#20 果報は寝て待て



 令和を迎えて少ししたころ、森文香から島崎宛にメールが届いた。

 あるテレビ局が森の話に興味を持ち、菊池のことを取りあげる運びとなった。

 ドキュメンタリーの出来が良いと評判の局からの申し出であることから、少しでも世間の人に彼のことを知ってもらい、手がかりが集まればよいのだがと書かれていた。


「見つかりますかね、菊池さんの親戚」

「引きとり手が見つかればおんの字、孤独死や行旅死亡人について関心を持ってくれれば万々歳じゃないか。……親族って、民法上は六親等までなんだって」

「六親等って、俺からすれば誰だろう」

「はとこ。祖父母のきょうだいの、孫」

「思いあたる人いないなあ。そこまでいったらほぼ他人じゃないですか」

「だろ? 会ったことのある人でもなければ、なかなか引きとらないだろうね。……いまじゃ都内の無縁墓地もいっぱいになりつつあるって聞くし、もしかすると縁もゆかりもない場所の無縁墓地に埋葬されるかもしれない」

「悲観的なこと言わないでくださいよ」

「知ってた? 遠方に骨壺を送るときは宅急便なんだってよ。品名は『陶器一個』と書かれるんだと」

「骨が入ってるのに?」

「『人骨』って書けないのは仕方ないにしても、味気ないと思わない? ……見つかるといいな、引きとり手」

「待ちましょう。果報は寝て待て、って言いますし」


 もし菊池宗助の親戚が見つかったら、あの赤いタオルはどうなるのだろう。親類が引きとるのか、形見分けとして森文香が受けとるのか。

 血縁でなければ遺骨を引き取ることさえかなわない。

 縁とはなんだろう。夏目は考えた。

 たとえば、自分がこのさき島崎のもとで長く働いたとして。

 今後の人生の指針を転換するほどの感銘を彼から受けたとしても、法律上ふたりは赤の他人であり、どちらかが亡くなっても通知すらされない。

 血は水よりも濃いという言葉は家族間の絆という点では素晴らしい教訓ではあるが、赤の他人との絆だって濃いのではないか、と思ってしまう。

 隣の男を見やる。彼が亡くなったとき、せめてその死をなるべく近くで悼むことが出来ればいい、と素直に感じた。

 島崎は原稿に目を落としたまま言う。


「考えこんでるようだけど、大丈夫?」

「島崎さんが死んだときのこと考えてました」

「つくづく思うが、君はたまに驚くほど不躾で不謹慎なときがある」

「そうかな」

「そうです。……俺が死んだらなんだって?」

「たとえば、島崎さんが部屋で孤独死したとするでしょう」

「なんだその前提」 自嘲じみた笑いをし、彼は原稿をめくる。

「そのとき、俺は赤の他人だから知らされない」

「雇い主とアルバイトの関係だし、さすがに誰かは教えるんじゃない?」

「でも、真っ先に、ではないでしょう」

「なに、真っ先に知らされたいわけ」

 さらさらと赤ペンを走らせつつ島崎は笑った。紙上につづられる字は、意外に読みやすく整っている。

「なんていうか、ひんぱんに顔をあわせる仲なのに、優先順位が低いのは悲しいかもしれないな、なんて」

「確かにねえ、継母ははよりかは夏目くんのほうが会う頻度は高い」

「血縁ってなんでしょうね。切りたいほど薄い縁の人もいるし、血縁者でなくても家族より親しい人だっているし」

「同性カップルは特に血縁に苦しめられている気がするな。同性婚が国で認められていない以上、パートナシップ制度がない地域では養子縁組をしないと血縁者になれない」

「家族の絆は他の誰との縁より優れる、ってわけじゃない気がするんですけど」


 小野春彦のことが脳裏に浮かんだ。顔も知らぬ島崎の継母と、塩田夫妻のことも浮かんだ。母の顔が浮かんだ。

 この国には、さまざまな家庭のかたちがあり、さまざまな縁のかたちがある。


「この前さあ、特別養子縁組を特集した動画をYoutubeで見て」島崎が唐突に話ししはじめた。「不妊に悩む夫婦が、赤ん坊を養子に迎えいれる話で。ふたりが引きとった子が映って、ナレーションが、実はナントカ君は夫婦のではありません、って言ってて」

