第7話 タイムパトローラーの仕事とタイムトラベル基本法

  俊と老人は、公園を出ると、少し間をあけた。


 どちらが先に話をしたらよいのか、お互いが遠慮しているようだった。


「君は、片平智樹先生のお孫さんだってね」


 老人が、ふいに俊に話しかけた。


「ええ、そうです。おじいさんをご存じなんですか」


「もちろん、知ってるさ。片平先生は、ウイルス学の大家として、22世紀では有名な方だからね」


「そうですか…」


 俊はそう言うと、躊躇したように、老人に話しかけた。


「あなたは、もしかしてタイムパトローラーの人ですか?」


「ああ、そうだよ」


「やっぱり。あの公園に入るときも、たまに園田さんたちと話をしているときも、なんか視線を感じたから、もしかしてっと思ってたんです」


「察しがいいな。さすがは片平先生のお孫さんだ」


「授業では、タイムトラベルをした時代で、タイムパトローラーという監視人がいて、法律を破ろうとする人がいると注意をする人がいると勉強したことがあったので、もしかしたらっと思ってたんです」


「その通りだ。君みたいな、少しやんちゃな子供がいると、私も働き甲斐があるもんだよ。でも、さっきのは、もう少しで危ないところだったな」


 俊は、うろたえた。


「え、あの会話の中で、何かありましたか、そう言えば、これ以上話すと本当に元の時代に戻れなくなると言ってましたけど」


「その部分は、不勉強のようだな。仕方ないな、私の歴史データをみせてあげよう。私のIDには22世紀までの情報が入っているから」


 老人は自分のIDカードを俊に触らせた。


 そうすると、俊に頭の中に、老人がいた時までの情報が取り込まれていった。その中にあったタイムトラベル基本法もインプットされていった。タイムトラベル基本法というのは、タイムトラベルをする為の法律が記載されており、全部で8158条まである長い法律だった。


「そうだった。タイムトラベル基本法75条に『タイムパトローラーは当事者が未来の事を話す恐れがある場合若しくはその当事者に影響を与える場合、その行為を強制的に若しくは間接的に制限できる』と書かれていたんだ」


 そして、続けて頭にインプットされた情報を見ながら言った。


「同法119条罰則で『もし、同法75条の制限を破る場合、終身不帰刑に処する』って書いてるけど『終身不帰刑』って何ですか?」


 俊は、不思議そうに老人に聞いてみた。


「これは、タイムトラベル基本法の罰則中で、一番重い刑で、元の時代、つまり君の場合は二度と22世紀に戻れなくなるという刑のことだよ」


「そんな刑があるのですね…」


「だから、君に忠告したんだよ。幸い、君が理性的で助かったよ。実は、もしその119条の罰則にあった場合、そのタイムパトローラーも、22世紀に戻されることになっているんだ。ほら、もう少し先に230条があるだろう」


 俊は、頭の中の情報を読み進めていくと、その部分が見つかったようだった。


「あ、本当だ。そっか。じゃあ、おじいさんも命拾いしたね」


「まあ、そうだな。君に感謝しないといけないな」


 老人は、そう言うと笑顔になった。俊は、その老人の笑顔を見て、ほっとした。


「とはいえ、片平先生には悪いことをしたな…。あの人なら、第865条の特別通知という法令で、園田先生に感謝を伝えることができる可能性もあるが、まあその感謝の中身が違法の可能性もあるがな…。」


「何ですか、その特別通知って」


「自分の頭にあるんだから、自分で一度情報を探してみるんだよ。検索の力が少し劣っているようだな」


「はい。一度調べてみます。うーん」


 そう言いながら、俊は頭の中の情報を探した。


「あ、見つかった。これだね。『社会に貢献した当事者は人生に一度、本人以外の2親等までの血族に依頼して過去の人に感謝を述べることができる権利を有する』っとあるよ」


「ああ、そうだよ。片平先生は、医学界で素晴らしい成果を上げた方だから、十分に社会に貢献した当事者にあてはまる。そして、君はその片平先生のお孫さんだから、2親等までの血族にあたる。だから、本来は君が園田先生に、片平先生の代わりに感謝を言うのはある意味合法的なことだと思う」


