修行という名の殺害だろ

「お待ちください陰陽頭おんようのかみ。傷は癒えましたが、まだまだ安静は必要かとおも──」

「黙れ。我々陰陽頭、陰陽助おんようのすけに意見するでない。従七位じゅうしちいなのだから黙って命に従っておれ」


 琴平ことひの言葉を、隣に立つ厳格そうな男性が真っ先に止めてしまう。

 見た目通りの人間らしい。声が低く、体に圧がかかる。


 それと、今まで聞いた事がない言葉のオンパレード。


 とりあえず、あの男が言っているのは、『上司の俺に口答えするな。部下なのだから命令にだけ従っていろ』と言う事か? 言い過ぎだろう。


「来るがよい」


 おそらく、この陰陽寮で一番上位であろうじーさんが付いて来いと歩き出す。

 その際に辛うじて見えた瞳は、じーさんと思えないほどの気迫で、一瞬狼狽えてしまった。


 さすが上司、こんだけの迫力がなければやっていけないのかこの世界。


 ────くそっ。なんか、胸糞悪い所だな、ここ。

 上下関係は大事だけどさ、そこまで言わなくてもいいじゃん。


 なんか、この人達には、負けたくないな。

 

「行ってくる」と、琴平と夏楓かえでの隣をすれ違いじーさんの後ろに付いて行こうとした──のだが、なぜか琴平に腕を掴まれる。


「こと──」

「優夏、法力は集中力が核となる。慌てず落ち着いて行動しろ。そうすれば、闇命様の体だ、必ず修行は成功する」


 琴平は、言うのと同時に手を離し、頭を下げた。


「健闘を祈っております、闇命様」


 不安そうな声、本当に闇命君が大事なのが伝わってくる。

 他の二人も、心配そうに頭を下げ見送ってくれた。


 あんなに心配されると怖いんだが……。

 俺、これからどうなってしまうの? 想像するだけでも怖い。


 冷や汗が流れるのを感じながら、頭を下げている三人から目を逸らし、じーさんの後ろを付いて行く。


 何もありませんように。

 この祈りが届くことは、恐らくないんだけど。


 ※


 じーさんに付いていくこと数分後、目的地に辿り着いたらしく足を止めた。


「ここだ」

「ここって……」


 目の前には大きな襖。でも、ただの襖じゃない。


 木の部分は腐り変色。何にやられたのか分からない大小様々な爪痕が残されていたり、襖紙が破れていたりと。見た目からして普通の部屋では無い。


 襖は開かないようになのか、御札が至る所に貼られている。

 おどろおどろしい空気が襖から漂い、体がゾクゾクと震える。


「この中にいる悪霊を浄化するがよい」


 い、嫌だ、そんなこと、できるわけがない。

 でも、ここで絶対に引けないし、怖いけど引きたくない。負けたくない。


 ……でも、本物の闇命様なら簡単に倒してしまうんだろうけど。何も知らない俺が入ってしまったら、簡単にこの空気に呑み込まれてしまいそう。


「────ほう、流石のお前でもこの気配は駄目か。いつもの余裕そうな顔が崩れておるぞ。やはり、餓鬼は餓鬼か」


 厳格男が鼻で笑いながら言ってくる。

 いや、ほら、だって────


 闇命様じゃないからね俺!!! ぁぁあああもう!!


 言いたい、ものすごく言いたい。

 俺は君達が言う生意気な少年じゃないんだよって、高らかと宣言したい!!!


 苦笑いを浮かべながら襖を見ていると、じーさんが俺の腕を掴む。逃げないようになのか、力が強い。


「い、痛いよ」

「ここで死ねばそこまでだ。だが、こいつを浄化出来なければこの先はやっていけん」


 じゃあ、お前は退治できんのかよじじぃ、手本を見せやがれ。


「早く行け」


 襖を厳格男が開け、じーさんが無理やり俺を中へと放り込んだ。御札が破られ、床に落ちる。


「〜〜〜必ず見返す!!」


 襖は閉じられ、周りは暗くなる。

 唯一の光源は、壁に備え付けられている今にも消えそうな蝋燭のみ。


 少しでも情報を手に入れようと周りを見るけど、暗すぎて分からない。


 でも、壁すら見えないということは、そこまで狭い部屋でもないってことかもな。


 狭かったら淡い光だけでも壁とかは見えるだろうし。壁が見えないという事は、それだけの部屋の広さってことだよね。


 床をぺたぺたと裸足で歩いていると、前の方に何かが置かれていた。

 近づくと、そこには座布団の上に高価そうな壺が置かれていた。


 なんだろうこれ、側面には五芒星が書かれた紙が貼られてる。


 この紙は剥せ──ないな。爪で少しだけカリカリと剥がそうとしたけど、ぺったりと貼られているから無理そう。というか、普通に剥がしたら駄目か。


 ────ポチャン


「ん、水?」


 音が聞こえたのは、俺の後ろ。

 あ、上から雫が落ちてきたのか、床が濡れてる。


 触ってみると冷たいだけで、匂いとかはしない、普通の水だ。

 でも、なんか感じる気がする。


 この部屋に充満している感じたことの無い、体に刺さる気配。外にいた時から感じてた気配が濃くなってる。


 ────ポチャ


「ひゃぁぁぁあああ!!!!!」


 うなじに水がおちたぁぁぁあああ!!!!