「『本当の子ども』」 言葉に秘められた意味を探ろうと、夏目はつぶやいた。

「特別養子縁組は成立前に、なんていうか……ちゃんと親としてやっていけるかの審査があるらしくてさ。それに合格して、なおかつ赤ん坊の生みの親の了承がなければ成立しないんだと。出てきた夫婦は真摯に子どものことを考えていて、それなのに『本当の子ども』もなにもあるかよ、って感じた」

「普通は審査なんかないですもんねえ」

「養子に虐待する親がいるから必要なのかもしれないけど、実の親でも虐待はするし。君みたいにお母さんに大事に愛された子もいれば、俺みたいに物心ついてから姉と母に数回しか会わなかった奴もいる。あー血縁ってなんでしょう。不思議不思議」


 なかば他人ごとのように放言する島崎。気になって夏目は問いかけた。


「お姉さんとお母さん、あんまり会わなかったんですか」

「んー」 島崎は視線を落とし、文字を追いながら相槌をうつ。「お互い連絡取りだしたころは忙しかったし、向こうはプライベートを明かさない主義だったから。下手に会って記者に嗅ぎつけられたくなかったんじゃないの。その点、母親も気ィ遣ってたし」


 母親、と称する言葉に、島崎と実母との距離感が垣間見えた気がした。


「お母さんも、島崎さんが小説家だってこと知ってたからでは?」

「母親には言ってない。父親がそれとなく誤魔化してくれてた。姉には言ったけど、姉が母親に漏らすとは思えない」

「……そうなんですか」

「母親はとにかく姉の身辺に注意する人だった。クリーンさが女優の命だって思ってるくらいに。よくあそこまで娘に入れこめるもんだと思ったな」


 塩田泉の店で、松川から聞いた話が思い出される。

 そのとき受けた印象と、眼前の彼の話で異なる印象に夏目は戸惑った。

 彼の言葉からは、どことなく母を忌避きひするような色が含まれている。


「……『母親のこと嫌いそうだけど、突っこんで聞けない雰囲気だな』って顔してる」

「バレました?」

「いつもの夏目くんだったらズケズケ聞いてくるところだろ、逆に俺は拍子抜けしたんだけど」

「誰にでも、深入りされたくない事情はあるでしょう」

「ぺらぺら自分から話してるんだから大丈夫だって」


 とはいえ、島崎が家庭の事情を誰かにつぶさに話したのは、マネージャー的役割を担いつつ藤原雅之じぶんの大ファンでもある松川と、彼の会社の社長――自らの経営する会社にビッグ・ブラザーとかいう悪趣味な名前をつけるほどの奇人――くらいのものだった。

 晴れて自らの出自の内情を知ることとなった三人目が、親友でも恋人でもなく、自分が雇い入れた学生アルバイトだとは。

 事実のおかしさに頬をゆるませたが、当の本人はいぶかしげにこちらを見るだけだった。


「……お母さんのこと嫌いそうですけど、なにかありました?」

 仕切り直しと言わんばかりに、母からたくさんの愛情を注がれて育ったであろう助手はたずねた。

「よくぞ聞いてくれました」冗談じみた調子で応じ、チェックの終わった原稿をテーブルに放る。


「俺の母親、自分の夢を子どもに託すタイプの人だったらしいんだよね」


 伝聞で耳にした母の話を、島崎は静かに語りはじめた。



 *****




 島崎の実母、高瀬たかせ直江なおえは役者志望であった。

 茨城県北部の出身で、都会とは縁遠い生活を送っていた。演劇に魅せられたのは中学時代で、高校では古典作品を読みこむなどして教養を身につけ、演劇の研究をし、努力をおこたることはなかった。