「それじゃあ、なぜあの時、僕のいう話をとめたんですか…?あの言葉を言うことが、おじいさんの一生に一度の望みだったのに」


 老人は少し黙って歩き出した。そして、また振り返り、俊に言った。


「君の頭には、もうタイムトラベル基本法が入っていて、それを見ているから答えは分かっているかもしれないが、あえて言うと、同法1097条『同法865条に値する感謝の行為を伝える行為といえども、その行為が同法75条に抵触する場合、同法119条に処する』とあるだろう」


「ええ」俊は、小さく答えた。


「あえて聞くが、片平先生が感謝を述べるっというが、その内容はなんだったのかな」


 俊は、黙った。


「話したくないか…。じゃあ私が代弁してあげようか。つまりこういうことだろう。園田先生に教えてもらったから、その学説をついで私が成功することができました。本当にありがとうございました。って言うことだろう」


 老人は、俊の代わりに話し出した。そして、俊の反応を見ながら、話を続けた。


「図星のようだな。この意味は、この時代から言うと、つまり将来起こりえるべきことを、言っているに等しいことなんだ。それに、君も知っていると思うが、園田先生が言っていた学説は、園田先生が生きている頃には全く相手にもされずに、園田先生は失意のままに亡くなった。だから、君が片平先生の感謝をこの時代の園田先生に伝えることは、園田先生の死んだあとを伝えることにあたる重大な違法行為にあたるんだ」


「わかってますよ。分かってますよ。そんなこと。おじいさんだって。そんなことわかってると思います。だから、もうこれ以上、言わないでください」


 俊は、急に取り乱したように声を荒げた。


「いや、君は分かってないな。これがどれだけ未来に影響を与えるのかをな」老人は俊の言葉をさえぎろうとしたが、俊はそれを打ち消すように、半ばお願いするように言った。


「別にいいじゃないですか。園田先生はおじいさんの恩師と言われる人で、生きているときに報われなかった人だけど、数多くの優秀な医学者を育てました。いやそれ以外の分野でもたくさんの人たちに影響を与えたと言われています。その人に、せめて、あなたの人生が無駄ではなかったと言うことが悪いっていうんですか」


 そこまで言うと、俊は涙を流しながら、その老人をみつめるように語りかけた。


「たった一言だけの感謝が言えない法律って意味があるのでしょうか。人の思いも伝えることができない法律に存在価値なんてあるのでしょうか…」


 老人は、黙っていた。俊も老人の声を待つように涙を流しながら、立ちつくした。


 しばらく時がたった。俊はそう思った。実際には、その時間は分からないが、老人が話し始めた。


「そうまで言うのなら、言ってもいい。でも、もしかしたら、君のおじいさんである片平先生は将来、本来の未来である22世紀で、本来見つけることができた成果を見つけることができないかもしれない可能性はある」


「え、なぜですか。またそんなこと言って、僕みたいな子供をだまそうだなんて、ずるいですよ」


「だまそうだなんて、そんな気持ちはない。これは事実だ。もしこの時代に、園田先生が将来自分が死んだ後に、片平先生やその後継者が新しい発見をして、世に認めらえると知っていて、それを将来のある時に片平先生たちに伝えたとしたら、その片平先生やその後継者はどうなると思う?」


「それは、嬉しく思いますよ。未来を確定されているから。その確かな目標に向けて頑張ろうと思いますよ」


「そうか…。それじゃあ、あえて聞くが、もしその途中で予想もつかない状況に出くわし、迷った時、その目標が消えかかった時、同じようにその園田先生の思いを貫けるかな。それに更に言うと園田先生が、自分の生きている世の中で実現できなかったことを知ったとしたら、後輩たちに嫉妬する感情が出てきて、甘んじてその成果を譲ることができるかな」


「そんなことわかんないですよ。僕もわかんないですよ」


 俊は、老人の問いを打ち消すように言った。そして、こう話し続けた。


「でも…園田先生は胸の勾玉を触りながら、おじいちゃんたちによくこんなことを言ってたって聞きました。『君たちの未来は、私の未来だ。君たちが成功することが、私の成功なんだ。成功は何かの成果じゃない。それは、一瞬の煌めきや結果に過ぎない。大事なのは、出来上がった結果でなく、それまでの過程なんだ。その過程が大事なんだ。それに惑わされてはいけないし、焦ってはいけないよ。君たちが、幸せに生きて世の中に貢献している姿が、私にとっての喜びだ』って…」


