夫ならいいんだけどその……」


 「構わないよ、引くような事でも全然大丈夫だからそれに」


 その後を言おうとしたら彼女が口にして中途半端に咀嚼してたであろうサンドを口移しにそのまま流し込まれた。彼女の吐く暖かく生の臭いがする呼吸と柔く温かい舌の圧力で口の中に俺が噛んでいないであろう食べ物を流し込まれた。肉と野菜の味はまだしているがその中に彼女の小粒の泡混じりの唾液の味であろう、未知の体験したことないなにかが含まれてた。背徳的というべきか別の世界に入り込んだような。

 謝る彼女に対して動揺しているけど、口移しに対してじゃない。どうして謝るかに対してだ。好きにしていいと言ったのは俺なのに。いや、そりゃ謝りたくもなるか。山に建てられて周りに人もたいして居なさそうな別荘に拘束されて挙句拘束されて口移し。常識的に行き過ぎたことだ。

 ちょっとした失望が口の中の後味として残っている。これで謝るならもう逸したことを期待出来ないのかもしれない。俺はもっと、拘束から色々辱められてマーキングされるかのように本当の意味で彼女のモノになることを期待してた。でも彼女は罪悪感に苛まれている。

 

 「本当に受け入れてくれてるんだよね?」


 「もちろん!考えてたことを全部していいんだよ?俺をモノのように扱っても構わないし独占してくれるかと思ってるのに」


 猛烈にもどかしい。ここまで来てタガが外れそうなのに彼女は俺のもとに来てくれない。君が俺を独占してくれると思ったのに、タガを一緒に外せると思ったのになんで迷うんだ?


 「だって人を思い通りにしたり自分だけのものにするだなんて重たいよ。あたし、ほんと今までなにしてたんだろ……」


 重たい。そうか俺は背負う側じゃないんだ。彼女に身を委ねていただけだ。彼女が重たいことをする責任を背負わせていただけだ。あぁ、恥ずかしいのは俺の方じゃないか。


 「ごめん、君に色々背負わせ過ぎてたのに気づかなくて。本当なら俺が君をもっと支えるべきなのに好き勝手にさせて……」


 謝って済むのかな。どう償いをすればいいんだろ。考えに考えている最中に彼女は拘束を外した。俺が自由に動けること前提に愛してると証明しなければならないのは分かってる。でも今は身勝手にこの罪悪感をどうすればいいのかしか考えられない。

 いや、そんなのは簡単だし罪悪感も吹き飛ぶ。でもこの重さを分かったからには彼女の背負ったモノを俺が背負うしかない。


 「ねぇお願い。どこにも行かずあたしを一人のまま歩かせないでよ。一緒に歩いてよ」


 今までの俺の鈍感さ加減には呆れる。ちゃんと前からそうすればいいんだ。なにを迷う必要があるんだ。もう拘束は解けてるんだ。だったら、今度は互いに背負い合って歩けばいい。彼女を一人にするな。俺も自分の意思で、任せっきりにせず歩くんだ。償いはこの歩みですればいい。


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