1作目 『心が叫びがたってるんだ。』~序盤が長くても大丈夫ってことを証明する名作・後~

そんなわけで後編です。


◯第2幕「ヒーローへの試練と報酬」

第6ステージ「敵との戦い・仲間との出会い」

クラス会での討論で当初は拒否感を示した他の生徒たちもやる気にはなったものの、主役級のキャストは実行委員に押しつける形となり、順は最も台詞(歌)の多いヒロインの少女役を、拓実はその相手の王子役を、大樹は少女を唆す玉子役を演じることになった。


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第6ステージでは、新たな困難(敵との戦い)を提示しつつ、そのなかで主人公たちにとっての味方を用意します。ここでは「新たな困難=主役級のキャストが、実行委員に押しつけられる」で「仲間との出会い」はクラスの面々になります。




・第7ステージ「最も危険な場所への接近」

やがて、クラスの他の生徒たちもミュージカルを成功させるために一丸となる。その中で拓実の両親が離婚していたことを知った順は、ヒロインが刑死するミュージカルの結末をハッピーエンドに変えたいと拓実に相談する。拓実は「元の歌(『ピアノソナタ第8番 悲愴』「第2楽章」)にも順の気持ちがこめられていたから両方を生かしたい」と、その上に「Over The Rainbow」を重ねるアレンジを発案し、それを聞いた順は涙をこぼして「私の王子様…」と思う。


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第7ステージは「最も危険な場所への接近」です。神話の構造を分析して生み出されたのが『神話の法則』なのでこんな難しい言い方になっていますが、簡単に言えば『作品の核となるテーマをここで改めて見せる」という解釈で問題ないかと思います。


本作のテーマはずばり「言いたくても言えない気持ち」です。胸に隠した想いがあるけど、心が我慢できずにそれを叫ぼうとする……喋れない順にとって、抱く感情のほとんどが当てはまりましたが、拓実に心惹かれることで、自分の心とさらに向き合って、自ら卵(閉じこもる殻の隠喩なのは言わずもがな)を破ろうとします。



・第8ステージ「最大の試練」

しかし、交流会前日の夜、拓実と菜月の会話を立ち聞きして二人の関係を知った順は、ショックを受けて一人で学校から走り去る。その順の前に再び玉子の妖精が現れ、順に向かって「君は(言葉に出さなくても)心がお喋りすぎる」「もう、中途半端に閉じ込めるのは終わりにしよう」と告げる。翌日、順は登校せず拓実の元に「ごめんなさい」「ヒロインできません。調子に乗ってました。」「本当にすいません」という通知を送り、行方をくらませてしまう。開演時間が近づく中、順の不在に他の生徒たちは動揺し、順への不信と不安を募らせる。拓実は順の失踪を他の生徒に詫びた上で、「それでも舞台に立ってほしい」と自ら順を探しに行くことを申し出る。これに同意した大樹は、拓実と順の出番に代役を立てて乗り切るプランを出し、拓実を送り出した。


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拓実と菜月が元恋人の関係にあることを知り、ふたたび自分の殻に閉じこもる順。「最大の試練」とありますが、本作は明確な敵がいるわけではなく、自分の心と向き合うお話です。ゆえにこんな感じで、より深く心と向き合うストーリーラインとなっています。そして、そうして順が向かうのが、すべての原因となった山の上のラブホ…という筋が見事すぎます。



・第9ステージ「報酬」

ヒロインの少女を菜月が演じる形でミュージカル『青春の向う脛』が開演する。客席では主役の変更に気づいた生徒もおり、順の母は「やっぱり、ダメなんじゃない…」とつぶやく。必死で順を探す拓実は、廃墟になっていた山の上のお城ラブホテルで順を見つける。「喋ったりするから不幸になった、言葉は人を傷つける」と主張する順に、拓実は「(自分が)傷ついていいから、おまえの本当の言葉、もっと聞きたいんだ」と話しかけた。順は拓実を傷つける言葉(罵倒)を叫び、拓実はそれをすべて受け止める。拓実は順に「お前と会えてうれしい」「お前のおかげで、俺、いろいろ気づけた気がする」と話し、それを聞いて順は立ち直った。


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桃太郎とかを読んでいると報酬は一番最後にきそうなものですが、『神話の法則』ではここにきます。





◯第3幕「行動の結果」

・第10ステージ「帰路」

そして二人は既に始まっていたミュージカルに出演するため学校に向かう。


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「帰路」は正直そんなに重要じゃなくて、クライマックス前の繋ぎ、緊張感を一時的に和らげて、その後を引き立たせるためのポイントだと思っておいたら問題ないと思います。



・第11ステージ「復活クライマックス」

順は第5幕で少女の「心の声」役として「わたしの声」(イングランド民謡「グリーンスリーブス」のメロディに日本語の歌詞を乗せたもの)を歌いながら会場(体育館)の観客席通路を歩いてステージにあがり、順の母は涙をこぼした。楽屋に戻った順は他の生徒から温かく迎えられ、「みんなに迷惑かけて…なのに」と声に出して涙ぐんだ。順は「本当に玉子なんていなかったんだ。呪いをかけていたのは私。玉子は私。一人で玉子に閉じこもっていた私自身。」と思う。「心が叫びだす&あなたの名前呼ぶよ」の合唱でミュージカルが終幕すると観客席からは大きな歓声が送られた。後片付け中にゴミ出しに行った順は大樹からの告白(台詞の描写はなし)を受け、顔が真っ赤に染まる中、風が吹き、玉子の妖精の帽子が落ち葉と一緒に飛ばされていた。


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第11ステージ「復活クライマックス」では物語のクライマックスを描きます。ここにピークを持ってくるんですが、「復活」であることからわかるように、これ以前にもう少しだけ低い山場があるとより面白くなります。


例えば『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』の第1巻では、下ネタテロ組織「SOX」が演説を妨害することで一旦、ソフィア・錦ノ宮に勝利するも、ソフィア・錦ノ宮が諦めずにH禁止法成立に向けて奥の手を使い、その結果、クライマックスが演出されます。赤城大空先生はその極端な作風が注目されがちですが、実は構成力がものすごく高いと筆者は感じています。



第12ステージ「帰還(大団円)」

拓実と順の「-玉子の中には何がある、いろんな気持ちを閉じこめて、閉じ込めきれなくなって、爆発して、そして生まれた、この世界は、思ったより綺麗なんだー」の台詞で物語は締めくくられる。


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ハッピーエンドです。


以上が『心が叫びたがってるんだ。』を、神話の法則で分析した結果です。


注目すべきはやはりプロローグと、それを含む第1幕の長さ。ここまでで尺全体の過半数を消費しており、よく言う「三幕構成のうち、第一幕は全体の25%までの長さに」から大きく外れています。


神話の法則的に見れば理想的な『ここさけ』ですが、三幕構成的に言えば実はアウト。たとえ、売れ筋のストーリー構造から外れようとも面白ければいい、というのを売れ筋のストーリー構造を押さえた作品が証明しているのが面白いです。


と、こんなふうに様々なテクニックが駆使されている本作ですが、1ステージごとに綴ることもできるんですがそれはたぶんしません(笑)

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ストーリー作りに悩む作家向け!ヒット作・人気作を『神話の法則』で分析してみた ラッコ @ra_cco

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