封印完了
微かに目を開けて下を見ると、半透明の少年が俺を見上げていた。
呆れているような顔を浮かべてないか?
薄い茶色の髪、猫っ毛、両目はオレンジ色でぱっちりと大きな瞳。活発そうな少年だ。
誰だよ、つーか。さっさと助けてくれよ、こっちは苦しいんだ。
『……なに。お前は自分自身の体について知らないわけ? 僕が誰か分からないの? 馬鹿なの、阿呆なの。ありえないんだけど』
…………なにあの糞餓鬼。一度海に沈めたろか糞餓鬼。
――――っ、マジで体潰れそうなんですけど!!! 凍死しそうなんですけど!!! は、早く助けてよ!! 生意気なことを言っている暇があるならさ!!
『………はぁ。気を集中させて。御札がなくてもそれは僕の体だよ。少しくらい法力は使える』
そんなこと急に言われてもわかるか!!!!
『早く。僕の体を殺す気? マジで勘弁して欲しいんだけど。集中させるの、右手に雷を意識して。そうすれば、水人が手の力を緩ませるはずだから』
簡単に言いやがって!! でも、悔しいがやるしかない。
右手に雷? えぇっと、集中、集中……。右手に雷をイメージ。
っ、息が苦しい、今にでも意識が飛んでしまいそうだ。でも、ここで意識を飛ばせば確実に殺される。嫌だ、もう死にたくない。
「くっ」
『…………』
意識を右手に集中し、頭の中に強く雷をイメージ。すると、体の中を流れている何かが、右手に集中していくような感覚を覚えた。
必死に右手に集中すると、パチパチパチと。何かが弾ける音が聞こえ始める。
────バチッ!!!
次の瞬間、一際大きな弾ける音が薄暗い空間に響いた。
「うわっ!!! だっ?!!」
右手がいきなり黄色く光り出すと、電気が走り水の手が俺を離した。
そのまま空中に留まることなんて到底できる訳もなく、俺は無様な声を出して床に落ちた……。
「ごほっ。げほっ!!!」
またしても受身が取れなかった。
反射で動けるわけないだろ………。
ん? なんだ、半透明な子供の足? あ、あの糞餓鬼か。
『どう? 僕の体、使いやすいでしょ?』
――――イラッ。
手を腰に当てている少年に殺意が湧いた。
いや、少年なのだから子供の戯言と思えばいいんだけど、腹が立つ。ただの子供とは思えねぇ。
『ねぇ、僕に対して怒っても意味ないと思うんだけど? 早くどうにかした方が良くない? あれを』
「どうにかって──」
少年の目線の先を見ると、目前まで迫ってきている水の手────!?
「ぎゃぁぁぁぁあああああああ!!!!!」
『ちょっと、僕の体で変な声あげないでよ』
「冷静に言ってないで助けて!!!!」
っ、あ。体が小さいから、指と指の隙間にすっぽりはまった。
でもこれ、ほんの少しでもずれていたら、また掴まっていたのか……?
『狩衣の裾の中に御札が入ってるから。それを一枚出して』
「え、御札!?」
袖の中って……あ。カサッと何かが手に触れた。
一枚出すと、何も書いていない長方形の紙が出てきた。これが、御札?
『その御札で僕が使役している式神、
「どうやって!?」
『本当にまるっきり記憶に無いわけ? 僕が天才的力を使っている時の記憶!!』
「まるっきりありませんけど!?!?」
『こんの役立たず。なら、一瞬だけ僕の体を返してもらうよ。今は、この場を切り抜けた方がいいからね』
「何を言って――……」
少年は急に俺の胸元に右手を添えた。
なんだ、意識が遠のいて──……
・
・
・
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・
・
よしっ、ほんの少しなら自分の体に戻れるみたい。でも、長くはもたないな、すぐに体からはじき出されてしまいそう。
『まったく……』
まさか、僕が選んだ人物があんなに馬鹿だったなんて。人選間違えた?
