第7話

「――おっと、そこで引き返すなんて、それはないぜ、お嬢ちゃん」


「そうそう、そのまま、ちゃんと森の中に入ってきてくれねえと」


 その時、すぐ目の前まで拡がっていた森の中から、二人の男の声がした。


「誰!?」


 メロディがハッと顔を上げて、森を見る。

 樹木の間から、薄汚れた短衣をまとった二人組の男が出てきた。

 二人とも髪はぼさぼさで、肌は垢じみていて、顔を無精髭に塗れさせていた。

 男の一人には、鼻の真ん中に横一文字の刃物傷があった。

 悪相だった。


「だ、誰ですか?」


 メロディはティアを背後に庇って、男たちに訊ねた。ティアがメロディの服をギュッと掴む。


「仕事に出て来てみれば、朝っぱらから誰かが騒いでると思ったら、こんな上玉だったとはな」


「ひゃはは、勤勉に働く者には神様のお恵みがあるのさ」


 刃物傷の男の言葉に、もう一人が軽躁に答える。


 ――仕事?


 こんな森で、この人たちは何を?

 メロディは緊張に満ちた表情で、訝しんだ。

 樵には見えない。せいぜいが追いはぎだ。


「ち、近寄らないで下さい」


「そうはいかねえんだよ。近寄らないと仕事にならないからな」


 二人組がにじり寄る。

 にやけてはいるが、目だけが笑っておらず、爛々と生臭く輝いている。

 酷薄な表情だった。

 二人の男の尋常じゃない雰囲気に、ティアともども後ずさりするメロディ。


「し、仕事って?」


「俺たちは猟師さ」


 男の一人が言った。


「ただし、獲物は兎や狐じゃなく、あんたらみたいな若い娘や子供だがな」


「今日はついてるぜ! 森を出た途端、こんな上玉がいきなり二人も目の前に現れたんだからな!」


 こ、この人たち!

 メロディは目の前の二人組の正体を悟った。


「――人さらいの噂は、あなた達だったのね!?」


 この二人だったのだ!

 最近、ポートホープの外でよく聞く人さらいの噂は、この男たちだったのだ!


「少しぐらいの時間の節約のために、危険な森にわざわざ入り込んでくるような頭の悪い奴らは、拐かされたって文句は言えねえだろ?」


 ――運が悪かったと諦めるんだな。刃物傷の男が言った。

 二人の男が更ににじり寄る。


「ティア! 逃げて!」


 その瞬間、メロディはティアの手を引いて駆け出した!

 恐怖に固まっていた身体が、ようやく反応した!

 振り返り、ティアと共に走り出す!


 しかし、全てが遅かった!


 刃物傷の男の手が伸び、背後からメロディの豊かな髪を掴む!

 メロディは草むらの中に引き倒された!


