第3話 インドの雑踏とゲイ
綺麗な空港と地下鉄だったので、その落差に驚いた。急に暗い部屋の中に放り込まれた時のようだ。最初は見えなかったものが少しずつ見えてきた。ここは日本でいうところの丸の内にあたるだろうか。私は初めて東京に行ったときその人と音の多さに驚いたがその比ではない。そしてとんでもなく汚い。ゴミを避けて歩くことは早々にあきらめた。
そういえば韓国人の彼に名前を聞いていなかったので、訪ねると彼はJと名乗った。本名ではないが、発音が難しいのでこう名乗っているようだ。Jが前に来たホテルならWi-Fiを借りられるだろうというので、ついていくことにした。
デリーにはニューデリー駅とオールドデリー駅という二つの大きな駅がある。ニューデリー駅が長距離の電車が多く、オールドデリー駅は近距離が多いようだ。ニューデリー駅の東側、オールドデリー駅の南側のエリアをオールドデリー、または、市場の名前チャンドニーチョーク(月光の市場)と呼ぶそうだ。私たちが歩いているのはその逆、ニューデリー駅の西側のパハールガンジーというエリアだ。バックパッカー向けの安宿や土産屋が軒を連ねている。その一番大きな通りをメインバザールと呼ぶ。
メインバザールを歩いているといろんな人が声をかけてくる。そのほとんどが私たちのようなバックパッカーを相手に商売をしている人だ。一番多いのがリキシャ―の車夫だ。後から知った話だが、日本の人力車が語源になっているようだ。リキシャ―には大きく二種類ある。一つがサイクルリキシャ―。人力車の前の部分が自転車になっている。車夫が自転車を自力で漕いで客を運ぶのだ。大体は錆びついたボロだが、塗装がしっかりしているうえに屋根のついたものに乗っている車夫もいる。もう一つはオートリキシャ―。トゥクトゥクと同じ、三輪のバイクだ。旅人の間では前者をリキシャ―、後者をオートと呼ぶようだ。
駆け出しの車夫はまずリキシャ―から始め、稼ぎが出るとオートを買う。そしてまた稼いでタクシーを買う。このようにしてランクアップしていくとのことだ。だがどう見ても、ボロのリキシャ―車夫は老人が多い。それに相当やせてみえる。暑い時期だからかもしれないが、ほぼ上裸でズボンもボロボロである。そんな身体で大人二人なら平気そうに運んでいくものだから感心した。ただ、路肩には暑さにやられたのか、人を運んで疲れたのか、客引きをする気の一切ない高齢車夫も多くいる。中にはこちらが目を向けると一応、乗るか?といった感じで手を動かす者もいるがやる気はなさそうだ。彼らがオートを買う日は来なさそうだ。
Jの案内でホテルに到着した。そこでありがたくWi-Fiを借り、あんなさんと家族にLINEを送った。うれしいことに何人かの友達から安否確認の連絡が来ていた。私はホテルの前の雑然とした光景を写真に撮って送ってやった。日本はお昼ごろだろうか。インドにはややこしいサマータイムが無く、時差は三時間半。かなり遠くへ来たつもりだったが意外と時差はない。
ここで二人に感謝を伝え別れた。一緒にいた時間はわずか五時間くらいだが、二人のことは忘れないだろうなと心の深いところで感じた。
あんなさんがここまで迎えに来てくれるという。それまで約一時間。私は近辺を歩き回ってみることにした。一人になると余計にいろいろな人に話しかけられる。八百屋のおじさん、雑貨屋さんなどなど。どうやらこの辺りは旅行者相手というよりはこのあたりに住む人を相手に商売をしているらしい。
いきなりガシッと肩をつかまれた。驚いて見てみると巨漢の男がにやにやしている。
「お前はチノ(中国人)か?」
「いや、日本人だ。」
「どこへ行く?」
「人を待っているんだ。」
「そうか、では俺に少し付き合えよ。」
というと肩をつかんでいた手を私の左腕に回してきた。かなり力が強い。ただでかいだけではなく、相当鍛えているようだ。身なりもそこらの人と比べると綺麗だが、シャツはピチピチ。ここで私は気づいた。彼はゲイだと。私も驚いてNOと言えずにズルズル連れていかれるものだから、彼は私がOKの反応をしていると思ったのだろう。かなりご機嫌だ。色んなことを尋ねながらどんどん入り組んだ路地へ行ってしまう。しかもなぜか途中で同じようなガタイの男(ゲイ)が合流した。完全に逃げ場を失ってしまった。インドに来て巨漢の男二人にヤられました、といえば土産話としては最強だな、と思ったりもした。
ホテルらしき雑居ビルの前についた。するとふと腕をつかんでいた男の手が緩んだ。私はそのすきを見逃さなかった。バックパックは背負ったままだったが、全力で走った。角という角をがむしゃらに曲がり逃げた。彼らが追い掛けてきたのかどうかはわからなかった。運よくメインバザールに戻ってきたので、私はおとなしく先ほどのホテルであんなさんを待つことにした。
こんな時代に旅を語るなんて @fujikidayu
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