第4話 遊ぼうぜべいべー

 約束をした久坂さんと遊ぶ日の当日。私は人生最大と言っても過言ではないほどの大失敗を犯しました。


 ——お金が、足りません。


 作戦名:ぼくのかんがえたさいきょうのでーとぷらんを実行するには、逆立ちしても私の貯金では必要額に届かないのです。膝から崩れ落ちる思いでした。しかもお小遣いを前借りしてなお足りないのですから私という愚か者は救いようがありません。


 けれど落ち込んでいても時間は過ぎるだけで巻き戻ることは決してありません。もう後悔する時間は終わりました。残るは限られた中で最善を尽くすのみ。かつて神算鬼謀と呼ばれた——呼ばれてない——私の全力を発揮する時です。




☆☆☆




 どうも、私です。駅前の変な銅像の前で待機しています。現在の時刻は十時、待ち合わせの時刻まで残り一時間です。これが久坂さん以外の有象無象なら時間ギリギリで遅刻しない程度に行くのですが、久坂さんの場合は絶対にそれができません。何せ彼女も根が真面目なので待ち合わせ場所には早めに到着して待っているに決まってます。だって学校に遅刻したことが一度もなく、それどころか私がいなければクラスで一番早く来るような性格ですよ。


 それから銅像前で待機すること三十分。夜道を走る車のヘッドライトに吸い寄せられた虫の如きナンパ野郎たちを軽く捻り潰し、私を中心に屍山血河を築いていました。すると待ち合わせ時刻まで三十分あると言うのに久坂さんが現れました。


「うわっ、何だよこれ……」


「すみません、どうやらナンパらしく」


「あっそ。……いや待て、どんくらい前から待ってたわけ?」


 久坂さんは周りに沈む方々を見てそう言いました。さすがに目敏いですね。


「そんなに長い時間待ってはいませんよ。精々久坂さんが来られる十分前くらいですかね。たったその程度の時間でも私の美貌にかかればそこらの顔面偏差値が低めの殿方などあっという間に虜にしてしまうのです」


「相変わらず自分の顔面にえげつない自信を持っててキモいなお前……」


「そんな褒めないでください、照れてしまいます……!」


「いや全く褒めてねえよ。どこをどう聞き間違えたら褒め言葉に聞こえるんだよ」


「えっ、今のって『生きろ、そなたは美しい』って意味じゃないんですか……?」


「それアシタカじゃねえか! しかも昨日の金ローかよ!」


「やっぱり久坂さんは生粋のツッコミですねっ! 私が求めていたレベルの高い合格点を超えるツッコミをオールウェイズ出してくれます!」


「ラーメン屋の客かお前は! てか、どんだけツッコませる気だよ!」


 はぁはぁと息を荒げる久坂さんは会って早々に疲れた様子ですが、大して嫌ではなかったらしく表情に不快感はありません。やはり生粋のツッコミ担当のようです。これは私も負けていられませんね。関西人の血が騒ぎます! 関西人ではないですけど!


「……それで、今日はどこに連れてってくれるんだよ」


「今日は私おすすめのスポットで久坂さんに楽しんでいただきたく!」


「おすすめスポットって?」


「私のお家ですっ!」


「ふーん、あっそ。帰るわ」


「あーん、冗談ですよぅ! 近くにコーヒーの美味しい喫茶店があるので、そこで少しお喋りしましょう!」


「最初からそう言えっての」


 歩き出す私に追従する形で数歩後ろを付いて来て下さる久坂さん。あれ、これってもしかして夫の三歩後ろを歩く淑やか大和撫子奥さんなのではと思ったのも束の間。後ろから上着の襟を掴まれてぐえっとはしたない声を上げてしまいました。


「前見ろ、赤信号だぞ」


「なんと」


 久坂さんの言う通り、いつの間にか青から赤に変わっていたらしく、危うくこんな車通りの多い大きな交差点に進入するところでした。


 「久坂さんは私の命の恩人です! 結婚してください!」


「チッ、助けなけりゃよかったよ」


「ひどい!」


 睨む久坂さんにウザ絡みしつつ歩いていると目的の喫茶店に到着しました。レトロな感じの、というよりレトロ過ぎてもはや生きた化石扱いされてしまいそうなお店ですが、以前何となく入って雰囲気が気に入ったので次は久坂さんと来ようと思っていたのです。


「いらっしゃいませ〜、二名様でよろしいですか〜?」


「はい」


「では、お席に案内しますね〜」


 ほわっとした緩い雰囲気の店員さんに案内されてテーブル席に着いた私と久坂さんは、渡されたメニューを開いた。


「久坂さんはご飯系を食べますか? それとも飲み物だけにします?」


「今後のお前の予定次第だ。お前が飯屋にも連れてく予定を組んでるならアタシはコーヒーだけ飲むし、飯屋に行く予定がねえならここで食う」


 ……本当に優しすぎませんかね、この人。楽しませろなんて言っておきながら、その実、めちゃくちゃ気を遣ってくださるとか。すみません、自分ガチ恋いいですか?


「安心してください。予定はいくらでも調整可能です。ここで食べるも良し、食べなくとも良し。何なら途中で食べ歩きもできますし、今日一日は全て久坂さんが楽しめるように組んでありますので遠慮しなくて大丈夫ですよ」


「……はぁ、じゃあコーヒーだけにするわ」


「わかりました。——すみませーん!」


「はいは〜い」


「彼女にこのお店最高のコーヒーを一つ。あっ、私はホットミルクで」


 やってきた店員さんにキメ顔で注文し、視線を久坂さんに向けると何故か呆れ顔をされました。


「……お前はコーヒー飲まねえのかよ」


「実は私、コーヒーは好きなんですけどカフェインがめちゃくちゃ効いてしまう体質らしく、一度飲むと利尿作用で何度もおトイレに行くハメになってしまうんです」


「別にトイレぐらいでごちゃごちゃ言わねえんだから好きに飲めよ」


「なんですか彼氏面ですか好きです結婚してください」


 それからコーヒーが来るまで久坂さんは口を利いてくれませんでした。バッドコミュニケーション。好感度が変動した音が聞こえた気がします。もちろん下降した時のですが。

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クラスメイトにお姉様と呼ばせたいだけ 綱渡きな粉 @tunawatasi_kinako

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