「メ、メロディ!」


「ティア、逃げて!」


「そっちのガキも抑えろ!」


 刃物傷の男が、もう一人に命じる。


「いやああ! 助けて、メロディ、助けて!」


「おら、騒ぐんじゃねえよ!」


 軽躁な相棒がティアを抱え上げながら怒鳴った。


「いや! やめて、ティアだけは許して!」


「ガキのことより、自分のことを心配したらどうだ? え?」


 仰向けに押し倒したメロディに覆い被さりながら、刃物傷の男が、メロディの顔に自分の顔を近づける。

 安物の蒸留酒の饐えた臭いと、生臭い獣のような口臭に、メロディの顔が歪む。

 嘔吐感が込み上げ、メロディは目を瞑って必死に顔を背け、暴れた。


「暴れるんじゃねえよ! 殴られてえのか!」


 刃物傷の男が一喝する。

 暴力に満ちた男の言葉を浴びて、メロディは動けなく――抵抗できなくなった。

 恐怖が、メロディの身体を麻痺させる。


「へへ、たまんねえな、こんな上玉、ただ売り飛ばすだけなんて、もったいなさ過ぎるぜ」


「頂いちまうのか? 生娘じゃなくなると売値が下がるぜ?」


「これだけの上玉なら、多少下がったってこっちの言い値で売れるさ」


 ――それにもう生娘じゃないってこともあるしな。


「あんたみたいな別嬪、言い寄ってくる男も多いだろう?」


 鼻先が触れるような距離で、刃物傷の男が言う。男の目は欲望に濁っていた。

 たまらずにメロディが顔を背ける。

 恐怖と怒り、屈辱と悲しみ。

 メロディの目尻から、涙が零れた。

 わたしがティアに教えてあげたかったのは、知ってもらいたかったのは、こんな……こんなことじゃない。

 こんな醜く、汚らしいことじゃない。

 そう思ったとき、メロディの中で、何よりも男たちに対する怒りが強くなった。

 メロディが再び、自分に覆い被さっている男の顔を見る。


「……やるなら、早くして下さい」


「なに?」


「……ただし、わたしを犯している間に少しでも気を抜いたら、そのときはあなたの喉を噛み千切りますから」


 わたしを犯すと言うなら、好きなだけ犯しなさい。

 わたしを穢すというなら、好きなだけ穢しなさい。

 でも、ただではあげない。

 代償は、必ず払ってもらう。


「このアマ、上等じゃねえか……」


 屈服させ、完全に自分の支配下に置いていたと思っていたメロディに抵抗の意思を示され、刃物傷の男の顔から歪んだ笑みが消えた。

 男のプライドは傷つけられ、あとには凶暴さだけが残った。


「ティア、目を閉じてなさい!」


 そう言うと、メロディは唇を噛んだ。

 目を閉じて、そしてわたしが悲鳴を漏らさなければ、メロディは何も見ることはない。何も聞くことはない。


「いやああ、メロディ! やめて、メロディを虐めないで! お願い! お願い!」


「ひゃはは! お前もよく見えておけよ! お前みたいな綺麗な顔したガキは、買われた先で同じことをされるんだからよ! 今から知っておけば、少しは辛くなくなるぜ!」


「いやああぁ! 助けて、パパ! 助けてぇ!」


 軽躁な男に羽交い締めにされたティアが手足をばたつかせながら、空に向かって泣き叫ぶ。


「――パパ、助けてぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」


 メロディは……耳鳴りを覚えた。


 今まさに汚らわしい男に犯されようとするその時、女の身体はこういう生理を催すのかと、メロディは頭の片隅で妙に冷めた思いで考えた。

 その耳鳴りが、徐々に……いや急速に大きくなってくる。

 硬質な、甲高い金属音。

 うるさい。頭が割れそうだ。


 不思議なことに、自分に覆い被さっている刃物傷の男も、ティアを抑え込んでいる軽躁な相棒も、メロディと同じように耳鳴りを覚えている

ようだった。

 顔を顰めて辺りを見渡し、耳鳴りの――その騒音の原因を探している。


 音は、空から響いていた。

 男たちがたまらず耳を塞ぐ。


 その直後――雲一つない晴天の空から、轟雷が大地に落ちた。

 爆風が吹き荒び、草むらがめくれ上がり、土の塊が周囲に飛び散る。

 土煙がもうもうと立ち込めた。


「な、なんだ!?」


 男たちが顔の前に前腕をかざしながら、怯えた表情で土煙の中心を見据えた。

 メロディも目の前で突然起こった異常な光景に呑まれて、逃げ出すことを忘れた。

 やがて、土煙の薄まりとともに、それは姿を現した。


 土煙の中から徐々に姿を現す巨大なシルエット。

 それは片膝立ちの姿勢でうずくまる、銀色に輝く――鉄甲の巨人だった。

 メロディの目にその形は、大昔の騎士たちがまとっていた甲冑のようにも見えた。

 しかし、大きさは段違い。桁違いだ。

 その大きさを言い表すには、まさに巨人としか形容がなかった。


 その鉄巨人が、これまで聞いたことのない軽快な駆動音と共に、ゆっくりと立ち上がった。

 全高8メートル余り。重さは……重さは優に数トンはあるだろう。


 こ、これは――これはもしかして――この巨人はもしかして――。


「ソ、ソウルアーマー!?」


 メロディが眼前の鉄巨人の姿を、自分の中の知識と照らし合わせてその正体に辿り着いたとき、彼女に覆い被さっている男が怒鳴った。


 そして、ティアが喜びと安堵に満ちた声で叫ぶ。


「パパッ!!」


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