第2話 空港脱出 日本と韓国
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。モニターのフライト情報を見る限りすでにインド上空へ差し掛かっていた。機内は暗く、静かで誘導灯だけが光っている。間もなく着陸態勢に入る旨のアナウンスが入った。
デリーの空港の名前はインディラ・ガンディー空港というらしい。以前総理大臣を務めていた人物の名で、あの有名なマハトマ・ガンディーとは何の関係もない。日本で言うと小泉純一郎空港みたいなものかと考えると可笑しく思えた。人気があることは別として、クレームの嵐になるだろう。インド人はそういったことは気にならないのだろうか。インドの政治についてなんて何の知識も持ち合わせない私には不思議に思うことしかできなかった。
入国審査はスムーズだった。明け方だというのにも関わらず、入国審査官は私のパスポートを見ると陽気に話しかけてきた。
「日本人ね。ありがとう。タージマハルいく?いかない?はじめてインド?…」
私は、にこやかに「いえす、いえす」と答えるだけだったが、それでも彼は嬉しそうだった。すべての入国者にあのような対応なのだろうかと思ったが、そうではないようだった。最強と呼ばれる日本のパスポートが早速力を発揮し始めた。
母にはインドについたらまずLINEをするようにと言われていた。空港に着いたらWi-Fiがあるから大丈夫と適当に返していたが、その時は本当に大丈夫だと思っていた。今やインドといえば世界屈指のIT国家である。その首都の空港にフリーWi-Fiがないはずがない。デリーに留学している先輩のあんなさんに案内してもらうつもりでいたのだが、彼女にも空港に着いたら連絡するといっていた。時間はまだ五時半にもならない。スマートフォンは優秀なもので勝手に位置情報を読み込んで、こっちの時間がデフォルト表記になっていた。さてWi-Fiをつなごうとベンチに腰を下ろした。すぐにエアポートフリーWi-Fiが見つかった。しかし、つなげることは出来なかった。SMS認証が必要なのだ。つまりインドの電話番号が必要という訳である。眠気は急に飛んで行った。早速連絡手段を絶たれてしまった。勉強不足だった。親や先輩に連絡を取るためにはインドの電話を手に入れるか、SMS認証が不要なWi-Fiスポットに行くしかない。困った顔で『地球の歩き方』とにらめっこしていると、二人組のアジア人が近づいてきた。なんとなく韓国人っぽい女性と何人とも取れる顔をした男性だった。そして女性のほうが日本語で話しかけてきた。
「日本人ですか?」
「そうです。あなたは?」
「韓国人です。彼もそう。私は日本語しゃべられます。」
やはりそうだ。
「Wi-Fiが使えなくて困っているんです。」
と私が言うと、彼女も同じだと答えた。外が明るくなったら三人で市内へ向かうことにし、しばらく話をすることになった。彼女はスージーと名乗った。親せきが結婚式を挙げるから、単身インドに来たということだ。インドは初めてということだった。もう一人の彼は、日本語はもちろん英語も喋れないようだった。スージーに通訳してしまった所によると、私と同じ一人旅のようだ。ただインドは三回目。今回は一ヶ月以上かけて南のほうを回るということだった。
正直に言うと最初私は残念な気持ちを抱いてしまった。ああ、彼女たちは日本人ではないのかと。しかし、話しているうちにそんな思いはなくなり、心強い仲間ができたような気分になった。日本と韓国の関係といえば「悪い」その一言に尽きると思っていた。私が生まれるもっと前の因縁をきっかけに、様々な問題が山積している。インターネットニュースに韓国の文字が踊れば、やれ締め出せ、追い出せといった言葉の嵐だ。私もそんなコメントをたくさん見てきた。ただそれはあくまでも国と国の問題。私個人に現れた二人は迷惑をかけることなんてない。スージーはたくさん話してくれるし、彼もコミュニケーションをとろうとしているのが伝わってくる。広大な第三国において私たちは一人の旅人に過ぎない。争う領地も過去のしがらみもない。
朝が来た。空は真っ白だった。それが雲なのかガスなのかはその時はわからなかった。ガンディー空港はニューデリー中心部から十五キロ南西のところに位置している。中心部に行くためにはタクシーか地下鉄で向かう必要がある。三人いるのでタクシーを利用と思ったのだが彼が「やめよう」という。「なぜ?」と聞くと「外を見ればわかる。」といった。外を見ると幾列も重なるようにタクシーが止まっている。その前には数えきれないほどのドライバーが客引きを行っているようだった。間違いなくぼったくられると確信した。彼に聞くとメーターをつけてはいるが使ってくれない車、そもそもつけていない車があるという。じゃあ値段はどうするのかというと乗車時にその都度交渉しないといけない様だ。なんと面倒な国なのだろうか。先が思いやられた。
地下鉄に乗るためには一度外に出る必要があった。もちろん客引きの前を通過していく必要がある。私たちが動き出したのを見るや否や、出口に向かって奴らが集まってくる様子が窓越しにわかる。外に出るとまだ八時にもならないというのにかなり暑い。そして何か分からない匂いが押し寄せてくる。匂いと同じかそれより早く奴らの声が飛んでくる。「日本人!」「アンニョンハセヨ!ニーハオ!」「タクシータクシー!」「地下鉄休み!」「バスない!」など無茶苦茶である。テレビで見た築地のセリがこんな感じだった気がする。奴らも必死で引き留めようとする。中には「おっぱっぴー!」ととりあえずギャグを叫んでいるのもいた。流行に時差があるなと少し笑ってしまった。
私たちが地下鉄の入り口に差し掛かると奴らはあきらめたのか追い掛けてこなくなった。そういえば空港の中にも客引きはいなかった。完全なる無法地帯ではないようだ。空港の中に入るにはEチケットの控えを見せないといけないとスージーが教えてくれた。
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