第8話 別れの時

 老人と挨拶をして、俊が歩き始めると、老人はもとの荷下ろしをしていた商店に戻ろうとした。


 そうすると、俊がまた走りながら戻ってきた。かなり息があがっていた。


「はあはあ…。一つ聞き忘れてたことがあって、どうしても聞いてみたかったんです」


 老人は笑いながら、「どうしたんだい。そんなに慌てて帰ってきて」と言うと、俊は少し息を整えていった。


「あなたは、なぜタイムパトローラーを続けることを選んだのですか?」


「難しい質問だな」老人は、少し話すのをためらっているような感じだった。


 俊は、続けて言った。


「あなたは、今の時代の事も、未来に起こることも全てわかってこの時代に住んでいますよね。今だってそうです。コロナウイルスなんて、22世紀の時代には、ほとんどの人が発生地域が分かって、そこには近づかないようにしたら共存できる時代になってます。それがこの時代には、それを知るすべもなく、病院では多くの感染者が出て、死んでいる人もたくさんいます。そんな時、あなたはその対処方法も分かってても、この時代の人にはアドバイスもすることもできない。そして、目の前で死んでいく人たちを見ていることが、どんなに苦しいことか、僕にだってわかるのに…」


 俊は、そこで一呼吸ついて、言った。


「あなたはなぜ、22世紀に戻るという選択をしなかったのですか」


 俊は、一呼吸で言うと、ひざに手をついた。かなり息があがっていた。


 老人は少し考えて静かに答えた。「確かに苦しいこともあるかな。将来何が起こるのかを分かっていて、人にアドバイスができないことは、もどかしいと思うこともあるがな」


「それなら、僕が未来の事を話そうとしたときに、なんで僕の話を止めたんですか。あのまま話続けていたら、僕がこの時代に取り残されるだけで、あなたは22世紀に戻ることができるのに。この苦しみから解放されるのに」


 俊がそう言うと、老人は頭を振っていった。


「確かにそうかもしれない。でも、この仕事は楽しいことや嬉しいことだってあるんだ。例えば、あの江頭という医者がいただろ。あの子は、小さいころ、勉強ができる子じゃなかったんだ。もっと言えば、全然勉強できない子だった。家庭環境も、父親がいなくて、母親を助けるために、一生懸命に家事をしてた。ある時、彼の友達が白血病で亡くなってしまい、自分が頭が良く彼を助けることができたらと思い、医者を志し、勉強をするが、全然成績も上がらずに、自分の将来を諦めてたんだ」


 老人は、一呼吸おいて、また話し始めた。


「そんな時、若かった、まだ医者に成りたての園田先生が家庭教師で来てくれることになったんだ。園田先生は、江頭のお父さんに小さいころ勉強を教えてもらってたからって、そういう理由で江頭を教え始めるんだ。お父さんに受けた恩返しだって言ってな。それから、一週間に一度、園田先生が江頭に勉強を教えていったんだ。それから、何年か医師試験に受験して、やっと合格して医師になって、今は園田先生がいる21世紀病院にいるんだよ」


 老人の目が少し光るのを見て、俊が言った。


「あれ、珍しく感傷的ですね。全て何が起こっているのか知ってるのに、そんなことでも感動するのですか」ちょっと茶化したように俊は話した。


「それは、もちろんだよ。必ずそのことが起こるとわかっていても、嬉しいものは嬉しいものだ。たくさんの人を見てきたけど、時には、なぜこのような間違いをするのかとか、その時は間違った選択をしている人もいて、アドバイスを送りたくなることもある。でも、それは実は遠い未来の中で、大きなターニングポイントになっていて、そこから這い上がっていく姿は、例え結果が分かっていても、嬉しいものなんだよ。いつも心の中で、応援することしかできないがな…」


 老人は寂しそうに言って、空を見上げた。雲が流れていた。どこか、遠いところへ行こうとしていた。そして老人は、また俊のほうを向いて言った。


「それに、22世紀で偉人として歴史に残る人でも、この時代ではまだ子供だ。そんな子供時代を見ていると、本当にこのたちがあの偉大な歴史を作った子供たちなのかっと思うことだってある。本当に、あの人の青年時代なのかと思うぐらい、みじめな時期もあったり、悲しいこともあったりするんだ。でも、そういった子供が大人になって、苦労をしながら、時には絶望して、そこから成功していく姿を見るのは、結果がわかっていたとしても、見えているだけでも本当に幸せ気分になれるんだよ」


