「………さま。……あん……様」


 声が聞こえる。これは、女性の声か? それだけじゃない。他にも複数の声が聞こえる。みんな、誰かの名前を呼んでいる。誰だ。聞き取れない。


「……めいさま………。闇命様!!」

「ん。あ、あれ……。何、このデジャブ感……」


 意識が浮上、重たい瞼を開けると真っ暗な空間ではなかった。陰陽師や巫女達が俺の顔を覗き込み、名前を呼んでいる。


 あぁ。思い出した。俺、靖弥にお腹を貫通させられたんだっけ……。その後、誰かの声が聞こえたような気がしたんだけど、誰なんだ。なんか、低くて胸糞悪い声だった気がする。


 駄目だ、思い出そうとしても頭が回らない。

 覚えている記憶だけで何とか考えるけど、負けたという事実しか出てこない。あぁ、やっちまった……。


 確実に闇命君に怒られる。『僕の体に何するのさ』って怒鳴られる。


「闇命様。お目覚めですか」

「あ、琴平……。うん、起きたよ」

「良かったです。体の方は大丈夫でしょうか。とりあえず傷は塞ぎましたが、まだ痛むところがあれば教えてください」

「今のところは大丈夫。ありがとう」


 と言うけど、ぼぉっとしちゃってそれどころじゃない。

 何となく体に違和感はあるけど、それが痛みなのかだるさなのか分からない。それほどまでに頭が回っていないという事か。


 重たい体を起こすと、すごく心配してくれたのか。目に薄く涙の膜を作っている紅音と、夏楓が安堵の息を零してる。


 そこまで心配させてしまったのか。申し訳ないな。


「琴平、俺はもう大丈夫。四季さんやあの村の家族はどうなったの?」

「依頼人は家族の元へと送り届けました。村の再建築は難しく、新たに別の場所への移動となっております」


 そっか。守れなかったか……。まぁ、全焼していたからな。直す事すら出来ないか。


「…………あれ」

「どうかしましたか?」

「うん……」


 闇命君は今どこにいるんだ? 近くにいるのは間違いないと思うけど、琴平は知ってるかな。


 手招きして、顔を近付かせてもらった。


「俺の事を知っている人達だけで一度話したい」

「そうか、少し待ってろ」


 この後彼は話をつけてくれたようで、俺を治してくれた巫女さんや、他の陰陽師達は部屋の外へと出て行った。

 今、この場に残ったのは琴平、紅音、夏楓の三人。


「それで、お前は一体何があったんだ。セイヤとは誰だ。貴様は闇命様の体を利用しようとしているのでは無いだろうな」


 あぁ、こうなるよな。


 琴平は闇命君をすごく慕っているし、俺が靖弥の名前を呼んでいたところも目撃している。不思議に思うのは仕方が無いし、俺を疑うのも無理はない。これが、当たり前の反応だ。


「待ってください、琴平さん。私はまだ全てを耳にしてはいませんが、そんな質問攻めしてしまえば、答えられるものも答えられません」


 夏楓が琴平を止めてくれ、質問の嵐は一度止まった。でも、納得した訳ではなさそう。眉間に皺を寄せ見下ろしてくる。

 紅音は何も言わないが不服に思っているのは、表情だけで分かるな。


 これは俺の失態だ。心の余裕がなかったとはいえ、まさか靖弥を見ただけであそこまで取り乱すなんて思わなかった。いや、靖弥は死んでしまったと思い込んでいた俺だったからか。もう出会うなんてありえないと思っていたのに、今この世界で俺達二人は出会った。奇跡なんじゃないかとも思える。


 いや、もしかしたら必然だったのかもしれない。誰かが俺達を操り、この世界へと転生させた。そう思えば、この出会いも偶然ではなくなる。


 ────ガラッ


「目が覚めて良かったよ、闇命君。このまま目が覚めなかったらどうしようと考えていたところさ」

「紫苑さん。はい、お陰様で」

「体調はどうだい。痛むところはあるかい」

「今のところは特に……」


 襖が開く音。見ると、紫苑さんが優しい笑みを浮かべながら立っていた。

 手には小さな鼠……いや、闇命君を優しく包み込むように持っている。どうやら眠っているらしい。

 闇命君はピクリとも動かない。鼻をヒクヒクと動かし、爆睡中。


「大怪我してますし、中身の方は慣れていないでしょう。体が闇命君の物でも、心は君だ。無理する必要は無いよ」


 おでこに手を当てられ、ため息を吐かれた。え、なんか呆れられてる?


「まだ熱があるみたいだけれど、傷は治したからそのうち治まるね」


 あ、熱あったのか。だから、こんなインフルみたいな症状が体に出ているのか、違和感程度だったから気づかなかったよ。


「細かく事情を聞くのはもう少し回復してからにしよう。今はゆっくり休んだ方がいい。部屋まで運ぶよ」


 おっと。体に力が入らないから言われるがままになっているけど、普通に抱っことかおんぶとかで──なんでお姫様抱っこ。

 いや、子供だからそこまで意識する必要はないけど、何となく恥ずかしい。


 そのまま琴平や紅音達も一緒に部屋まで行き、闇命君の部屋にある布団へと横になった。

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