――――っ、手を振り上げてきた水人、動きが遅いから避けるのは簡単。
横へ跳び、叩きつけてきた手を避ける。手に持っていたお札に法力を集中させ、いつもの式神を出した。
『
札を前に投げると、雷がまとわり始めた。
強い光に包まれたかと思うと僕の式神、雷の鳥の姿をしている雷火が姿を現した。勢いのまま、水人へと突っ込んでいく。
―――――あ、ちっ。時間だ。でも、式神は出した、
あとはあいつでも出来るはず。
『お願いだから、これ以上幻滅させないでよね。牧野、優夏――………』
・
・
・
・
・
・
『起きろ役立たず』
「うへっ!?」
え、ん? 何が起きたの俺の身に……。
なんだ? 薄暗かった部屋が、少しだけ明るくなってる?
────キュイィィィイイイイイイ!!
っ、え? 上から、鳥の鳴き声?
「な、にあれ…………」
紫色の雷を纏っている、鴉位の大きさはある鳥が翼を羽ばたかせ空中を飛んでいた。
周りには、ぱちぱちと火花が弾かれている。そのおかげで、暗かった部屋の中が淡く照らされていた。
『あれは僕の式神、雷火。雷の鳥だよ。やっぱり、水を相手にするなら雷でしょ』
少年がドヤ顔で言ってくる。
いや、確かにそれも教えてもらえて良かったけど、俺が聞きたかったのはそうじゃなくて……。
『あれ』
少年が俺の後ろを指さす。え、なになに?
「…………水溜まり?」
え、いつの間に化け物、飛び散ってたの?!
待って待って。俺、まるっきり記憶がないんだけど!?
『やっぱり、時間が足りなかったか。あんたが出す事が出来れば一瞬で倒せたのに』
「俺のせいにしないでくださいませんか? 知識もなにも無い俺にそれを言わないで」
『はぁ……、僕の体は大事に扱ってよね。それと、今後は僕の言う通りに行動して』
少年が偉そうに命令してくる。腹立つな。
「なんで俺がお前の言う事を聞かないといけないんだよ、と言いたいが是非お願い致します」
『心からの誠意が感じられないから、やっぱりやめようかな』
「少年様どうか非力な私めにお力をお貸しくださいますようお願い申し上げます」
『そこまで言うなら力を貸してあげなくもないよ』
こんの糞餓鬼が!!! 大人を舐めてっと痛い目見るんだからな!! 覚えていろよ!!
『まず、人差し指と中指を立てて』
「う、うん」
言われた通り、人差し指と中指を立てる。
視界には、水が一つに集まっている。早くしないと、また襲われちまう。
『なに、もしかして集中すら出来ないの? それすら出来ないとか、今までの人生どうやって生きてきたのか気になるよ。底辺をどうやって生き抜いてきたのか聞かせてもらおうかな』
「聞かせねぇよ!!」
あぁ、水の化け物が体を作り終わってしまった。
早くしないとまた殺される。言われているようにやらないと。
『雷火に力を注ぎ込むイメージを頭の中で想像して。絶対に集中力を切らさないで』
目を閉じ、言われて通り雷を想像。手からパチパチと電気が流れ始めた。でも、痛みはない。
『そのまま。想像し続けて──』
息を一定にして、集中。
『……──へぇ、さすがだね。僕の体に入ってるだけはあるか』
「いきなり何を──」
よく分からないが褒められたのだろう。
それが褒め言葉かは分からないけど。
少年の言葉にそっと目を開けると、目の前に広がる光景に言葉が詰まった。
いや、だって、これは驚くって……。
空中を飛んでいた鴉くらいだった雷火は、化け物と同じくらいの大きさにまで成長していた。
目は赤く、近付くだけで火傷してしまいそう。でも、鳥の近くを飛び散っている電気に当たっても痛くない。
赤い瞳は水の化け物を見続け、両の翼はゆっくりと広がっていく。
「あ、あれ、なに?」
『式神である雷火にあんたの――というか、僕の法力を注ぎ込んだんだ。それによって、雷火は雷を生成する事ができ体が大きくなったんだ』
「へぇ…………」
『もっとしっかり聞いて』
「はい」
いや、しっかりは聞いておりますよ。
『はぁ。…………雷火はスピードを活かし撹乱させる事を得意とする式神。ここまで大きくなった雷火が勢いよく突っ込んだら……。さぁて、どうなっちゃうんだろうね』
なに、その怪しい笑み。
い、嫌な予感……。
――――キュウイィィィィィイイイ………
「なっ!?」
雷火が甲高い声を出し、広げた翼を羽ばたかせる。
体が大きい分、声も大きくなり耳が痛い。塞がないと鼓膜が破れる!!
