希望と後悔

「では、私達はこれで失礼するよ。体を大事にね」

「ありがとうございます」

「あ、そうそう。この子は置いていくね。目が覚めたら大変だと思うけど、頑張って」


 それだけ言い残すと、紫苑さんと琴平はそのまま部屋を出ていき、紅音と夏楓は心配そうに俺を見下ろしている。気まずいって……。


「えっと、大丈夫だよ」


 声が上手く出なかったけど、二人はそのまま琴平達の背中を追うように部屋を出て行った。


 はぁ。疲れた。熱と言っても多分微熱ぐらいだろう。お腹の痛みは刺されたから。頭や関節は疲労もあるだろう。だるさも今まで力を使いすぎると感じていたし、大した事はなさそう。


 お腹に手を添えてみたけど、痛みが増すとかはない。傷は本当に塞がっているらしい。


「はぁ……」


 頭が覚醒してきたから、あの夜の事も思い出してきた。ついでに夢の話も……。



 蘆屋道満あしやどうまん、安倍晴明。この二人は簡単に言えば敵同士。蘆屋道満の裏切り行為で、安倍晴明は貶められた──みたいな感じなのかな。


 それで、子孫である闇命君の体は、道満の呪いによって短命になってしまった

 もしかして、最後に聞こえた低音の声。あれが蘆屋道満? 安倍晴明は、俺がもう蘆屋道満に出会っていると言ってた。なら、間違いないだろう。


 となると、靖弥は今、蘆屋道満に捕まっているという事で間違いないのか。でも、なんで俺を刺した。


 あの目、確実に靖弥ではなかった。俺の知っている靖弥はもっと温かくて、俺より頭が馬鹿で、能天気。でも、優しくて、一緒にいて楽しい。そんな存在だ。そんな靖弥だから、俺は友人として一緒にいた。楽しかったから。


「蘆屋道満……。もしかして、俺達が転生したのは──」


 …………考えるだけ無駄か。俺には分からない。何もかも。


「分からなくても、どうにかするしかない。俺は、決めたんだから」


 あの夢の中で、俺は誓った。この世界に革命を起こすって、この陰陽寮を変えるって。安倍晴明の前で誓った。


 天井を見上げ、何も無い空間に手を伸ばしてみる。その小さな手は何も掴めない。何も掴めず、下ろされる。


 外は今穏やかみたいだな。風の音、鳥のさえずり、葉の重なる音。優しい音が聞こえる。


 とりあえず今は休もう。考えるなら、頭をスッキリさせてからの方がいいだろう。


『やっと、体回復してきた?』

「あ、闇そこ。目が覚めたみたいだね、良かったよ」


 俺のお腹の上で、鼻をヒクヒクと動かしながら寝ていた闇命君が目を覚ました。それでもまだ眠いのか、背中を伸ばし大きな欠伸をしている。鼠と考えると非常に可愛いんだけどなぁ。中身はくそ生意気な天才陰陽師少年なんだよ。


『目が覚めたのなら、僕の体にそんな大怪我させた理由を話してもらうよ』


 あ、プチ怒だ。そりゃそうか。大怪我したんだから、怒られても仕方がない。でも、思っていたより冷静だな。もっと怒鳴ってくると思っていたよ。


 言われた通り、俺はあの村であった出来事と、闇命君には知っていてもらわないとと思い、夢の中で話した内容も一緒に伝える。その際、闇命君は相槌すらしないで、ずっと静かに聞いてくれた。でも、まだ俺の覚悟は話していない。話しても今の俺では言いくるめられて終わりのはずだから。


 この覚悟は、段取りがしっかりと俺の中でわかってから話す事にする。


『ふーん。なるほどね。僕に隠し事何ていい度胸じゃん』

「え、な、ななななな、なんの事??」

『今は無理やり聞かないよ。聞いても無駄だろうし、話せると思った時にでも話して』


 あれ、そこは素直に身を引くのか。絶対に吐かせてくるかと思った。


「……いつもの半透明にはならないの?」

『君が無駄に怪我をしてくれたおかげで力が安定していないの。それに、集中力も全くない。そんな状態で姿を現せる訳ないだろ。少しくらい考えて』


 くそっ、生意気は健在らしいな。当たり前だろうけど。


『安倍晴明か。話では聞いていたけど、まさか魂が僕の体に入っていたなんてね。なんか複雑だよ。せめて守護霊として背後にいてくれててもいいのに』

「それは確かにそう。最強の守護霊だ」

『とりあえず、今は何も出来ないから寝て体力を回復するしかない。そのあとに君の友人について話そう』

「うん」


 いろんなことがあったけど、今はすっきりしている。今やるべきことがわかったからかな。不安がなくなったわけではないけど、迷いは無くなった。

 今は闇命君の言う通り体を休めよう。次の日に影響する。


 ☆


 寝たかな、この馬鹿。何を考えているんだ、何をしようとしているんだよ。


 まさか、この世界に革命を起こそうとしているなんて。僕が君だってこと忘れていないよね。思考が駄々洩れなんだよ。


 自由。この言葉に手を伸ばしたことは何度もある。何度も何度も手を伸ばし続けた。でも、伸ばした手で掴めるものなど、なんもなかった。

 いつもなにも掴めず、心に靄がかかるだけ。次第に手を伸ばすのが億劫になり、途中から諦めた。


 僕が出来なかった事が、何もできないこいつに出来るはずがない。何も知らないくせに、何もわからないくせに。そんな事を言うな、考えるな、頼むから。


 僕に、希望を持たせないで。もう、なにも掴めないなんて、嫌だから……。


 ☆



「セイヤ。今日は君らしくなかったねぇ。どうしたんだ。何か、珍しいモノでも見たかい?」


 低い声で口にしたのは、黒い着物に藍色の羽織り、腰には刀。鋭く光る眼光は黒く、口ひげが頬骨から飛び出るほど外ハネしている男性だった。


「特に何もありません。


 返事したのは、優夏が何度も友人と口にしていた、靖弥と呼ばれていた青年。


 二人は今、太陽の光すら差し込まない森の中を歩いていた。

 風の音や鳥の声、自然が奏でる音は一切聞こえない。静かな空間には、二人が歩いている足音だけ。


「そうかい、それなら良かった。だが、今回のような失態だけは二度と、起こさないようにしておくれよ」

「分かっております。次は必ず、仕留めます」

「それなら良い」


 靖弥の抑揚のない声と、道満の楽しげに笑う声が響く。そんな中、羽織りで隠れている靖弥の顔は酷く歪んでおり、後悔の色を滲み出していた。

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