新たな日常

凡人には無理なんですが

 水人を倒した次の日、俺は何故か朝四時に叩き起された。


「なんでこんな時間に……」

「毎朝俺達は朝日に向けて、ある言葉を唱えているからだ」

「ある言葉?」


 朝、琴平に布団をひっぺがされ、今は大きな屋敷の廊下を欠伸を零しながら歩かされていた。


 そんな中で聞かされた今の話。

 ある言葉ってなんだ? 朝日に向かってって、青春かよ、くそっ。


 俺が生きていた時なんて音ゲーばっかりやっていたから、青春なんて体験しなかったぞ。

 まさかこんな所で体験出来るなんてな。

 ふふっ、ここで俺の本来の力を見せてやろう。


 歩いていると裏口から外に、まだ薄暗い山道についた。


 道は整備されているのか、人一人通れる道は確保されている。

 でも、まだ頭は寝てるし、体は重たい。正直、前を歩く琴平について行くだけでしんどい。


「琴平、まだぁぁあ?? ぶっ!!」

「あ、すまない。大丈夫か?」

「だ、いじょうぶ…………。鼻をぶつけただけ…………」

「本当に大丈夫か? 闇命様の身体なんだから大事にしてくれ」

「はい…………」


 俺が文句を言いながら歩いていると、琴平がいきなり立ち止まったから、鼻をぶつけてしまった。地味に痛い……。


「えっと、目的地にはたどりつい…………うわぁ…………」


 鼻を押さえながら前を見ると、思わずげんなりした声を出してしまった。


 だって、妄想からかけ離れすぎているんだもん。

 俺の妄想では、巫女さん達がタオルとか飲み物とかを持って応援してくれるとかだったから、さすがに落胆するよ。


 屋敷の裏手は、朝日が隠れないようになのか木は伐採され、開けた場所となっていた。


 地面は石畳になっていて、近くには透き通るほど綺麗な水が入っている井戸。

 着替えが置かれている大きな石があり、その着替えは全て男性物……。


 こんなに朝早く起きた事は無いけど、まだ人間は寝ていてもいいと思うほど周りは薄暗い。

 でも、朝日は半分くらい顔を覗かせているから、もう少しで明るくなるだろう。


「あの、琴平さん。女性の方は居ないのでしょうか?」

「今は朝の掃除中だから居ないな」

「左様でございますか……」


 ────くそぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!!


 なんで女性がいないんだ!! 

 ここは青春を謳歌する場所じゃねぇのかよ!!!


 いや、そもそも琴平は女性が居るとは言ってなかった……な……。

 俺が勝手に妄想を巡らせただけか……。


「青春出来ると思ったのに……」

「よくわからんが、とりあえず今から教える言葉をまず覚えろ」

「あ、はい」


 そうか。朝日に向かって何かを言うんだっけか。何を言うんだろう。


 あ、あれか、『リア充禿げろぉぉぉおおおお』とか叫ぶのか。それなら大歓迎だ。


 琴平が息を吸い、真面目な顔で口を開く。


元柱固具がんちゅうこしん八隅八気はちぐうはつき五陽五神ごようごしん陽動二衝厳神おんみょうにしょうげんしん、害気を攘払し、四柱神しちゅうしん鎮護ちんごし──────」


 …………………………ん?

 あれ、今琴平は何を話しているのだろうか。

 日本語? 外国語? いや、日本語ではあったか。だったらなんだ。呪文か何かか?


 頭に琴平の言葉が入ってこないまま呪文もどきは終わり、琴平は一息ついている。


「ふぅ。これを朝日に向けて毎朝唱えるんだ」


 あぁ、そうか。これを俺が毎朝唱えるのか。なるほど────い、いや。いやいや。いやいやいやいやいやいやいやいや!!!!!


 ちょ、ちょっと待ってくださいよ琴平様。

 そ、そんな当たり前のように言われても……。


 最初すら覚えられませんでしたが!?!? 

 た、助けて。無理です。これは無理です。頭が死にます。というか、早起きで頭が働いていない俺にそれは鬼畜ですが?!?!?!


「あの、め、メモとかないのですか?」

「めも?」

「あえ? えっと……。覚書? は、ないの?」

「ない」

「無理です、言えないです。何も覚えていません」

「死ぬ気で覚えろ」

「無茶言わんでくださいよ……」


 無理だろ、どうやって覚えろと。耳からの情報って儚いんですよ。無理ですから。


 というか、メモが通じなかった事への驚きが隠しきれない。覚書って言葉知っていて良かったぁ…………いや、知らんはず。


 こんな言葉、調べた記憶すらないぞ。

 もしかして、闇命君の体に憑依転生したのが、少しだけ俺の記憶にも影響しているのかな。


「まぁ、さすがに死ぬ気で覚えるのは、現実的では無い。今日は俺の隣で口パクで構わない」

「あ、本当に? 良かった……」


 今日それを言えって言われてもさすがに無理だからなぁ……。はぁ、助かった。


 安心していると、足になんとなく違和感。

 何かが体を上ってきている。


 な、なに? 見るの怖いけど、見ない方がよっぽど怖い。


 勇気を振り絞り肩に目線をやる、それと同時生意気な声が聞こえた。


『ちょっと。そんなの僕が許す訳ないじゃん』


 視線を向けた先には、愛らしい鼠が俺を見上げ肩に乗っかっていた。


 鼻をヒクヒクと動かし、目はクリンと澄んでいる、可愛い。

 うん、これだけなら普通に可愛いし、なんなら愛せる。だが、これが普通の鼠じゃないのはもう分かっている。


『なに、ジロジロ見てるわけ、めっちゃうるさいんだけど』

「口がうるさい君よりは全然マシだと思うけどね!!」


 闇命君の依代なんだよなぁ。くそ生意気な天才陰陽師少年。


 今は、俺が天才陰陽師って立場なんだけど、体を借りている立場だし。力の使い方、陰陽師内での常識すら全く知らないから役立たずな天才陰陽師だ。というか、君はいつから居たの?


『ちゃんと言わないと許さないから。僕がこんなの一回で覚えられないとか周りに思わせたら許さないからね。つーか、それぐらい出来ないでよく生きてこれたよね。人の名前とかちゃんと覚えられてたの?』

「うるさいよ、糞餓鬼。大体、お前と違って俺は今初めて聞いたんだよ。お前は一発で覚えたのかぁああ?」


 闇命君への文句は琴平に聞かれると俺が殺されるため、小声で闇命君にしか聞こえないように鬱憤を晴らす。


 その事に琴平は首を傾げているが、今はどうでもいい。

 とりあえず、この糞餓鬼に一回でも文句を言ってやらんと俺の気が済まないんだよ!!!!


『そもそも。僕はこんなの言ってないし、やってない』

「やっぱり覚えられてねぇじゃん。それで人を馬鹿にするんじゃありません。自分が出来るのなら問題ねぇから」


 いや、問題ない訳では無いけど……って、いったい!! こんの糞餓鬼!! 

 怒られたからって俺の耳を噛んでんじゃねぇよ!!!


「〜〜〜〜覚えていやがれ」

『誰が覚えてないって言ったのさ、普通に覚えてるから。ただ、やる意味が無いからやらないだけ。勘違いしないでくれる?』


 ただの言い訳だろ絶対。

 絶対こいつ覚えてない。


 よし、琴平に聞く。

 琴平なら正直に答えてくれるだろ。

 覚えてないとは言わないかもだけど、反応を見て察してやる!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る