過去と今

 ……──なんだよ、それ。何なんだよ、なんでそんなこと言うんだよ。


 俺だって、わかってんだよ。今、ここで落ち込んでいても仕方がないんだってことくらい。でも、人の死には慣れてないんだ。


「琴平はなぁ、お前も知っていると思うが、優しんだよ。優しすぎるんだ。こんな俺と兄弟なんてありえないと思ってしまうくらいな。だから、もし。お前が琴平の代わりに死んでしまったら、死ななくても体に影響が合ったら。あいつは、今のお前と同じくらい苦しみ、辛い思いをするだろう。お前は、そんな思いを、琴平にさせたいのか?」


 そんなこと聞くなんて、この人、マジで酷い。聞かないでよ、そんな事。


 させたいかなんて、そんなの……させたいわけないじゃん。でも、それとはまた違うんだよ。

 俺だって今、苦しいし、辛いんだ。何でそんな、人を責めるようなことを簡単に言う事が出来るんだ。


「…………酷な質問だったな、すまない」


 抱き留めていた体を離し、布団に戻された。言葉とは裏腹に、優しい。この人、言動が言動なだけで、優しいのかもしれない。


 …………関係ない、今は関係ない。この人は、人の死なんて特に考えていないんだ。そんな人なんだ。


「なぁ、あいつは、お前にとってどんな人だったんだ?」

「…………なんで、今そんなことを…………」

「気になるんだ。俺もあいつの死は正直、両親の死より受け入れるのに時間がかかりそうでな。せめて、生前、どのように大事にされていたのかだけでも聞いて、気持ちを楽にさせようと思ってな」


 それは本当なのか。本当にそう思っているのか、この人の気持ちが本当に分からない。

 飄々としているのに、眉を下げて悲しいんだよと訴えてくる。


「……………………琴平は、実のお兄ちゃんみたいな人だったよ。温かくて、優しくて。冷静に人の事を見ていて、傷つけないように言葉を選んで。でも、闇命君が関わるといつもの冷静がなくなって、少し子供のように怒るんだ。完璧な人だけど、抜けているところもあって。だから、話しやすかった」


 言葉だけでは、あの人の事は語り切れない。それくらい、琴平は大事な人だったんだ、仲間だったんだ。


「…………そうか。なら、次は俺が話そうかな。あいつの子供時代を」

「え、なんで…………」

「俺が話したいから。聞きたくないか?」

「いや、聞きたくないわけではないけど。それは、また別の機会に…………」

「俺が家を出たのは、そうだなぁ。詳しくは覚えていないけど、餓鬼の頃だったって感じで話させてもらうぞ」


 結局話すのか。今じゃなくていいと思うんだけど、なんで今。


 …………前に琴平から聞いた話とは違う目線で聞けるのか。止める理由もないし、いいか。


 ☆


 琴平が生まれたばかりの頃、俺は初めて見る胎児に感動していたんだ。

 自分より小さくて、柔らかくて。少し触れただけで崩れてしまいそうな存在に、興味半分と恐怖半分。だが、子供の好奇心はすごいものがあってな。

 ソッと、触ってみたんだよ、あいつの手をな。その時、あいつは俺のことを認識したかのように、指を小さな手で握ったんだ。

 その時、俺はこいつを守らないとと、直感的に思った。


 でも、今まで親の愛情を独り占めしていた俺からしたら、弟の存在は決していい物だけではなかった。


 小さい子を優先するなんて当たり前な事だけど、当時の俺からしたらそれは理解出来なかっった。

 何でもかんでも「琴平、琴平」という両親が嫌で、自分を見てくれない両親が嫌いになって。


 徐々に大きくなった琴平は、なんでかあまり話していない俺の後ろを付いてくるようになった。何をするにも「にーちゃ、にーちゃ」ってな。その時は本当に鬱陶しくて、嫌いな奴に追いかけられている不快感が芽生え。何度か押して、転ばせて泣かせて、両親に何度も怒られたな。


 それでも、何が楽しいのか。琴平は俺の後ろを付いてくるようになっていた。


 そんな琴平や両親から逃げるように外で過ごしていたら、ある人物に出会った。その人の話に乗り、両親から、家族から。――琴平から逃げたい一心で家を出る事を決めた。


 善は急げという思いで、その日の夜。誰にも気づかれないように夜中、出る準備をしていた時、運悪く琴平が起きてしまったんだ。


『どこに行くの?』


 と、言っているような瞳に。俺は思わず目を逸らし、なにも見なかったように出て行こうとしたんだけど。服を小さな手で掴まれ、簡単に行くことができなかった。


『行かないで』


 と、涙をこぼしそうな顔で訴えてきた。子供は勘が鋭い。俺がもう戻る事とはないと、感じていたんだろうな。

 それでも、その時の俺はその顔すら不快で、早く出て行きたくて。もう、会いたくなくて、俺はそいつから離れたくて。

 掴まれていた服を引っ張り、強引に離させた。


 そのまま扉の方に走り、出て行こうとした。後ろからは泣き声と、なにかにぶつかった音が聞こえたけど、それすら無視して逃げた。


 そこからは家に帰らないと決めていたんだが、琴平は俺を諦めなかったんだ。

 数か月で両親は俺の事を諦めたんだが、琴平だけは諦めなかった。一人でも探し続け、名前を呼び続けていたらしい。


 流石にこのままでは色々めんどくさいと思ったから、一度家に帰ることにしたんだ。


 金をせびりにな。


 行くと、琴平は笑顔になり俺に近寄ってきた。戻ってきてくれたとでも思ったんだろうなぁ。だが、俺はそんなあいつを無視して、金だけを持って出て行こうとした。 

 まぁ、親がそれを許すわけがないよな。


 怒りを向けられ、怒鳴られ。こんな怒った両親は見た事がなかった。琴平も、何が何やらわからず泣きわめている。

 これでやっと、俺は弟から完全に離れる事が出来た。そう思ったのに、まだ凝りもせず探していると情報が入った。


 何度も何度も、俺を諦めさせようとしても、あいつは俺を探して。何でそんなに依存してきたんだよって思った。


 でも、ある日を境に探さなくなった。


 やっとかとも思ったが、さすがに気になってな。最後にと思い行ったら、紅音が居たという訳さ。さすがに守ることで必死だった琴平は、俺に敵意むき出しだったが、これでもっと、俺から離れればいいかぁと思ってなぁ。


 そこからは疎遠だったよ。俺と琴平は、そこから最近に至るまで、一回も会っていなかった。

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