 彼女の真に不憫な点は、チャンスに恵まれなかったことである。実家は裕福とはいえず、弟妹もいた。

 進学するなら、学費の安い国公立大学。下宿代を浮かせるために自宅から通える範囲にすること。それが難しいなら働くこと。たびたび父母から言い含められていた。


 県内の大学に通い演劇系のサークルに入っても、生活費はある程度自分で稼ぐことが求められた。アルバイトと学業、サークル活動の三つをうまく両立させるのに精いっぱいで、東京に出てオーディションを受けてみようとはいかなかった。

 毎日が何かに追われていて、またたく間に月日が過ぎていく。しかし彼女のなかには独学で身につけた演技と知識、そして周囲を引きつける美貌があった。

 演劇の道に進むことは強く反対されたが、諦めきれずに幾つものオーディションに応募した。だがそのときにはすでに、田舎でくすぶっていた彼女と都会で己を磨いていた競合相手とのあいだには名伏しがたい溝が出来ており、落選の日々が続いた。最終的に彼女は演劇の道を諦め、一般企業に就職した。


 東京に出た彼女は勤務のかたわら、観劇を趣味とした。さまざまな舞台を見るたび、自分があの衣装を着ていたらと夢想し、自分のなにがいけなかったのかと思いをめぐらせた。

 ときには、自らが落ちたオーディションの役を射止めた女優がスターダムを駆けあがるのを目の当たりにもした。雑誌で活躍を目にすれば嫉妬し、演技を見れば粗を探し、そうする自分に自己嫌悪もした。

 彼女にとって、自らに代わって成功をおさめた者たちが恵まれた環境下にあったことはなによりもこたえた。

 それは東京都に生まれたことでもあったり、裕福な家庭に生まれたことでもあったり、芸能関係者に知りあいがいることだった。

 直江には、自らが積んできた研鑽けんさんがひとかたならぬものだという自負があった。ゆえに、環境は努力をやすやすと凌駕しうるものだという現実が、他のなにより彼女を打ちのめした。

 立つラインがそもそも違うのだ。置かれた環境で咲けなどと、誰がのたまったのか。自分でどうにもできない身の上を呪い、妬むうちに彼女は徐々に摩耗した。

 不思議なことに彼女が持っていた美貌もまた、彼女の摩耗とともに影を帯びてゆくのであった。

 彼女は際立った美人でありながら、意識の根底にある恵まれた者への嫉妬を隠すことに必死であった。

 そつなく仕事をこなしつつも、優秀な成績を上げる者に自分よりも恵まれている要素があれば、そのおかげにすぎないと溜飲りゅういんを下げ、それを言い訳にもした。

 周囲の者は美しい外見を持ちながら常に陰鬱な雰囲気をまとう彼女に気おくれし、声をかける者も少なかった。


 彼女が島崎聡一そういちと見合いをしたのは会社の上司の紹介がきっかけである。

 落雷に打たれるような運命を感じたわけでも、徐々に恋心が芽生えていったわけでもなかった。大学で働く彼は若者と触れる時間が多いせいか時代の機微に敏感で、四つ年下の彼女でも知らないような流行をとらえていた。

 都内の裕福な家の出である彼は直江の嫉妬の対象でもあったが、控えめな態度と知識をひけらかさない点は好感触だった。

 直江と読書の好みが合うのもまた良かったし、彼が経済的に何の不自由もないところや、次男であるところ、自らと似た系統の顔をしていたこと――彼は飛びぬけて美形というわけでもないが、鼻梁びりょうがすっと通って目元が涼しげなのは良かった――も気に入った。

 燃えるような恋があったわけでもなく、たぐるように思いを通わせたわけでもない。同じペースで互いへの感情が動いてゆき、自然な流れで結婚に至った。直江は二十五歳であった。

 翌年には娘が生まれた。目は直江に似てくりくりと愛らしく、鼻筋は聡一に似てすっと通っている。まつげはふさふさで色白とあり、顔を見にきた親族は揃って美人だ、別嬪べっぴんだとほめそやした。

