本物の上司の貫禄

 琴平が襖を開けると、上位の部屋とは思えない光景が俺の視界を埋め尽くした。視界だけではなく、鼻を掠める匂いに少しだけ顔を歪めてしまう。


 部屋は和室。畳には色んな紙が散乱しており、筆は墨が付いたまま落ちているため、せっかくの畳が黒くなっている。

 窓が開いていないから、墨の臭いが充満していて気持ち悪い。

 部屋の奥には布団が一式、それも水玉の柄かというような墨のつき方をしている。紙や筆の他にも、竹筒や印鑑? それに服まで落ちているから、足の踏み場がない。


 これが、本物の汚部屋。俺の部屋も漫画やゲームとかで綺麗とは言えなかったけど、それ以上な光景に、さすがに息を飲んでしまう。


 俺が困惑していると、琴平は頭を抱え顔を青くする。深いため息が聞こえる、呆れているな。


「はぁ……、陰陽助。なぜこのような事になっているのですか。一昨日片付けたばかりだったはずですが……」


 え、これで片付けたの? しかも、一昨日? もう、故意に汚してない? 二日でこれはないだろ。


『そうだったかい? まぁ、気にする必要は無いよ』

「え、どこから声が聞こえてるの」


 琴平が少し高めの声だとするなら、今の声は少しだけ低いテナーボイス。どこかの執事に居そうな甘い優しい声がしたけど、一体どこから??


 まさか、奥にある布団の中? 確かに膨らんでいるとは思ったけど……。


 とりあえず墨とかに気をつけながら歩き、奥にある布団へと向かってみる。

 掛け布団を掴み、意を決して勢いよく取ってみた、そこに居たのは!!!


「……………………騙されたぁぁぁぁあああああ!!!!」


 まさに身代わりの術!!!

 中には等身大と思われる大きな人形、なぜか顔はへのへのもへじ。そこは適当なんだなぁ……。というか、なぜここで身代わりの術!! 意味がわからん!!!


 落胆し畳に手をついていると、いきなり肩に手が置かれた。それは琴平の手で、目からも伝わる彼の「ドンマイ」と言う言葉。虚しいな!!!!!!


「これはなんですか、琴平さん」

「よくこのように、人を騙し楽しんでいるんだ。深く考えるな、無駄だ」


 際ですか。というか、そういうふざけた人が陰陽助を務める事が出来るのか。

 一体、どんな人なんだぁぁあぁああああ!!!!!


 どんな人かも分からないし、探すのは琴平に任せる事にしよう。その間、壁の端っこで体育座りして待機。無駄に動けば服が汚れる。


 にしても、本当に個性豊かだなぁ。一番上に立っているじーさんは本当にウザイけど。


 あのじーさん、人の血ってしっかりと流れているのか。子供にあんな化け物ぶつけるなんて。それに、堅物助陰陽助さんも人の血が流れていないな。

 類は友を呼ぶが具現化したような寮なんだよなぁ、ここって。


 せめて、もう一人の陰陽助さんはまともな人であって欲しかったけど、無理そうだ。


 ここでまともなのはやっぱり琴平だけ──


「君が考え事なんて珍しいね、熱でもあるのかい?」

「………っ、うわぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!」


 声と共に眼前に男性の顔。し、しかもこの人。逆さまになってる。コウモリ? あ、上の方から吊るしている──訳でもない?!?!?!

 え、天井に立ってる? なに、この人。重力無視にも程があるだろ。


「あ、紫苑しおんさん。もしかして、また天井に張り付いていたのですか?」

「まさか。人が来る気配を感じてね、天井裏に隠れさせてもらっただけだよ。なんだか、面白そうな事を持ってきてくれたような気がしたからね。最初に驚かせてあげようと思って」


 逆さまなまま、紫苑と呼ばれた青年は琴平に甘い声でふざけた事を返してる。

 えぇ、まさか、この人が陰陽助? こんなふざけた人が上に立っているのこの陰陽寮。


 …………終わったな、この陰陽寮。


「はぁ……」

「おやおや。君がため息を吐くなんて。本当に何か面白い事があったみたいだね。教えてもらおうかな」


 言いながら、紫苑さんは舞うように広い袖を揺らしながらゆっくりと畳へと降りた。しっかりと墨や紙を避けて。


 その人は簡単に言うと高身長な優男。

 白銀の髪を腰まで伸ばし、カーキ色の着物には控えめに紅葉が散りばめられている。肌は白く、両目は青柳あおやぎ色。前髪の隙間から覗かれる瞳に少し身震いする。

 普段から優し気な笑みを浮かべている人なのか、柔和な笑みで見下ろしてきた。


 この人は、確かに上に立つべき人かもしれない。ビシビシと伝わるオーラ。見られただけで体が硬直してしまう感覚。まるで、メデューサを目の前にしているような感じだ。会った事ないけど。


「………君は、闇命君ではないね。誰なんだい?」


 え、目を合わせただけで気づかれた? 


 俺の目の前で片膝を付け、顎を固定される。青柳色の瞳が俺の両目を捕え、逃がしてくれない。


 緊張でなのか喉が閉まって、何も言えないし、思考が止まっているから何も考えられない。なんだよ、これ。


『ちょっと。分かってんならそんな事しないでくれる? 猫ジジィ』

「おやおや。そこに居たんだね、闇命君。良かったよ」


 闇命君が姿を現し、紫苑を睨みつけてる。そのおかげでメデューサ──じゃなくて、彼の瞳が逸れてくれた。

 なんだったんだろう、時間が止まったような感覚だった。


『まったく。つーか、君もなんでこんな奴にそこまで怖がるわけ。何度も言うけど、僕の体で情けない姿を晒さないでくれる?』

「はい、すいません」


 晒したくて晒した訳じゃないんだけどね、はぁ。

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