依頼人
闇命君の部屋に辿り着き、座布団の上に座る。その時にはいつもの琴平に戻っていた。
少し安心したけど、心配だな。多分、立場上気になる事ややりたい事があっても、何もさせてくれないんだろう。
我慢して我慢して。上に従い続け、今まで歩んできた。だから、すぐに気持ちを切り替える事が出来るのだろう。今はもう、さっきのはなかったみたいに振舞ってる。
「ん? どうした」
「………いや、なんでもないよ」
さっきのを聞くのは、やめておこう。今はまだ早いよね、距離感はしっかりしないと。踏み込み過ぎても、琴平が困るだけだ。
改めて部屋を見回してみると、この部屋は本当に闇命君の部屋なのか疑問を抱いてしまう。
本当にここは闇命君みたいな子供の部屋なのだろうか、最低限の物しかない。
丸テーブル、布団。後は、筆とか仕事に必要な物だけ。もっとおもちゃとかあってもよくない? いや、闇命君がおもちゃで遊ぶ光景は、さすがに想像出来ないな……。
まぁ、部屋はこの際どうでもいいか。今は関係ないし、それよりさっきの会話の方が気になる。外から聞こえていた声、一体何を話していたんだ。
二人の女性の声。落ち着いて話していたのは、恐らく巫女さん。そして、落ち着きがなく慌てた口調で話していたのは、誰だ?
甲高く、震えていたような声。何かに怯えているような物だった。
そういえば、琴平が言っていたな。
陰陽師は、占いや鑑定もする。それは、ここに依頼に来る人達のって事だよな。なら、さっきの人は依頼人って事か?
「優夏」
「んえっ? あ、はい。優夏です」
いきなり琴平が俺の名前を呼んだからビビった、なんだろう。
「さっきから何を考え込んでいる」
「あぁ……。いや、外から漏れていた声がどうしても気になって」
「なぜそれが気になる?」
「それは俺にも分からないんだけど。なんか、ほっといたら駄目な気がする。これって、闇命君の体だからそう感じてるのかな?」
確か闇命君って、勘も鋭いんだよね。相手の弱点や倒す方法とかが瞬時にわかり、それを実行出来るとか言ってたはず。
この直感的なやつも、闇命君が備え持っている力なんじゃないか?
『だと思うよ。僕もさっきの声からは、何か嫌な物を感じたから』
「闇命様も先程の会話が気になると言う事でしょうか?」
『まだ断定は出来ない。でも、僕の直感が言ってる気がする。あの依頼、断ってしまったら大きな災いが起きる──そんな気がするよ。それに、琴平もほっときたくは無いみたいだし』
琴平はバツが悪そうに眉間に皺を寄せ、目線を逸らす。どうしたんだ?
いや、琴平の反応もすごく気になるけど、闇命君の言葉もものすごく気になる。
”大きな災いが起きる”。それって、どれだけの規模の事を言っているのだろうか。本体の俺より、半透明の闇命君の方が詳しく感じ取っていることに、俺は少し悔しさが芽生えたよ。
『多分、あの様子じゃ依頼を断ってるね』
「……だと、思います」
え、依頼を断わる?
「なんで依頼を断るの? 全ての依頼を受けないと可哀想じゃないか」
「受けたくとも、受けられないらしい。この村には陰陽寮がここにしかない。後は馬車などを使い遠出する必要がある。だが、馬を使いどんなに急いでも、丸一日は片道でかかってしまうんだ。一番近い陰陽寮だとしてもな」
それはすごい距離だな。だったらこの陰陽寮に頼るしかない訳か。
「そのせいで、この陰陽寮には沢山の人が集まり、依頼も多い。そんな依頼の中には俺達じゃなくても解決するような内容も複数。全てを受けてしまっていたら、人手がいくつあっても足りない」
「あぁ。所謂、何でも屋扱いって事?」
「そうだ。だから依頼内容を絞り、我々陰陽師じゃなくても解決しそうな内容は断っているんだ」
それなら納得だ。人手がないのは仕方が無いし、何でも屋扱いされるのも困る。依頼内容を確認し断るのも、こちらが最大限の力を発揮する為に必要な事。
沢山の依頼を受け持ち、どれも中途半端になってしまうよりは全然いいだろう。
『でも、それには欠点もある』
「欠点?」
『そう。欠点は、その依頼内容の主旨をしっかり理解しないといけない事。だが、それを受付は全く出来てない。本当に僕達の力が必要な人の依頼を受けずに帰す時もあるんだ。まったく、本当に役に立たない人達ばかりだよ』
なるほどね。話だけ聞いても、それが本当に悪霊と繋がりがあるか、受付の人は分からないのか。
依頼人の話をしっかり聞き、その内容を理解し判断を下す。簡単に選別はできるものでは無いだろう。
『今回の依頼人もその一人だな。まぁ、運が悪かったって事で、諦めるしかないよ』
「…………闇命様がそう言うのであれば」
え、ちょ。なんでそこで諦めるの? 気付いているのに。
「な、なんでそこで諦めるんだよ。こうやってもう分かってんじゃん。なら、助けようよ」
俺の言葉に二人は顔を見合わせ、大きなため息を吐く。いや、なんでですか。
『分かってない奴が一回一回口を挟まないでよ。そういうところが嫌われる要因になるって分からないわけ?』
「優夏、闇命様の言う通りだ。嫌われるかどうかは分からないが、俺達の立場上口を挟めない。諦めるしかないんだ。今までも、諦めてきた」
闇命君の言葉にははらわた煮えくり返るが、琴平がオブラートに包みながら説明してくれたおかげで二人の判断理由を理解出来た。
理解出来たからと言って、納得出来る訳では無いけど。
さっきから琴平の言葉に何か引っかかるものがあるな。それに、闇命君も口では突き放すように言っているけど、難しい顔を浮かべている。
二人はやっぱり諦めたくないんじゃないか? いや、諦めたくないはずだ。だからあんなに険しい顔を浮かべている。
「口を挟む事が出来ない立場ってなに? 結局最後は、琴平とか他の陰陽師達が仕事をやるんでしょ? なら、口を出したっていいんじゃないの?」
「そんな単純な話では無い。ここに来る話は、基本口外禁止で、内密な内容なんだ。話を外部に漏らさぬよう、受付にしか話は通らない。俺達の所に来る時にはもう、仕事を受け付け、誰が受け持つか決まったあとだ」
仕事内容は口外禁止。外部に漏れないようにするため、必要最低限の人にしかその内容を話さないという決まりなんだな。
『さっき声が聞こえたのも、恐らく断られた依頼人が頭に血が上り、大きな声で怒鳴っていたからだろうね』
闇命君が付け足すように言う。それからは誰も話さなくなってしまった。
どうにかしたいな。だって、災いが起きるのなら、事前に手を打ちたいし。
琴平と闇命君が気持ちを押し殺しているようにも感じるから、俺に出来る事なら、なんでもいいからやりたい。
さっきの女性を、助けたい。
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