よたよた毛布の冒険
あるむ
よたよた毛布の冒険
「もう古くなったから捨てようか」
よたよたの毛布が一枚、ゴミ捨て場に置き去りにされました。
十年くらい、買い主に買われてからずっと寝床を共にしてきたのに、いともあっさりと置き去りにされました。
「ぼくだってまだまだ使えるのに」
よたよたの毛布は、四隅を丸めて泣きました。その四隅だって糸がほつれて、ぐしゃぐしゃになっています。首のところに来る部分だって、買い主が握ったあとがいくつも残ってぺったりしています。
「おや、何をそんなに泣いているんだい」
北風がびゅうと吹いてやってきました。
「ぼく、捨てられてしまったの」
「ほらほら、泣かないで。わたしがどこかへ運んであげよう」
北風はびゅうびゅう吹いて、よたよたの毛布を空へと舞い上げました。
「うわあ。すごいすごい。こんなに高いところ、はじめてだよ」
よたよたの毛布は体をいっぱいに広げて、風を受けてひらひらと飛びます。
買い主の家はどんどん遠ざかって、隣の家もその隣の家も飛び越えてゆきます。ばたばたとぐしゃぐしゃの四隅が風を受けて音を立てています。
川に差し掛かったあたりで、北風が言いました。
「わたしはもう疲れたから、この辺でお暇するよ。あとは好きなところへ、ひらひらと下りればいいのさ」
びゅうびゅうと吹いていた北風はピタリと止まり、よたよたの毛布はぐんぐん落ちました。
「うわあ、落ちる落ちる」
さっきよりもうんと四隅を広げて、少しでも遠くへ行こうとしました。このまま落ちたら川に真っ逆さまだからです。
ばたばたと四隅をはためかせながら、少しでも遠くへ、少しでも安全なところへと気持ちだけが急いていきます。
ぱしゃり。
がんばって、がんばったけれど、よたよたの毛布の右下の隅が川に浸かってしまいました。
「ああ、なんてことだ。川に落ちてしまうなんて。あんなに気持ちよく空を飛んでいたのに」
よたよたの毛布は嘆き悲しみました。体は川の水を吸ってぐんぐん重くなっていきます。
「これじゃあもう空は飛べないよう。体が冷たいよう」
よたよたの毛布は泣き言を言いながら咽び泣いています。
「おや、どこかから声がするなあ」
公園に住んでいるおじさんが、川の方を覗き込んで言いました。よたよたの毛布は必死になって声をあげました。
「ぼく、川に落ちてしまって。助けてくれませんか」
「いいとも、いいとも」
おじさんはよたよたの毛布を土手に引っ張り上げました。それから川の水を吸ってしまった部分を、ぎゅうっと握ってよく絞りました。
よたよたの毛布はとても苦しかったけれども我慢しました。このまま濡れて汚れていくよりはいいと思ったからです。
「乾かしてやろう」
おじさんはそう言うと、よたよたの毛布をひょいと担いで持ち上げました。お酒や汗の臭いがするおじさんの黒い首元しか、よたよたの毛布には見えませんでした。ただ、ゆさゆさと揺られているだけでした。
「さあ、着いたぞ」
しばらくするとばさりと広げられ、ほつれた麻紐に引っ掛けられました。パチパチと音を立てるドラム缶からは、ちろちろと炎が見えています。
「燃えちゃうよう」
「なあに、大丈夫さ。俺がここで見ているから」
おじさんはそう言うと、ドラム缶のそばにどっかり腰を下ろしてお酒を飲み始めました。ドラム缶の中の薪が燃える匂いがよたよたの毛布に移っていきます。煙が目に染みましたが、濡れたままでいるよりはいいと思って我慢しました。
暗くなってきて、ひとりふたりと同じようなおじさんが集まってきて、みんなで火にあたりました。
「この毛布、誰んだい?」
「おれが見つけてきたのさ」
「もう乾いたんじゃないのか?」
「そうかもしれない。どれ」
最初のおじさんがよたよたの毛布を麻紐から外して肩にかけました。
「やあ、あたたかいなあ」
よたよたの毛布はちょっぴり嬉しくなりました。
「ぼくだって、まだまだ使えるでしょう」
「そうともそうとも。使えるのに捨てちまうんだからもったいないよなあ」
おじさんはほくほくした顔で、よたよたの毛布にくるまり、そのうちグースカと大きないびきをかいて寝てしまいました。
よたよたの毛布も、また誰かの役に立てた喜びを抱きしめて眠りにつきました。
次の日、お日様が上るとおじさんはむっくりと起き上がって言いました。
「お前が居たからぐっすり眠れたよ」
「それはよかった」
おじさんはよたよたの毛布をほつれた麻紐に引っかけて、どこかへ行ってしまいました。ドラム缶の中の炎はまだ、ちろちろと燃えていました。
「役に立てて嬉しいなあ」
よたよたの毛布は誇らしげに四隅をはためかせました。
するとちろちろしていた炎が燃え上がり、よたよたの毛布を焦がしにかかりました。
「うわあ、燃える燃える」
よたよたの毛布は焦って、ばたばたと四隅をはためかせましたが逆効果です。残り少ないふわふわだった部分は少しずつ焦げていきました。
そこへ北風がびゅうと吹くと、あんまり強く吹いたので炎の勢いは静かになりました。
よたよたの毛布がもとはふわふわだった部分を濡らして咽び泣いていると、一匹の野良犬がやってきました。
「やあ、これは上等な寝床になるぞ」
焦げたよたよたの毛布を麻紐からずるりと引っ張って、野良犬は公園のツツジの陰の寝床に持って帰りました。
「お母さん、それはなあに?」
「ふかふかで気持ちよさそうだね」
「でも人間の匂いがするぞ」
「でも人間はどこにもいないね」
「気持ちよく寝れそうだね」
野良犬には五匹の子犬がいたのです。
「ぼく、焦げてるし、ふわふわのところもないよ」
よたよたの毛布は申し訳なさそうに野良犬たちに言いました。もう誰かの役には立てないと思っていたからです。
「そんなこと、気にしないよ!」
「君のおかげでぐっすり眠れそうだ」
「あなたはどうやってここまで来たの?」
「お話聞きたいな」
「ここにはぼくが座るのさ」
子犬たちはよたよたの毛布にくるまりながらきゃあきゃあとはしゃいでいます。よたよたの毛布はなんだか嬉しくなって、ここに来るまでの冒険を話して聞かせました。
そうして焦げたよたよたの毛布は、また自分の居場所を見つけ、野良犬家族と幸せに暮らしました。
よたよた毛布の冒険 あるむ @kakutounorenkinjutushiR
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