嫌な予感
「逆に問うが、貴様は闇命様がこのような物も覚えられないほど頭が弱いと? それは闇命様を侮辱していると受けとっ──」
「あ、はい。分かりました。分かりましたよ琴平。だからお願い。青筋立てないで怖い」
闇命君の言葉が本当かを琴平に確認した結果、見事に怒られた。別に闇命君を侮辱した訳じゃないのに……。ただ、確認したかっただけなのに。
ん? 待てよ。闇命君はこの儀式と呼べる物には参加した事がないと言っていた。なのに、琴平は俺に参加させようとした。なぜ?
いつも参加していない人が参加すれば、怪しまれるのではないか?
考えていると、琴平がバツの悪そうな顔を浮かべ、俺の肩を見ている。いや、正確には俺の肩に乗っている闇命君の依代を見ていた。どうしたんだ?
『琴平。確かにこいつは単純だけど、僕がさせないからね。”あの闇命様がやっと真面目に参加してくれるようなった!”とかを周りに言わせて、僕がここから逃げられないようにするのが目的だろうけど、そんなの無駄だよ。残念だったね』
冷めたような目を琴平に向けながら言い放った後、闇命君は不機嫌そうに顔を逸らした。それを見た琴平は顔を青くし、項垂れてる。
そういう事だったのか。確かに今の俺なら普通に参加してたし、周りからそんな風に言われたら逃げられない。それを習慣づけ、万が一闇命君が戻る事出来ても続けさせようと思っていたのか。
そう考えると、琴平って普段どこまで考えて行動しているんだろう。俺は目の前の事で精一杯だよ。
とりあえず、朝の儀式は参加せずに終わり、これかも参加しないで終わるだろう。琴平はやはり根は真面目だからか、しっかりと行ってた。
その後は朝ごはんを食べるため、食堂へと向かうらしい。
体に流れている汗はしっかりと洗い流したあとでないと、食堂には入れて貰えないみたい。巫女さんに追い出されている人を何人か見たけど、箒で叩き出すとか……。怖いな。
食堂は大きな襖の向こうらしく、開けると大部屋になっており、長机が並べられていた。その近くに座布団が一定の感覚で置かれている。
長机の上には朝ごはんが並べ、美味しそうな匂いが大部屋に広がっていた。
テーブルの上には、味噌汁、白米、鯖。THE朝ご飯が並べられている。
食べてみると、白米はホクホクで甘い。味噌汁はちょうどいい温度、味。すごく美味しい。
いやぁ、まさか。朝早く起きたのにご飯が十時なんて……。背中とお腹がくっつきそうになってたよ。
勢いよくご飯を食べていると、琴平に「がっつくな」と怒られた。だって、お腹がすいていたんだもん…………。
…………ご飯って、おかわりしたら駄目なのかな。
☆
ご飯を食べ終え、部屋に戻っていると前方から
「あ、闇命様、琴平さん。おはようございます」
「闇命様、琴平。おはようございます」
「おはよう」
「おはよう。今日の仕事は一段落着きそうか?」
そうか。陰陽師が修行をしている間に巫女は家事とかをしてくれているんだっけ。大人数だし広いし、時間かかりそうだなぁ……。
「えぇ。あともう少しで洗濯物が終わります」
「そうか。なら、少し時間を作っては貰えないか?」
夏楓と紅音は首を傾げながら顔を見合わせるけど、頷いてくれた。
「分かりました。でしたら、お時間出来ましたら行きます。闇命様のお部屋でよろしいですか?」
「あぁ。待っている」
そんな会話をしている三人に馴染めず、肩に乗っている闇命君に目を向けるけど、鼻ちょうちん!! 寝てんのかい。
いや、鼠って鼻ちょうちん作れるの? 今現在、本物の鼻ちょうちん見ているから何も言えないけど。
俺達はその後すぐ、紅音達と別れ進む。周りはずっと同じ景色。長い廊下に、左右には天井に近い壁に蝋燭が立てられてる。一定の間隔で襖が並んでいるが、なんの部屋なのかわからない。陰陽師達や巫女さんの部屋なのかな。
俺と琴平の足音だけが響く廊下をひたすら真っすぐ歩いているんだけど、どこに向かっているのかわからない。
いや、さっき夏楓は”闇命様に部屋”と言っていた。と、いう事は今向かっているのか闇命君の部屋か。
「琴平、闇命君の部屋ってどこにあるの?」
「このまま真っすぐ行けば辿り着く。もう少しだ」
もう少しなのか。だいぶ歩いたような気がするけど、やっぱりこんなに大きな屋敷だから部屋の移動だけでも時間がかかるな。
「…………!! …………。……」
……ん? 前から人の声?
「この声って──」
女性の声っぽいな。しかも、二人。一人は淡々と話しているみたいだけど、もう一人は焦っているのか口調が早い。
「琴平、この声どこから聞こえるの?」
「あぁ。恐らく外だろう。換気のため上の窓が開いているからな。どうしても聞こえてしまう」
たしかに上に取り付けられている窓が開いてる。蝋燭が風で揺れてるけど、危なくないのかな。周りに燃え移りそうなものがないから大丈夫か。
それより、外の声の方が気になる。
「なんか、言い争っているように聞こえるんだけど、大丈夫かな?」
「…………いつもの事だ。気にするな」
琴平はそのまま廊下を進んでしまう。
今の琴平、いつもと様子が違った。沈痛な面持ち、諦めに近い感情。廊下を歩いている琴平の背中からは、諦めに近いものを感じる。遠くなっていく琴平の背中を、後ろ髪引かれる想いで着いて行く。
「…………あ」
琴平は自分で気づいていないかもしれない。自分が、強く拳を握っている事に。その手は微かに震えている。
今の彼が何を思っているのか、察する事が出来なかった。
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