第6話 園田保という男

  江頭は空を見ながら、手でつかむような仕草をした。そのしぐさを数回して、手の中を見た。そして俊の方を振り返ると言った。


「ウイルスって、残酷だよな。人間の目には見えないけど、存在してる。いっそのこと、目に見えるようになってくれれば、そこにはいかなくて感染しなくてもいいのに」


 俊は、私たちの世界ではそれができてますよ…っと言おうとしたが、「そうですね…」と答えた。


 江頭は、大きく息を吸い込んだ。そして、また俊に話しかけた。


「あ、君ありがとうね。少し愚痴を言ったら、気持ちがすっきりしてきたよ。」


 そう言うと、江頭の顔が少し和らいだ気がした。


「それじゃあ、僕はもう病院の方に戻るよ。皆、待ってると思うから」


「そうですか…。気を付けて下さいね」


 そう言って、江頭がベンチを離れようとした時、公園の入り口ぐらいから「江頭!」と強く叫ぶ声がした。そちらの方を見てみると、同じように白衣を着た中年の人が立っていた。


 江頭は、少し落ち着きをなくしたように、「保さん」と答えた。


 その「保」と呼ばれる白衣の人は、こちらに走り寄ってきた。そして、江頭を長い間探しまわっていたのか、息を切らしながら、江頭の白衣をつかむようにして言った。


「どこ行ってたんだよ。みんな、お前の事を心配してたんだぞ。」


 その声は、泣き声に近い声だった。


「すいません。保さん。でも、今はコロナウイルスが流行ってるから、医者同士でもこんな密着するのはだめですよ」っと笑いながら話した。


「あ、そうだったな。悪いな。勢いあまって、うっかりしたな」


「いえ、こちらの方こそ、皆さんにはご迷惑をおかけしました。もう大丈夫ですから。帰りましょうか」


「そうだな。とりあえず、お前が無事でよかった。お前を探してた時、嫌なことを考えたりしてたからな」


「嫌だなあ、僕はそこまではやわじゃないですよ」っと江頭は強がって見せた。


「はは、そうだったな。ところで、この子はどうしたの」っと俊のことを、江頭に聞いた。


「実は、ここのベンチで知り合った子なんですけど、最初マスクを付けてなかったから不思議に思って、マスクをあげたんです。そして一緒にいたら、少し愚痴を言いたくなって、聞いてもらってたんです」


 俊は、少し頭をかいた。そして、保に挨拶をした。


「本村俊と言います。マスクを頂きありがとうございます」


「そうなんですか、いやこちらこそ、江頭の愚痴を聞いてくれてありがとう」


「愚痴だなんて、そんな。お医者さんが大変な中で、頑張ってる話を聞かせてもらって、勉強になりました」


 保はそれを聞いて、「なんていい子なんだ。将来は立派な人に育つだろうな」と俊に話しかけた。


 そして、時計を見ると、急ぐように話した。


「もうそろそろ、交代の時間だから、早く帰らないと。俊君。悪いけど、私たちは病院に帰るから、もし何かあったら、あそこに見える21世紀病院に来てほしい」


 保は、少し近くに見える、21世紀病院と看板が掲げられている方向を指さしながら話した。


「そこで、内科のお医者さんをしてるから。園田保という名で受付の人に話をしたら、君の事を通してくれるように言っておくよ」


「え、園田?」


「ああ、園田保だ」


 園田は、問い返した俊に再度答えた。


 俊は、園田の名札を見て、歴史データをまたインプットして情報をさぐった。


 「園田さんって、台湾の郭美さんという医者の元で働いていたことがある方ですよね。」


 園田は、首を傾げた


「ああ、郭先生は、去年亡くなった方だったが、とても素晴らしい先生だったよ」


 俊は嬉しそうに言った。


 「やっぱり、それじゃあ、やっぱりあの園田先生だ。」


 園田と江頭は、わけも分からずに、苦笑いをした。俊は、興奮した感じで、園田を見つめた。他に言葉が見つかなかったが、園田の胸もとに、勾玉がつけられていることに気付いた。そして、「その勾玉って」と園田に聞いた。


俊は、ははっと苦笑いをして言った。


「好奇心旺盛な子だね。これは、その郭先生からもらった形見みたいなもんだから。いつも持ってるんだよ。先生がいつも見守ってくれてる気がするから」


「そうですか。嬉しいな。おじいさんが言ってた通りだ。園田先生」


「君のおじいさん…。君は、本村俊って言ったっけ。おじいさんの名前は何て言うのかな」


 俊は、興奮した面持ちで、言った。


「おじいさんの名前は、片平智樹と言います。同じくお医者さんをしています」


「うーん、片平智樹さんか、お医者さんでおじいさんって言ったら、私の先輩になるけど、そういう方は知らないな。」


「ええ、だって、それはあなたの…」っと俊がそう言いかけたところで、急に俊の手を強く握られているのを感じた。振り返ると、いつの間にか、公園の前で車から荷下ろしをしていた老人が俊の手を握っていた。老人の力とは思えないぐらい、強い力だった。そして、小声でささやくように言った。


「これ以上、未来の事を話をしたら、君は元の世界に帰れなくなるぞ」


 俊は、びっくりしたような顔で老人の顔を見た。そして、恐る恐る頷いた。


 その老人は、それを確認すると、園田に話しかけた。


「いや、失礼しました。孫が失礼しました。私は片平と申します。」


「あ、あなたが、この子のおじいさんだったんですね。あなたも、お医者さんだって聞きましたが、どこかでお会いしましたか?」


「ええ、あなたが、若いころ、病院で見かけたことがあって。その頃、とても優秀な方だとおもってたんですよ」


「それは、光栄ですね。」


「お若いのに。素晴らしい方だと、孫にもよく話していたんですよ。それで、この子も園田先生に


 会えてうれしかったんだと思います。なあ、俊」


 老人は、俊に話しかけると、話を合わせるように、小さく「うん…」と答えた。


「そうでしたか」


「それじゃあ、俊。園田先生は、忙しいみたいだから、今日はこの辺で。」


「そうですね。それでは、私たちは失礼します」


 そう言うと、老人と俊は、園田たちに礼をして、その場を去っていった。




 園田は江頭と、病院に向かう途中、小走りに歩きながらふと思った。


 "不思議なこともあるもんだな。それにしても、郭先生の事を知っていたのはともかく、先生の勾玉のことなんて、知っている人なんてほとんどいないのに。でも、あの子と老人は知ってるような感じだったな"っという考えを頭の中で巡らしていた。歩きながら、何度も自分の発言を振り返りながら、もしかしたら、お酒の席でうっかり話をしていたのかもしれないっと自分を納得させると、江頭に話しかけた。


「江頭。これからも、頑張ろうな。今はしんどいかもしれないけど、必ずこの状況も長くは続かない。きっと良くなるから。それまで、頼むな」


「ええ、こちらこそですよ。じゃあ、僕もこれからも宜しくお願いします。保さん」


 そう言いあうと、園田と江頭は、顔を見合わせて笑いあった。


 青空の雲がつながったように見えた。そして、太陽が優しく、輝いていた。

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