第10話 マンガが世界を変える
水木圭(みずきけい)は、その後スレッジホッケーの日本チームに入ることになる。
僕の脳裏には、2010年バンクーバー冬季パラリンピックで、日本のチームがアイスホッケーを国技とするオリンピック開催国のカナダを破り、日本選手団は決勝戦でアメリカと戦い、そこで惜しくも敗れたが、スレッジホッケーの種目で銀メダルを獲得した。
当時の僕は、涙を流しながらスレッジホッケーの決勝戦をTVで観ていた。
あの時の戦いで、日本がアイスホッケー大国のカナダを破り、決勝戦でアメリカと金メダル争いになることなど、一体誰が想像していたことだろうか。北米では、きっと誰一人想像さえしていなかったことだろう。
ましてや、ケイがその日本代表チームに入ることなど、僕でさえケイがカナダの高校に留学した時には想像さえしていなかった。
今では、ケイのスレッジホッケー遠征には、水木パパがどこにでも付き添い応援している。
その時のパパさんとママさんの笑顔は、最高に幸せそうだ。
何よりも、ケイの笑顔が幸せに満ち溢れている。
いつの日が、水木圭がオリンピック代表メンバーに選ばれ、パラリンピックに出場する日が来ることを願って止まない。僕はその時、パパさんママさんと一緒に日本の国旗を手に現地で応援していることだろう。
僕の友人エリックもアイスホッケーのプロ選手となり、バンクーバーカナックスに入団した。NHL(ナショナルホッケーリーグ)のトッププレイヤーになることを目指している。
エリックは、
「ナルトが木の葉の里の火影になったんだから、俺が名門バンクーバーカナックスに入団することは必然だろう。次はお前の番だな。俺は夢を叶えたぜ」
なんて言うから、僕は心から嬉しかったんだけど
「やっぱ、お前ってめんどうくせぇ」
と答えてやった。
それが一番僕らしい様に思ったからだ。
水木圭は、水木ファミリーだけでなく、今では僕の家族ロゼックファミリーの誇り(ヒーロー)だ。
僕はケイから沢山のことを学んだ。
人生は何が起こるかわからない。
一見、不幸なことに思えることが、幸福につながることがあるし、またその逆もあるということを。
パパさんが、
「日本には『人間万事塞翁が馬』ということわざがあってね。この言葉には、まさに今ベンが言った意味を持つんだよ」
と教えてくれた。
英語にも同じ様なことわざがある。
「Joy and sorrow are today and tomorrow. 今日は喜び、明日は悲しみがまっている」。
このことわざを日本で覚えた言葉『座右の銘』として僕は生きていこうと思っている。
このことわざが現実になる様なことが起こった。
今、ミッチョはエリーと付き合っている。
ミッチョはカナダの大学の教育学部で教員免許を取り、その後日本に行き、今は東京の高校で英語の先生として働いている。ミッチョはへんてこな日本語を喋る英語の先生として、生徒たちから人気があるらしい。きっと日本の漫画で覚えた日本語で生徒たちとコミュニケーションを取っているのだろう。
エリーは大阪朝陽丘学園高校卒業後に、関東の国際基督教大学(ICU)に進学し、今は成田空港でエアカナダのグラウンドホステスとして働いている。
「僕が大阪に留学に行く前に、絶対に裏切るなよって言っていたくせに、お前が裏切ってどうするだ」
とミッチョに言うと、
「恋に裏切りは付きものさ。お前が裏切らなかったお陰で、俺はエリーと付き合えたわけさ。感謝してるぜベン」
なんて言うから
「ぶっ殺す」
半分本気で、ミッチョにそう言ってやった。
東京で再会した二人は、ミッチョが烈火のごとくエリーにアタックしたらしい。
人生って、マジで何が起こるか分からない。
考えてみると、ミッチョにエリーとの再会の機会(チャンス)を作ったのは僕に違いない。
僕が関西学院大学に留学中に、カナダの親友ミッチョ、エリック、ジョーダンの3人が日本に遊びに来たんだ。
彼ら3人は1週間有効のJRパス(ジャパン・レール・パス)をカナダで購入して来日した。
JRパスとは、海外から日本を観光目的で訪れる人のみが購入できるJRが無料で乗車できる乗車券だ。
JRパスはJRであれば、在来線も新幹線(指定席も利用できる)も無料で乗車できるので、僕たち4人は新幹線に乗って東京に住むエリーに会いに東京観光に出かけたんだ。