 老人は、目を輝かせながら言った。


「そうですか。分かりました。あなたのお話をきけて、本当に良かったです。このタイムトラベルで一番の勉強になりました。帰ったら授業で、あなたの事をレポートで出しますね」


「ははは、それは無理な話だな」


「なぜなんですか。こんなにいい話なのに。皆知りたいと思いますよ」


 俊は残念そうに、老人に話しかけた。


「タイムトラベル基本法5086条に書いていると思うが、『万が一、当事者がタイムトラベル先でタイムパトローラーと遭遇し話をした場合、当事者及びタイムパトローラーの意思に関わらず当事者及びタイムパトローラーの遭遇事実及び発言履歴の抹消権を国家は有する』とあるから、この話した内容も君とあった事実も、直ぐに国家が見つけて抹消するだろう。だから、君は私と話したことも出会ったことも忘れるというか、存在していないことになる」


「そんな…いい思い出だと思うのに…」


「いや、この法律の方がいいんだよ。仮に君が私の存在を知った場合、未来で話をしてしまい、私の存在を知った誰かが、21世紀のタイムパトローラーの私に危害を与える可能性もあるし、その逆もあるんだ。だから、こっちの方がお互いの為に、安全なんだ」


「確かに、そうですね。残念ですね…」


 二人はしばらく、別れができないまま、顔を見合わせた。




「俊君」遠くで、俊のことを呼ぶ声がした。そちらのほうに目をやると、張華が手を振りながら叫んでいた。


「ほら、一緒に来た人も待っていることだから、早くいきなさい」


「はい。寂しいですけど、お元気で。またどこかで会えることを楽しみにしています」


「わかりました。私もです。おじいさんに宜しく。と言っても、しばらくしたら、そのことさえも忘れていると思いますが…」


「そうですね。でも、きっとどこかでお会いできると思います。この世界のどこかで、あなたと出会えたことを、園田先生や江頭先生に出会えたことも。記録が消えてしまっても、きっとどこかに残ってますから」


「ははは。そうだといいがね。私もそう信じることにするよ」


 遠くで、また張華の声がした。「もう、早く。間に合わないよ」


「わかったよ。今行くから」俊はそう大きな声で言うと、最後に老人と握手をして、張華の方に走っていった。




「もう、どこに行ってたのよ。あんなところで、おじいさんと話してて。この時代の人たちとあんまり話したらだめだって言われてたでしょ」


 張華は、また俊を叱り始めた。


「あー、何してる人だっけな。そういえば、商店で働いていたような。息子さんと食料品を荷下ろししてた人だよ」


「なんの話をしてたのよ。普通の人じゃない。聞いた感じ。なんか親密そうに話をしてたから、誰か大切な人だと思ったんだけど」


「うーん。なんでだろう。なんで一緒にいたのかも、覚えてないなあ」


「また、とぼけたこと言っちゃって。あーホント疲れてきた。まあいいや。もう時間だから、もうタイムマシーン乗るわよ。とりあえず無事に22世紀に帰れそうで、なによりだよ」


「そうだね。僕も」


「はいはい。じゃあ、出発するから、しっかりベルトを締めておいてね」


 張華は、操縦機を握りしめると下の方に押した。そうすると、そのタイムマシーンは浮かび始めた。そして、タイムトラベルのボタンを押そうとした時、俊が「ちょっと待って」と言った。さっきの商店のおじいさんが、こちらを見ている気がした。俊は、その方向を見つめていると、張華が言った。


「なんなのよ。もう出発するからね」


「あ、ところでさ、張華はどこ行ってたのさ」


「あーもうこんな時にめんどくさいな。また22世紀に帰ったら話してあげるから。少しは静かにしてて」


「わかったよ」と言うと、俊は苦笑いをして、目をつぶり始めた。


 衝撃で目を開けていると酔ってしまうので、俊はこのタイムトラベルの瞬間が苦手だった。


「じゃあ、行くわよ」


「うん。それじゃ、お願いします」


 タイムマシーンが、すさまじい勢いで旋回を始めて、空間がゆがみ始めた。そして、タイムマシーンがその空間に飲み込まれるように、入っていった。

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22世紀から来た二人の冒険記-2020年編 コロナウイルス- ガンベン @gangbenzhuoye

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