狂気
「…………んっ」
「おやぁ?? 目を覚ましたかなぁ??」
『…………』
布団から唸り声、やっと目を覚ましたか。
優夏がゆっくりと目を開け、体を起こす。顔を抑えているから、今どんな表情をしているのかわからない。
気持ちは落ち着いたのか、冷静に考えられるようになったのか、力は溢れていないか。
今のこいつは、大丈夫なのか。
『優夏、意識はしっかりしてる?』
「…………ここは」
『水仙家の一室』
「…………そう。道満はどうなった、靖弥は?」
『道満は取り逃がした、セイヤは壁側にいるよ』
「…………」
頭を支えているな。頭痛が走っているのか、顔を歪めている。声が淡々としていて、感情を読み取ることが出来ない。
視線で夏楓に読心術で読み取れるか聞いたけど、首を振られてしまった。
さすがに今の状態では読めないのか。せめて、顔を上げてくれればいいんだけど。
「…………取り逃がした、道満を」
『…………そう。取り逃がした』
「なんで? あいつはなんで逃げた。なんで殺せなかった、なんで…………」
口調がどんどん荒くなる、記憶が蘇ってきているのか? まずい、このままではまた暴走するかもしれない!
『優夏、確かに取り逃してしまった。でも、お前の友人であるセイヤは今こっちの手にある。ということは、今道満は一人。しっかりと作戦を立てる事が出来れば、次こそは――……』
――――――――――ゾクッ
な、なに。少しだけこちらを向いた優夏。頭を支えていた手を下ろし、俯いていた顔を上げた。その顔が、目が。もう、普通じゃない。
"狂気"
今の優夏は明らかに普通ではない。殺気なのかなんなのか。柑子色の瞳が黒く濁り、渦巻いている。体に走るこの寒気、鳥肌が立ってしまう。
こいつは、本当に優夏…………なのか? 中身だけ、違う人になっていない? いや、そんなことはない、ありえない。
『優夏…………? 優夏、なんだよね? どうしたの…………?』
「何を言っているの、俺だよ、闇命君。何もできない、ただの役立たずの、俺だよ」
僕から目を離した優夏、顔を俯かせ布団を強く握っている。後悔が胸を占めているのが僕にまで伝わってくる。
「優夏とやら、目を覚ます事が出来て良かったな」
「…………誰」
「俺は月花琴葉。これだけ聞いたらなんとなく察る事が出来ると思うが、わかるかぁ??」
「…………誰」
「おい、さすがに分かるだろ、わかってよ!!! お兄ちゃんは悲しいよ!!」
…………こいつは本当に空気が読めないみたいだな、さすがの優夏も引いている。
嘘泣きするな、気持ち悪い。畳をバンバン叩かないで、子供みたいな暴れ方しないでよ。
「はぁ…………。琴平の実の兄だ。これでわかるだっ――……」
「ふざけているのか? 琴平を馬鹿にしていると?」
「待って待って!? なんか、聞いていた話と性格とか言動とか違くない!? 優しすぎると聞いていたんだけど!? 胸ぐらを掴まれている俺にとっては全然優しく見えないんだけど!?」
降参降参と、情けない声を出す琴葉。
確かに疑いたくもなるよね、こんな無神経で阿呆で馬鹿で脳みそ入っているのかも疑ってしまう人が、琴平の兄なんて。
僕も半信半疑だよ。見た目は瓜二つだから信じるしかないけど。
それより、本当に優夏、どうしたんだ? なんて声をかければ、今まで通りの優夏に戻るのか。言葉が、思いつかない。
「えぇぇぇぇええっと。ひとまず、落ち着いてくれ。今は話し合いが大事だと思うんだ。な? な?」
「……………………」
優夏が胸ぐらを掴んでいた手を離し、布団に座り直した。琴葉は掴まれていた胸元を直し、安堵の息を吐く。
「ふぅ、えっと。今回の件は詳しく聞いていないから、正直なところ何とも言えない。だが、お前は今回の結果に満足してないんだろ?」
「当たり前だ。こんなので満足する訳がないだろうが、ふざけるな!!」
「まぁ、落ち着け。満足ではない一番の原因はなんだ、琴平の死だろ」
「…………だったら、なんだ。つーか、さっきから何なんだよ、その態度。実の弟が死んだんじゃないのかよ、なんでそんな平然としていられる」
優夏の質問に、琴葉は「うーん」と顎に手を当て唸る。すぐに答えられないの?
「そうだなぁ。簡単に言うと、慣れだな。今まで、俺の身近な人間はこと如く死んでいった。呪いに負けた奴、妖に食われた奴、病にかかって体がもたなかった奴らもいたな。こんな感じに、人の死は何も珍しくはない。慣れろ、とは言わないが、一人の死だけでそんな感じになっていたら、今後どうなるか…………。感情を押さえつける練習だけでもしておけ」
今の優夏にそれは逆効果だろ。なんだよ、怒らせたいのか?
優夏は今の言葉に拳を強く握って震わせている。下唇を強く噛んでいるのか、血が流れていた。
「なんで、なんでそんなことをっ――……」
優夏が拳を握り、殴りかかろうとした手を簡単に止める。琴葉は胸の中で動く小さな体を抱き留め、何かを耳元で囁いた。
「今のお前の苦しみを、琴平に味合わせた方がましだったか?」
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