 目まぐるしく始まった育児の日々。夜泣きに起こされ、慢性的な寝不足と奮闘し母乳をやっているとき、回らない頭がふと思いたった。


 この子は恵まれている。両親は若く、ともに職を持ち経済的な不安はない。

 家は二十三区内の借家だが、家を建てる話は出ている。目に入れても痛くないという父方の祖父母は富裕層で、念願の初孫だ。かわいがられるに違いない。

 何より、美しい。女で美しいということは、ほかのどんな要素にも勝る。


 直江はうすうす感づいていた。自分がこうして見合いで結婚できたのも、自分の見た目が良く上司の目に留まったからだ。醜く生まれていれば相手にもされなかった。自分は他人の境遇をあれほど妬んだが、自分もまた美貌という点では他人からひいで、憎まれもする。

 この子ならば、という思いがよぎった。自分がかつて、境遇と運に恵まれず成し遂げることができなかった夢も、この子にならば。

 思いたったがすぐ、直江は娘に英才教育をほどこした。絵本を読み聞かせてやり、ビデオを見せ、感性が磨かれると標榜ひょうぼうされた子育てはひと通り試した。娘はすべてを吸収し、聡美さとみという名前の通り、聡く美しい子に育ちつつあった。


 第二子の妊娠は、直江にとっては予想外のことであった。

 聡美の教育に手一杯で、とてももう一人に手をかける時間はない、と正直思った。けれども夫や義父母、さらには実父母までも、第二子が男児だと知るなり諸手もろてを挙げて喜んだ。

 男の子で良かったねえ、と耳にするたび浮かんだのは、幼い聡美への同情であり、まだ見ぬ我が子への嫉妬であった。

 腹に宿るこの子は、恵まれた聡美の境遇を、男というだけで脅かさんとしている。芽生えるはずの母性はなりを潜めた。せめて次も女の子であれば、自分はなおいっそう子育てに励むつもりだった。

 知聡ちさともまた美しい子だった。親族はオムツのCMに出れるから応募しろなどと言ったが、彼女にとって知聡への褒め言葉は、聡美への攻撃にすら感じられた。

 同じだけ、いやそれ以上に聡美を褒めないと気が済まないとも思った。表だって態度を変えることはせずとも、直江のなかで最優先は聡美であり、知聡はその次であった。

 扱いに差をつけないよう心を配った。どちらかを我慢させねばならないときは積極的に姉の聡美に我慢させたし、知聡が姉の真似をして出来るようになったことがあれば盛大に褒めた。