ミッチョ、エリック、ジョーダンはJRパスを持っていたので、移動は全てJRを利用した。日本に滞在した1週間交通費は無料だったが、僕だけがJRパスを持っていなかったので(日本では購入できない)、交通費だけでも結構かかったので悔しい思いをしたけれど、東京では5人で、はとバスツアーに参加したり、ジャンプショップに出かけたり(ミッチョ、エリック、ジョーダンは僕が持っている暁のジャケットを羨ましがっていたけど、やはり3人共に暁のジャケットを購入した)、カプセルホテルに泊まったり(3人が是非体験してみたいと言うので利用したが、ロケットの中にいる様な感覚で面白かった)、エリーと一緒に昔から何も変わらないかの様に、僕たち5人は東京観光を楽しんだ。
僕はヤロー3人を引き連れて、東京で銭湯にも出かけた。
考えてみると、僕たち4人の付き合いはとても長いのだけれど、一度もお互いの裸を見たことがない(当然のことだろう)。
3人は最初、絶対に嫌だと言っていたのだけれど、エリーを入れると5人揃っての東京旅行という異次元の世界感が背中を押したのか、結局僕たちは銭湯にも出かけて行った。
脱衣所から僕たちのテンションはMAXで、爆笑が止まず、他の入浴客がドン引きしていた。
エリーからは
「女風呂にまで、あなた達の笑い事が漏れ聞こえていた」
と怒られた程だ。
僕たち5人は、まるで高校2年生に戻った様に、エリーは変わらず僕たち4人の横でクスクスと笑っていた。エリーは僕たちメープル4にとって、陽だまりの様な存在なのかもしれない。5人揃った今、僕たちは改めてそう思ったんだ。
東京観光を楽しんだ後、僕たちは関西に戻り京都観光をすることになった。
京都では金閣寺、清水寺、伏見稲荷大社に出かけたのだが、そこは外国からの観光客だらけで驚いた。
伏見稲荷大社の千本鳥居は圧巻だったが、伏見稲荷大社を訪れた参拝者が書いた沢山の絵馬が奉納されていた。絵馬は、キツネを模した逆三角形の形をしていて特徴的だった。絵馬には、日本語だけではなく、英語や外国語で書かれた物も多く、外国語で書かれた絵馬の大半に同じ絵が描かれていた。
それは、NARUTOに登場する九尾だった。外国人にとって、キツネと言えばNARUTOの九尾を思い描くものなのだろう。
ふと、ミッチョ、ジョーダン、エリックに目をやると、彼らもキツネ絵馬に、各々の九尾を描き、そして英語でそれぞれの願いごとを書いていた。
不思議だったが、僕はなぜだか涙が出てきた。
「くらま、お前ってすげーぜ」
くらまが凄いのではなく、NARUTOの作家岸本斉史さんが凄いのだが、僕は九尾が描かれた沢山の絵馬を目の前にして、幼き頃のくらまの笑顔を思い出していた。そして、
「すげー、ここにも沢山いた」
と呟いていた、
僕たちメープル4はエリーと一緒に、ミッチョ、ジョーダン、エリックたち3人が日本に滞在する時間を過ごしたのだが、少し大人っぽくなったエリーに再び恋をしたミッチョは、カナダの大学卒業後に、エリーを頼って(それは、僕も同じだったけれど)東京に出てきたと言う訳だ。
東京で高校教師となったミッチョは、今エリーと真剣交際をしている。
もしかしたら二人は結婚して、ミッチョは日本に移住することになるかもしれないし、逆にエリーがカナダに移住してくることがあるかもしれない。
もしも僕が日本への留学前に、ミッチョたちから「エリーに手を出すな」という約束ごとがなかったら、僕は自然とエリーと付き合うことになっていたかもしれない。しかし、恋する気持ちは親友との約束で静止など出来るものなのだろうか。きっとエリーは僕の運命の人ではなかったのだ。そして、エリーはミッチョの運命の人だったのかもしれない。
そして僕は、桜の国でさくらと出会い、さくらと付き合ってきた。
僕たちの未来だって、どうなるか僕達にもまだ分からない。
僕は今、バンクーバーのコンドミニアムの部屋で一人、平昌冬季オリンピックの開会式の録画を観ている。なぜ録画だって? 韓国とバンクーバーの時差だと、開会式がスタートしたのは、深夜の2:30だったからだ。
開会式には、色々な国と国との間で生まれた子供達と紹介された子供たちが韓国の国家を歌っていた。
子供達は皆、美しい子供達だった。
数日後の平昌冬季オリンピックで、スピードスケートの小平奈緒選手の金メダルが決まった直後に、銀メダルに留まってしまったイサンファ選手を抱きしめるシーンを観た僕は、エリーと同じ思いを抱く女性がここにもいると思い、心が温かくなった。
