式神

「川天狗?」

『うん。川天狗は、相手を惑わす術を得意とするけど、もう一つの式神も合わせれば、輪入道なんて楽勝だよ』


 闇命君が言うならそうなんだろうね。なら、まずはその川天狗を出さないと駄目なのか。


 懐から御札を取りだし、雷火から落ちないように気をつけながら集中。


「『川天狗、相手を惑わし夢の中へと取り入れろ。急急如律令』」


 言われた通りのセリフを口にし川天狗を召喚。前方にはいきなり、綺麗な女性が──え。


「て、んぐ?」


 いや、確かに天狗と言われれば天狗……か。背中にカラスのような羽が生えているし。

 黒髪のストレート、黒い着物の袖を白い紐で纏めている。

 動きやすいようになのか、足元もあげているため生肌が丸見えなんですが……。足元は下駄なんですね、はい。


『主の、仰せのままに』


 赤いつり目に見られてしまい、思わず目線を逸らしてしまった。いや、だって……。


 こんな美人さんと今まで話した事ないんだもん!!! 何あの美人。あれ本当に川天狗!? 妖なの!?

 ありえない………。人間だったら高嶺の花と呼ばれている逸材だよ。


『早く、詳しい指示を出して』

「あ、はい」


 あ、少し怒ってる。早くしないと闇命君になにかされるな俺……。


「え、でも。川天狗って、相手を惑わすだけなんだよね。どうすればいいの?」

『でしたら、あの者に幻影を見せ、夢の中に取り入れる形でよろしいでしょうか?』

「あ、はい。それでお願いします」

『分かりました』


 川天狗の声は、テレパシーのようなもので聞こえてる感じ。頭の中に直接入ってくるような機械音じみた声。でも、抑揚はあるし、ロボットという訳では無い。


 川天狗はそのまま輪入道の方へと行ってしまう。


『見届けてないで。次は河童を出して。空飛べないから雷火をもう少し大きくして』

「そんな事言われても……」


 えっと。まず雷火を大きくするかな。

 意識を集中────よし。


 雷火は先程より一回り大きくなり、俺以外にもう一人は背中に乗れるくらいになった。

 体が少しだるくなってきたけど、今はそんな事気にしていられない。

 次は、河童を出せばいいのか……。


「『河童、赤く燃える灯火を鎮火せよ。急急如律令』」


 御札から現れた河童は────河童だった。


 いや、そりゃ河童を出したのだからそうなんだけど。川天狗の事があったからさ。もっとこう……。美女か美男が出てくると思うじゃん!! 普通にイメージ通りの河童が出てきたわ!! しかも子供サイズ。


 全身緑色のタイツを着ているような少年サイズの河童。頭にはしっかりとお皿が乗っており、くちばしは黄色。背中には大きな甲羅が背負われている。


『クワッ』

「人語が話せないときましたかぁぁ」

『河童だからね。それより、川天狗が終わったみたいだよ』


 え、見ないうちに?! あ、輪入道がその場から動かずに停止している。その後ろには、川天狗が炎に当たらない位置の車輪に手を添えていた。


『恐らく夢を見せているんだと思うよ。今のうちに炎を消して』

「わ、わかった!!」


 雷火を操作して輪入道に近付き、河童を俺の前に立たせる。


「河童、輪入道の炎を消してくれ」

『クエッ!!!』


 河童は返事をするように両手を広げた。良かった、人語は通じるらしい。

 大きく息を吸うと、勢いよく水を噴射。


 川天狗はそれを確認すると、水が当たる直前でその場から離れた。

 意識が戻ったであろう輪入道、目の前まで迫っていた水鉄砲を避ける事は出来ず、無様に空中を転げまわった。


 よしっ。炎は消え──


「あれ。輪入道の額に、大極図が刻まれてる?」


 今まで遠目だったから気付かなかったけど、確かにある。輪入道の額。

 陰陽師が出した式神の証である大極図。という事は、これって陰陽師の仕業?


「でも、なんでこんなこと……」

『戦闘中によそ見をするな!!!』

「え、戦闘はおわっ──」



 ────ガクッ



「えっ」


 いきなり、衝撃と共に襲ってきた浮遊感。まさか、これって……?


 下を向くと雷火の背中ではなく、どんどん近付いてくる地面。嘘。嘘だろ。おい。


「お、落ちてるぅぅぅぅぅぅうううう!!」


 空気の圧がすごい!! 体が引き裂かれる!! 体勢を立て直す事が出来ない。


「やばいやばいやばい!!! ら、雷火!!!!!」


 咄嗟に雷火を呼ぶと、空気の圧で引きちぎられそうになっていた体が急に軽くなり、手にはフワッとした感覚。


「た、助かった………」


 雷火が拾い上げてくれた……。マジで死ぬかと思った。二回も死を経験なんて嫌だよ俺…………。


 一体何が起きた。なんで俺は、雷火から振り落とされた。


『あれを見ろ』


 いつの間にか闇命君は鼠の姿ではなく、半透明の姿。彼が指した方を落ちないように厳重注意しながら見ると、何か光る物が建物の中から見えた。


「────っ!!!! 逃げっ──」


 気付いた時には遅く、


 今回は雷火のスピードもあり何とか避ける事が出来たが、弾丸が顔の横すれすれを通り抜ける。


 建物の中に居たのは、鉄砲を構えた人影。キラキラと光っていたのは、鉄砲が月の光に反射していたからだろうか。


 まさか、地上からも狙われるなんて。一体誰なんだ。


「下は陰陽助がいるから問題ないと思ったのに! 何が潜んでっ──?!」


 頭に甲高い声が! この声って、川天狗!?


「川天狗!!!」


 上空を飛びまわりすぎて方向感覚が狂いそうになるが、それでも川天狗の叫び声で何とか位置を把握出来た。できたのだが、何が起きたのかはすぐに理解できない。

 川天狗は、さっきと同じ所にいるのか。


「雷火、頼む。川天狗の所にっ?!」


 向かってくれという前に、無意識に強く握ってしまっていた御札が、急に燃えてしまった……。


「これは、川天狗の……」

『よそ見をするなと言っているだろ!!!!』

「っ!!!」


 下からの攻撃が止まらない。なんだ。なんで俺は狙われている。

 余裕が無い。目が回りそうになるし、考える余裕を作ることすら出来ない。避けることで精一杯だ。


「っ!!! 河童!! 光を反射している所に水鉄砲!!」

『クワァァァア!!!』


 雷火にしがみつきながら河童の甲羅に手を置き、落ちないように支える。


 あぶり出してやるよ。誰だ。俺を狙うやつ!!!


 河童は俺の言う通り、口から勢いよく水鉄砲を発射した。

 今にも崩れそうだった建物に水鉄砲が当たった瞬間、大きな音を立て崩れ落ちる。


 これで、動きを封じることが出来れば………ちっ、やっぱり。上手くはいかないか。

 建物から走り去ろうとしている人影、逃がすか!


「雷火、追って!」


 逃がさない。あの人が何かをしているんだ。捕まえて、全てを吐かせてやる。

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