 俊は、涙を手で拭って話を続けた。


「それに、園田先生は、死ぬ間際におじいちゃんたちに言ったみたいです」


「わかった。その話は知ってるから、それ以上は言わなくてもいい。私の歴史データに、その言葉は入っている」


「いえ、おじいちゃんは、言ってました。」そういう俊の声は震えていた。知らぬ間に老人の目にも涙が溢れていた。それを見て、俊は戸惑ったが、話を続けた。


『私の研究が成果を見ないまま、死ぬのは残念だが。これも仕方ない。郭先生が言っていたことが今では良くわかるよ。先生も死ぬ間際に言ってたなあ。『たくさんの人たちを治してきたけど、私が病気にかかるって、まだまだね。でも、これも自然なの。人を殺す病気でさえも、生きてるんだから。彼らが今回は勝ったんだわ』って。何か自分が死ぬのが他人事みたいだったけど。私も今はそんな気持ちだ。君たちも、病気を治すということも大事だが、病気を敵だと思ってはいけないよ。病気の源は、人を救うきっかけにもなる。だから、病気を遠ざけてもいけない。嫌ってもいけないよ』園田先生は懐かしそうに笑いながら言ってたそうです。おじいさん、その勾玉をさわりながら、懐かしそうに園田先生の話を今もしていますから」


 俊は少し落ち着きを取り戻した様子だった。そうすると、老人もうんうんと頷いて言った。


「君の話はわかったよ。園田先生に感謝の思いを告げれないのは、残念なことかもしれない。そして、園田先生は自分の成功を知らずに死ぬことになるが、結果的には22世紀で自分の後継者が、結果的に成功を収めたんだから。それは、園田先生が一番喜ばれたことじゃないのかね」


「そうかもしれません」


 冷たい風がそっと吹いた。そして老人が優しい顔になって俊に言った。


「さっき、少し冷たい話をしてしまったが、実はこのタイムマシーンが発明されてから、たくさんの人たちがタイムトラベルをすることになり、様々なトラブルが発生するようになった。その中で一番多かったのが、その人の人生に影響を与える出来事を、未来から来た人が、その時代の人に伝えることだったんだ。それをしてしまうと、その人の本来の人生を奪うことになる。そして実際にそういう事件が頻発したんだ…」


「確かに、そうですね。未来を知ってしまうと、人はその未来の結果しか見なくなるから」


「そういうことだ。でも、その未来の結果は、実はその人の努力や失敗の積み重ねだ。だから、良いことも悪いことも、どちらも受け止めなくてはいけない。でも、未来の結果だけ知っていると、どうしても、その未来の結果だけにとらわれて、その間の過程をないがしろにしてしまう。例えば、偉大な発見は、数多くの失敗の上に成り立ってる。しかし、未来の結果を知ることにより、もしかしたら一回の失敗もなしに、成功をおさめてしまう」


 老人は、少し黙った。そして、俊の顔を見ると話を続けた。


「そんな成功を得たとしても、果たしてその人は幸せになったと言えるのかな…。成功への過程もなく、結果だけ取ってしまうようなことになって、本当にその成功を心から喜ぶことができるかな」


「ええ…確かにそうですね。おじいさんも、そんなことはしたくはないと思います…。きっと、亡くなった園田先生だって、同じだと思います。わかりました。それじゃあ、やっぱり、おじいさんには、園田先生が2020年の時代も元気に頑張ってましたって伝えます。そして、変わらず郭先生の事を思いながら、仕事をしてたって」


 俊は、自分を納得をしたようだったが、どこか何か言いたげな顔をしていた。しかし、これ以上話しても、もう既に園田も病院に帰っている以上、目の前の老人と話をしても、仕方がないと思った。


「そうか。そうか」老人は、笑顔になっていった。


「わかりました。ありがとうございます」


 そう言うと、俊は時計を見た。既にこの時代に到着してから1時間50分が過ぎていた。そう思って、急いで老人の方を見て、別れの挨拶をした。

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