五 宙
柔らかな雨が降る中に、雲越しに明かりがこぼれ落ちてくる。濡れた葉の香りが心地よい中、しゃん、と狐たちが歩き始めた。
「きれい」
七波がこぼすように、確かに幻想的で美しい光景だった。鬼灯のランプだろうか、橙の灯りが揺れている。白無垢の花嫁には真紅の傘が差し掛けられて、ついて歩く人々がきれいなものを蒔いている。
「宙、きれいだと思わない?」
「きれいだね。初めて見た」
わざわざ僕に聞き直した七波に首肯した。七波は満足そうに花嫁行列に視線を戻した。
田圃を挟んで、しかも薄い雨越しだから、狐たちの顔は見えない。しかし、彼らがこちらに気がついたことは伝わってくる。手を振り、祝いの言葉を言いながら後を追うように歩く。
店長は、諸用ありということで一緒には来なかった。例の如く店の適当な扉をここに繋げてくれたので、僕と七波の2人で来た。七波は花畑みたいなとっておきのワンピースを着て、僕はどうにもならないので普段着のまま。はじめこそ傘を差していたのだが、次第に雨は弱まっていた。
七波は空を見上げて、首を傾げた。
「この後──花嫁行列を見送った後。どうせなら一緒に出掛けましょうよ。暇でしょ」
提案に見せかけて、有無を言わさない言い方に、僕は苦笑を返した。
「暇といえば暇だけど、何処に行くのさ」
「何処でもいいわ。私ね、狐の嫁入りに胸がとっても踊っているの。これが落ち着くまで……そうね、海でも散歩する? それか、あなたのお得意な河下り? それか、ショッピングに付き合ってくれる?」
「河下り以外なら、どちらでもいいや」
僕の言葉に七波が口角を上げた。
「決まり。じゃあ、あなたを預かるってこと、店長にも言わなくちゃ──」
そう言って、二人揃って顔を上げる。
驚いた。
パックリと空間に裂け目が走る。七波にはそれ自体は目に映らないだろうが、中から現れた人を見て、目をこれでもかと見開く羽目になった。
店長が智哉を背負って出てきたのである。店長はそのまま大股で行列を追いかける。その背中で、
「見えた! あいつだ!」
智哉が声を上げた。
彼は手を振って、シャボン玉をたくさん飛ばす玩具の銃を振り回して、狐に呼び掛ける。狐もまた、気がついたらしい動きを見せた。
「トーモチカー!」
「狐太郎ー!」
二人してげらげらと笑って、手を振り合う。店長に揺られながら、暫くふざけ合っていた。
行列がどんどん離れて小さくなる。店長も足を止める。二人は狐たちが姿を消すまで、じっとその背中を見つめていた。
慌てて、僕たちは二人に駆け寄った。
「店長」
「保本さん」
僕と七波が揃って声を上げる。智哉がこちらに気がついた。
「やあ、いつかのお嬢さんと……また会ったな」
下ろしてくれ、と店長に声をかけて、地面に降り立つ。目尻に皺を刻んで微笑んでいた。
「あの野郎、嫁さんが美人と自慢するだけして、いざ来たら遠すぎてろくに見えなかったじゃないか。店長さんもすまなかった、あなたがいてくれて助かったよ」
「いいえ、私から言い出したことですから」
店長はやんわりと言うと、僕たちを見た。
「遅くなりましたが、なんとか間に合いましたね」
「ええ。……来られないかと思っていました」
僕は素直にそう思っていた。手紙を渡しに行った日も足を引き摺っていたし、なによりここは都会からは遠い。道も悪いし、店のこともあるだろう。
智哉は来られたのは店長のおかげだと言った。
「実際、急な話だし足は言うことを聞かないしで無理だとは思っていたよ。それでも一人で出ては見たんだが……途中でどうにも辛くなってなあ、行くにも帰るにも困っていた時に、店長さんが来てくれたんだ」
店長は実は狐の仲間で、狐のような化かす術を使えて、とにかくそゆな説明で無理やり連れてきたのだと言ったらしい。
「まあ、狐太郎も変なことをよくしていたし、今回世話にもなった。君たちのことを深く聞きはしないさ」
呵呵と笑った。
「人間、自分の意思だけじゃどうやったって来てやれねえことはあるが、それは今日じゃない。来る術があるってなら来る」
晴れやかな声だ。少年のようにきらきらと目を輝かせて遠く、行列の消えていった方向を見る。
雨は完全に上がって、シャボン玉もどこかへ流れて消えていた。代わりとばかりに虹が架かる。
「狐さん、きっとあなたに会いにきますよ。約束もなく、きっと突然に」
七波が言えば、
「まったく、それじゃあ昔みたいに、いつ来てもいいようにしないとなあ。狐に結婚祝いとは、何がいいんだろうな」
智哉は嬉しそうにはにかんだ。
(きつねこんこんあめふらし 了)
楽之稀屋御伽草子 井田いづ @Idacksoy
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