地獄の修行

「さてさて、こっちはこっちで始めようか、セイヤ君」

「…………よろしくお願いします」


 背丈より何倍も高い森の中、靖弥と琴葉はお互い顔を見合わせ言葉を交わす。

 二人のいる場所には、決闘用に使うための竹刀が端の方に置かれている。それを琴葉は当たり前のように一本だけ手に取り、靖弥に向けて投げつけた。


「っ、わ」

「お、しっかりと受け止めたな。良かった良かった」

「…………ありがとうございます」


 投げられた竹刀をしっかりと受け取り、靖弥は手にした竹刀を見下ろす。

 見た目などはただの竹刀、何か仕掛けなどはない。それでも、何かを疑うようにまじまじと見ている。


 そんな彼に、琴葉は苦笑を浮かべ言った。


「何も仕掛けはない。さすがに俺もここまで疑われると、悲しいよぉ…………」

「すいません。癖で、つい…………」

「別にいいけどねぇ」


 クスクスと笑い、自身の竹刀を持つことなく戦闘場として準備されている場所の中心に立つ。手には武器らしきものがないため、靖弥は首を傾げ問いかけた。


「あの、これから手合わせるのではないのですか」

「するよー」

「素手……ですか?」

「そんなわけないだろう、さすがの俺でも無傷ではいかないぞ。式神を使ってもいいのなら話は別だがな」

「なら…………」


 靖弥が再度問いかけようと口を開きかけた時、琴葉が口に笑みを浮かべ、右手を左の腰辺りに持っていく。まるで、そこに刀があるような体制を作り、靖弥は思わず途中で口を閉ざしてしまった。


「俺は、これの方が使いやすいから、武器はいらないんだよ」


 口角を上げ、腰を下ろす。抜刀体勢を作りだした琴葉。靖弥が目を外さないよう見続けていると、突如として彼の目が見開かれた。


 琴葉の左腰辺り、右手を添えた部分にきらりと光る氷が冷気と共に出現。その氷は細長く伸び、一本の刀を作りだす。右手で柄を握り、左手で鞘を握った。


「さぁ、準備は整った。俺の修行は体に覚えさせるのがモットー。どんなに辛くても、力が入らなくても、血反吐を吐いても続けるぞ。おめぇが強くなるまで、ずっとな」


 きらりと光る氷の刀を、鞘から抜き取りにやりと笑う。

 ヒュンッという音を鳴らし、刀を鞘から引き抜いた。そのまま刀を手に馴染めせ腰を上げる。楽し気に細められた瞳には、困惑の表情を浮かべる靖弥が映り出されていた。


「ここからが本当の地獄だ。せいぜいあがくんだな」

「…………っ、よろしくお願いします!!」


 靖弥は最初、琴葉から放たれる圧倒的な気配に後ずさったが、すぐさま竹刀を握り直し眉を吊り上げる。唇を噛み、後ろに下がりかけた足を止めた。


 カタカタと震える手を無理やり動かし、竹刀を両手で握り構える。足は肩幅くらいまで開き、大きな声で返事をした。


「いい返事だ、行くぞ」

「はっ―――ぐっ!!!!」


 再度返事をしようとした瞬間、靖弥の視界から琴葉が消える。次、視界に映った時には、もう彼は目の前。持っている鞘を使い、靖弥の腹部に勢いよく突き、吹っ飛ばす。


 体が後ろに吹き飛ばされ、態勢を整える事すら出来ず背中を木にたたきつけられ、地面に落ちた。


「ゴホッ、ゲホッ!!!」


 何が起きたのかわからず咳き込み、地面に蹲る。そこに近づく足音。

 口から出る唾液を拭きながら、顔だけ上げるとまたしても目の前には琴葉の足。視界に映った瞬間、頬に強い衝撃が襲う。


 横に体が吹っ飛び、靖弥は体を整えるため地面に脚をつけ勢いを殺す。何とか態勢を整える事ができ、口の中を斬って血が出る口元を拭いながら余裕そうに立っている琴葉を睨んだ。


 歪む視界に映る琴葉の次の動きに警戒し、竹刀を構えようと腕を動かした。その時、仕掛けられる前にと言うように、琴葉はまたしても靖弥より先に動き始める。


「っ!!」


 視界から消えた琴葉を見つけるべく、気配を探りながら周りに目線を向ける。だが、その動きは無意味。靖弥の死角になる背後から姿を現し、刀を振り上げた。


 靖弥は気づいたが時すでに遅く、竹刀で受け止めようと体を捻りかけた時、うなじに刀の逆刃がたたきつけられた。


「ガッ!!!!」


 一瞬で意識を失い、靖弥は地面に落ちる。

 そんな彼を琴葉は目を細め見下ろし、氷の刀を振り消した。端の方で見ていた紅音は、今の光景に驚愕しその場から動けず立ち尽くす。


 目ですら追う事出来ず、手合わせが一瞬にして終わる。こんなに早く終わると思わず、目を開き見る事しか出来なかった。

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