『指示を出して』
「え、指示?」
『そう。僕と同じ言葉を繰り返して。『雷火、雷電。急急如律令』』
「え、えっと。ら、『雷火、雷電!! 急急如律令』!!!」
同じ言葉を叫ぶと、雷火は共鳴するかのように雄叫び、天井を覆い隠す程の両の翼を広げた。紫色に輝く翼から雷が弾き、水の化け物は雷火に気を取られ動けない。
「――――な、にが起きた?」
瞬きをした一瞬、次に目を開けた時、雷火は化け物の後ろに居た。
唖然と雷火を見ていると、水の化け物が悲痛の叫びを上げ、上下に真っ二つになり床にボタボタと崩れ落ちた。
電気が流れているから、痺れて上手く動けていない。
『今のうちにあの壺に封印しようか。多分、今回の修行は退治じゃなくて、封印だろうしね』
「で、でもどうやって──」
『簡単だよ。あの壺に貼られてる五芒星の書かれた紙に、さっき雷火に法力を注いだのと同じ事をすればいいの』
少年が指さしているのは、俺が最初に見つけた壺。
あれに、水の化け物を封印? さっきと同じことをすればいい?
え、え?
『ほら、早くしないと
「いやいや!! そう言うなら君がやってよ! その方が絶対早いじゃん!!」
『だからあんたがやってよ。今の僕はあんたなんだから』
「意味わからん事を言うな!!」
『ほら早く。あと数秒であいつ、復活するよ』
化け物がいつの間にか真っ二つになっていた体をくっつけてる。
まだ、痺れているのが救いだ。
「くそっ!! やるしかないのかよ!!」
壺は今、化け物の後ろ。
動けない化け物の横を通り、壺を持ち上げる。振り返り、さっきと同じように目を瞑り、壺に力を注ぎ込むイメージを固め集中した。
すると、壺に貼られている五芒星が強い光を出し始めた。
ウア……ァァァ……ゥァァァアアアアア!!!
化け物が重く、体にのしかかるような声と共に、壺の中に吸い込まれ始めた。
ちょ、やばっ。力が強い。腕がもげる、体が後ろに吹き飛びそうになってしまうぞこれ!!!
『集中を切らすな!!! 力を注ぎ続けろ!!』
そんなこと、言われても!!
体が軽いから吹っ飛ばされそうになるぞこれ!!
足、腕などに力を込め、なんとか吹き飛ばされないように耐えるけど、限界が近い。
だめだ、だめだ。ここまで来たんだから、最後まで踏ん張り続けろ!!
『…………――――はい、お疲れさん』
化け物の声が聞こえなくなるのと同時に、身体を吹き飛ばそうとしていた圧は無くなった。自然と紙が蓋をするようにひらりと動く。
「はぁ、はぁ……」
体力の限界だ。
力が抜けその場に座り込むと、少年が手を伸ばしてくれた。あぁ、そういう良心はあるのね……。
素直にその手を握り立ち上がっ──すりぬけた??
『あぁ、この姿だと掴めないんだ。まぁ、自力で何とかしてよ』
「……………」
何も言うまい、思うまい。
素直に立ち上がり、服に付いた埃を払っていると、少年が嫌味ったらしい顔を向けてきた。
『雑魚なりに頑張ったじゃん、褒めてあげるよ』
「…………」
────やっぱりこの餓鬼、再教育が必要だ!!!
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