 知聡は発育があまりよくなく、聡美に比べて言葉を発するのが遅かったが、じっとこちらを見て真意をはかるそぶりをしばしば見せた。

 その目に自分の真意を気取られているようで、直江は知聡が黙ってこちらを見ると決まって目をそらした。

 ひいきをして育て、聡美が変に歪んではいけない。

 直江のなかで、知聡は聡美を聡明で美しい子に育てるために必要であった。弟をで世話をしようとする娘はけなげで、どうしようもなく直江の心を満たした。


 気づかぬようにしていた子どもたちへの態度があらわになったのは、聡美が四歳、知聡が二歳の夏。

 家族で川遊びに出かけ、聡美が川に入ると言ってきかないので、ライフジャケットを着けて浅瀬に入らせた。聡一は食事の準備をしており、かたわらには知聡がくっついていた。

 知聡は母の姉への傾心を悟っていたのか、父になつく子であった。それがまた直江のなかで、知聡より聡美を優先する理由になった。


 聡美が知聡に合図をしたのか、知聡がなにか気になるものを見つけたのかは分からない。気がつけば知聡が走りだし、制止する間もなく川に入っていった。

 ライフジャケットも何も着けていない。

 危ない、と思うより先に聡美が動き、弟を助けようとして手をのばし、不安定な川底で足をくじいて水面に倒れた。流れが速い川が、一瞬のうちに二人を飲み込んだ。

 前日の雨の影響で、いつの間にか水かさが増していた。

 直江は半狂乱になって飛びこみ、真っ先に聡美のオレンジのライフジャケットを探し、抱えあげた。娘は水を吐き泣いてこそいたが、意識はしっかりしていた。顔にも傷はない。

 安堵する間に怒号が飛び、聡一が川に飛び込んだ。彼に救いあげられた知聡は水を大量に飲み、救急車で運ばれ入院した。


 なぜ、まっさきに知聡を助けなかったのか。

 聡一に責められ、夫婦で初めて大喧嘩をした。どうしてきちんと知聡を見ていなかったのだという直江の言葉に聡一はきゅうした。

 聡美はライフジャケットを着ていただろう、身体が小さくてなにも身につけていない知聡を先に助けるべきだったという彼に、直江は感情のまま、聡美になにかあったらどうするの、と声を張っていた。

 大事に大事に育ててきたのに、顔に傷がつきでもしたらどうするの。将来に傷がつくでしょう。


 夫婦関係が瓦解するまでは早かった。直江は知聡ばかりをかばう夫や周囲に心の底から腹が立ち、これまでつけていた区別は薄れ、ゆっくりと差別に変わっていった。

 聡美はいがみ合う両親を見て精神的に不安定になり、知聡は空気を察したのか、あまりしゃべらなくなった。

 その年の暮れには離婚が決まった。直江は聡美の親権を主張するいっぽうで、知聡の親権は放棄した。

 島崎家との確執は深まり、実家とも縁遠くなった。それでも構わないという一念から、離婚が成立するとすぐにアメリカに渡った。

 知人のつてをたどり、一から演劇の基礎を聡美に教えこむのだと言っていたらしい。


 彼女らがその後、いつ帰国したのかは分からない。

 聡美は畠山桜子としてデビューしたのちに流ちょうな英語を披露することもあったが、海外滞在の質問についてはあいまいに濁した。

 直江はマネージャーとして彼女のそばにひかえ、娘の世話を焼いた。

 ときには週刊誌に「敏腕マネージャー」「スパルタママ」と陰口じみた評を書かれたが、気にするそぶりはなかったという。


 島崎は、父母の離婚事由については父方の親族から聞かされていた。

 彼女に反感を抱いていた親族らは、その血を継ぐ知聡の目の前で手ひどく直江を批判した。

 名が冠すとおりに聡明で知的な子に育った彼は、そのげんは個人的な感情が入り混じった主観的なものであると早くに理解していたし、自分が母からそれなりの愛情を受けて育てられたことも知っていた。

 虐待というものがこの世に存在することを知ってからは、自分はまだマシだったのではと思ったりもした。

 奇妙なのは、母とかかわりを持つ機会が少なかった者ほどしざまに彼女をけなすことだった。

 父は個人的意見を述べこそすれ、「あくまで父さんの意見だ」と付けたすのを忘れなかったし、塩田夫妻は彼女について質問をすると、「知聡はどう思った?」と質問で返してくるのだった。 


 母と姉と再会したのは、ともに成人を迎えたあとだった。

 母はありていに「大きくなった」「二人ともよく似ている」という言葉をかけたが、常に周囲の視線を気にしていた。

 下世話な週刊誌が植え込みから隠れてカメラのレンズを向けてやいないか、あまりに似た二人が会っていることに店員や他の客が気づきやしないかと心を配っていて、久闊きゅうかつをわびることもなければ、知聡がいま何をしているかに興味を持っているふうでもなかった。

 やはり、親戚たちが言っていたことは事実だったのかもしれない。そう思いつつ別れ、以後はなるべく会わないようにした。

 姉はメールのやり取りすら嫌った。文面で痕跡が残ることを危惧したのだと思う。

 母の姉に対する偏執じみた思念がすべての元凶だったのかを確かめるすべはもうない。

 張本人たちはすでに亡くなり、事実を知る機会は永久に失われている。


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