屍鬼家

 般若の面をつけたまま刀を鞘に戻し、魕様は部屋の中で胡坐を作り俺達の正面に座る。


「えっと、何しに来たんですか。というか、なぜいきなり刀をぶっさしてきたんですか。さすがに驚いたんですが」

「ワシもさすがに驚いたぞい。まさかこんな所に煌命こうめいがいるなど。元気にしていたらしくて安心したわい」

「俺は闇命です。煌命さんではありません」


 これはわざとか? わざとなのか? わざと俺を煌命と言っているんじゃないだろうか。そうだとしたら俺も怒るぞ。


「そうだった、そうだったのぉ、それは悪かった。それで、なぜ主らがここにおるんだ? ワシが聞いていた話と違いすぎて驚いているのだが?」

「それはこっちの台詞なんですが……。なぜ貴方が水仙家に? しかも、殺意を向けて」

「む? 殺意を感じたか?」

「い、いえ。感じませんでしたが、刀を向けてきていたので殺すつもりではあったではありませんか」

「殺意は出ていなかったか、それならよかったぞ。隠していたのに出ていたと言われたら、ワシも落ち込む」


 そんな、そっちの事情はどうでもいいんですが。俺の質問に答えてくださいよ。もしかしてこの人も話を聞かない人か? 話が通じない人に分類した方がいいか?


『そんな話は心底どうでもいいの。今僕達が聞いているのは、なぜ刀を向けてきたか。早く答えてよ』

「当たり前のように会話に入ってきておるなぁ。二つの気配を感じていたから特に驚かんが、少しは説明したらどうだ?」

『そっちが答えたら答えるよ。先に質問したのはこっちだ、早く答えて』

「しょうがないのぉ。ここに来た理由は、水仙家の陰陽頭である水仙水分を殺害するためだ」


 っ、え。水分さんの、殺害? 一体、どういうこと?


「答えたぞい、次はそっちが答える番だ」

『…………僕が本物の煌命の息子、闇命だよ。体の中に入っているそっちのはまた違う人。近くで監視をするため、ここにいる』

「なるほどのぉ。それは大変じゃのぉ」


 ケラケラと笑う魕様。到底人に刀を向けた人だとは思えない。

 前にも助けてもらったし、優しいんじゃないのか? でも、人を殺そうとしているみたいだし、油断が出来ない。


『どうでもいい。次、なんであんたは水分を殺そうとしたの? なにか恨みでもあるわけ?』

「ワシ自身はないぞ。言われたからここまで来たのじゃ。今まで水仙家とは関わりはなかったから、恨む理由もないしのぉ」

『それは誰に言われたの?』

「それを言う理由はないのぉ。それでも聞こうとするのであれば、貴様らも敵とみなし今すぐに抹消させる。邪魔をするのも同様じゃ。それが嫌なのならこれ以上は聞かないことじゃのぉ」


 まずいな、迂闊に質問できなくなった。これ以上の質問は気を付けないと、この人は本当に俺達を殺す。


 さっきの刀は本気だった。本気で、中にいる人を殺そうとしていた。


『それじゃ、最後にこの質問だけは答えてよ』

「なんじゃ? 内容によっては今、ここが戦場になるぞ」

『心配いらない、あんたがやりたいことについてじゃないから』

「なら、なんじゃ?」

『あんたが所属する陰陽寮はどこ?』


 闇命君の質問で、部屋の中に静寂が広がる。


 すぐに答えられないのか? 隠したい理由があるのか。でも、なんだ? 寮くらい簡単に答えられるだろう。


『答えられないの?』

「…………そうだな、これは答えないと礼儀にかける」


 天井を仰ぎ、諦めたように魕様は言った。そんなに言いたくない寮なのか? 


 一体、どこだ…………。


「ワシは、屍鬼家しきけの陰陽頭、屍鬼魕しきおにだ」

「?! 屍鬼家だって!?」


 屍鬼家は確か、蘆屋家と配下だったはず。まさか、今回の件は蘆屋道満が配下である屍鬼家に声をかけ、俺達が世話となっている水仙家を滅ぼそうとしているのか?! 

 直接俺達を狙っても邪魔をされる。だから、その前に邪魔なものはすべて抹消してしまおうと考えているのか。


 どちらにしろ、この人は敵だ。警戒をしなければ、今ここで戦闘になったとしてもすぐに動けるように。


「言ったじゃろう。ワシの邪魔をしなければ貴様らとは対峙せん。むやみやたらに対峙していてはこちらとて体がもたんぞ」

「そうですか、それは失礼しました」


 そう言われても、警戒を解くことはできない。水分さんが命を狙われたのであればなおのこと。


 今、水分さんは村の人達の方に向かっていたはず。なら、俺達で今、この人を追い返すことができれば水分さんは無傷でいられるはず。お世話になっているし、今ここで少しでも役に立たないと。


「あの、今水分さんはここにいません。また出直していただいてもよろしいですか?」

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