僕自身も、どの国の人にも偏見を持たずに友達になれる人間になりたいと心から思った。
その思いさえ忘れなければ、僕はきっと良い政治家になれると、僕は信じている。僕が日本に留学し、出会った沢山の外国人との出会いと交流は、今後の僕の政治家としての指針に繋がることだろう。
カナダは17世紀初めにフランス人が入植したのが始まりで、その後イギリス領となり、1867年に建国された151年のとても若い国だ。つまり、先住民(ファーストネーション)以外は全てが移住者ということになる。実際に僕の家族も移住者だ。
日本は島国だから、金太郎飴の様に、どこを切っても日本人しか出てこない。同じ肌の色をした人しかいない。だから、僕は日本のどこを歩いていても、必ずジロジロと見られるし、大阪朝日ヶ丘学園高校の制服を着て、皆と一緒に喫茶店に入ってメニューをオーダーするだけで「日本語がお上手ですね」とウエイトレスに言われたりした。
北米には、あらゆる肌の人種が住んでいる。黒人と言っても色々だ。アフリカ系もいれば、インドやパキスタン系の人もいるし、黄色人種と言っても、日本人や韓国人、フィリピン人や中国人もいる。同じ黄色系と言っても、顔の形は少し違っている。白人だってそうだ、ロシア人とアメリカ人の違いは僕には見分けられる。それでもどんな肌の色の人がいてもジロジロと見られることがないのが北米だ。色々な人種のるつぼ(モルティーポット)が住んでいるのがアメリカなんだ。色々な人種がモザイクの様に共存しているのがカナダなんだ。
わずか30年前、MANGAが世界共通語になると誰が想像しただろうか?
わずか30年前、MANGAの力で、世界で最も学びたい言語が日本語になるなど誰が想像しただろうか?
そう考えると、不可能だと決めつけることなど、この世界には何一つないのかもしれない。日本でもLGBT(性的マイノリティ)の結婚が認められる時代が来るかもしれない。
トランプ大統領が、いや次のプレジデントが、いや日本の大統領が、もしかしたら、キム・ハンソル(マレーシアで殺された金正男の息子)が北朝鮮を変える時代が来るかもしれない。何が起こりえて、何が起こりえないなんて、誰が断言など出来るだろうか。
MANGAが、世界を大きく変えることになるかもしれないじゃないか。
いや待てよ、僕こそが世界の何か変えるかもしれないじゃないか。
1994年(平成6年)に生まれた僕は、今年で26歳になる。
高校時代から付き合っている彼女(さくら)のことも考え、しっかりとした大人の男に成長したいと思う。
僕は最近、こんなことを考えたりしているんだ。
僕とさくらの間に、いつか男の子が誕生したら、僕は息子の名前を既に決めているんだ。
息子の名前はJOE。漢字は成(成し遂げる)。
それは、僕がさくらの国に向かう飛行機で出会った、日本人とカナダ人とのハーフの男の子の名前だ。
名前は、ジョー・ベンジャミン・ロゼックではなく、さくらの日本の苗字の立花をミドルネームにして、ジョー・タチバナ・ロゼックにしたいなんて、考えている。
さくらはこの名前を気に入ってくれるだろうか。
大阪に向かう機内で出会った陽子さんから、今日僕にメールが届いた。
陽子さんは
「大阪で困ったことがあったら、ここにメールを送ってちょうだい」
と、関西弁を書き綴ったメモに彼女のメールアドレスを書いてくれていた。
それから、本当に稀ではあったが時々メール連絡する間柄に僕たちはなっていた。
あの時小さかったJOEは小学6年生へと成長し、中学から日本の中学校に留学することが決まったらしい。JOEの夢は、漫画家になることらしい。
世界はこんなに広いのに、何かが繋がっている。
繋げている物って、一体何なんだ?
「MANGA」が世界共通語となり、MANGAが世界で最も学びたい言語を「日本語」に変え、まるで目に見えないWIFIの様に、MANGAは世界中に発信され、僕たちを繋いでいるのかもしれない。
世界のどこかで、恋するフォーリンスチューデン(こいほり)たちが、漫画の様な素敵なドラマや冒険を繰り広げているに違いないんだ。 FIN
こいほり YB @Online-High-School
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