 咄嗟に上を向くと、モゴモゴと動く影。

 目を凝らしてもう一度見ていると、闇の中に何かがいるのがわかった。


 あ、あれって──……


「みっ、水の化け物ぉぉぉぉぉ!」


 天井を覆い隠すほど、大きな水の塊が俺を見下ろしてきていた。


 ぐにゃぐにゃなゼリー状の体には、人間の目のようなものが沢山付いている。

 裂けてるのではないかと思うほど、横に伸びている大きな口。まるで、ビビっている俺を嘲笑っているよう。


 涎のような物が垂れてきて、正直気持ち悪い。


「かい、ぶつ……。いや、まじ、本当に気持ち悪い……」


 体が震えすぎて、言う事を聞いてくれない。

 目も離せず、その場で見上げるしか……。


 いや、駄目だ。逃げないと、動かないと。

 逃げろ、動け、動いてくれ!


「うわ!!」


 後ろに走ろうとしたが、足が絡まり転んじまった。


 いやいやいや。う、動け。俺の体。動けよ!!!


『おえだがぁぁぁああゆるざ、なぃぃぃいい』


 体に重くのしかかる声。頭の中に直接入ってくるような感覚。脳が破裂しそうだ。

 耳を塞いでも、脳まで響くのは変わらない。


 気持ち悪い!!! こんなもんを小さい子に退治させようなんて普通じゃねぇよ!!



 ……──あぁ、そうか。この陰陽寮は、普通じゃないんだ。

 普通ならこんな少年にあんな化け物をぶつける訳が無い。例え、天才であろうと。



 上にいる化け物が手を生成して、掴もうと伸ばしてくる。やばい。


 う、動け動け動け動け!!!


 恐怖で、震える足が言う事を聞いてくれず、立つ事すらままならない。このままだったら、確実に捕まって死ぬ。


 頼む。頼むから、動けぇぇぇぇぇぇえええ!!!


 ────パンッ!!!


「え、水が、弾けた? これって……」


 俺を守るように突然、透明な膜が光と共に張られた。

 四方に飛び床を濡らした水の手は、まだ襲ってこようとモゾモゾと動いている。


 俺の周りに張られているのは、透明な膜。手で触れてみると冷たくて、硬い。押してもびくともせず、通り抜けられるわけでもない。


「これって、結界みたいな感じ?」


 触れていると効力が無くなったのか、張られていた透明の膜は、光と共になくなった。床には、破れてしまった人型の紙がひらりと落ちる。


「これって──」


 破れてしまった人型の紙の裏表を確認してみるけど、何も知識がない俺が見たところで分からない。

 もしかしてこれが結界を張ってくれたのかな。でも、誰が?


「あ。もしかして、琴平が最後に俺に近付いた時とか?」


 なんにせよ、助かった。

 助かったけど、破れてしまったって事は、もう俺を助けてくれるものは無い。


「詰んだんじゃ……。あ、化け物が……」


 床に落ちた水が勢いよく化け物の手に戻っちゃった。

 水だから形とかは自由自在、弾けた程度じゃ意味がないって事かよ。


「ど、どど、どうしろと!!!」


 化け物は、またしても俺を掴もうと手を伸ばしてくる。

 と、とりあえず逃げないと!!!


 幸い、この部屋は一般的な部屋よりは広いみたいだし、逃げ道は確保出来る。

 でも、隠れる所がないから逃げていても意味はない。何か考えないと、ずっとこいつと鬼ごっこをする羽目となる。


「うわっ!!!」


 ────ドテッ!


 いってて、足がもつれた。

 受身が取れず、膝を強くぶつけたからすぐに立ち上がれない。


 いや、立たなきゃ殺される。

 早く立て、早く走れ。


「くっそ、どうすれば、いいんだよ……」


 震える体にムチ打って走るけど、攻撃なんて出来るわけがないし、逃げ続けていても無駄。何か、ないのか。


「あっ、しまっ――」


 視界の端から、水の手。避けきれるわけもなく、簡単に捕まっちまった。


「くっ、離せ!!!」


 めちゃくそ冷たい!! 氷に挟まれているような感じ、体の芯まで冷たくなる。

 このままじゃ、確実にまずい。体が潰れるのが先か、凍死が先か。


 どっちにしろ、なにか手を打たないと死んじまう。


「~~~~離せって!!!」


 今の俺は体が小さい。その分、化け物の手にすっぽり収まっているし、なんなら、顔も包まれそうだ。


「ひっ!?」


 まだ何かしようとしているのか。空いている方の水の手も伸ばしてきた。


「死んだ──」


 何も抵抗できず、何をすればいいのかも分からない。ただただ、握りつぶされるのを待つだけ。


「っ──……」


 咄嗟に目を閉じた――――そんな時、下から、聞き覚えのある声が聞こえた。


『ちょっと。僕の体でそんな体たらく晒さないでくれる? ものすごく不愉快なんだけど』


 この声は、俺が事故にあった時に聞こえた声と、同じ……?


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