クイック レスポンス フェイス ― 笑顔を見せて

石狩晴海

QRフェイス

◇P01


 主人公の鈴井すずい雪那ゆきなが、雑誌の応募記事でQRコードを読み込む。


「これって色々な使い方があるけど、もっと簡単にできないかな」



◇P02


 トビラ。

 登場人物の顔にQRコードが貼られている。



◇P03


「おはよう?」


 朝起きたら家族の表情がQRコードになっていた。

 目から口元までが見えない。


「おはよう、お姉ちゃん」

「ほら、早くしないと学校遅刻するわよ」


 家族たちの対応は変わらない。

 試しに妹の顔を触ってみる。



◇P04


「目鼻口の感触はあるんだ。声も聞こえるし」


「ちょっと、なにするのよ!」


 姉の手を払う妹。


「ごめん。これが夢なのか確かめたかったから」


「それなら自分の顔でやりなよ」


 怒る妹。



◇P05


 手早く朝食を取り出発する。


「いってきます」



 学校へは電車通学。


 街の人たちも顔にQRコードが貼られていた。



◇P06


 通学の途中で試しに通行人のQRコードをスマートフォンで読み込んで見る。


『今日は休みたいな』


「ちゃんと機能するんだ。表情の代わりがQRコードなのね」



 学校に着き授業を受ける。


 やはり生徒も先生も顔にQRコードが貼られている。

 表情はわからない。



◇P07


 雪那はとりあえず友達に相談。


「ねえ、人の顔がQRコードに変わったらどうする」


「わけのわからない質問ね」


「目から口までがぺたっとQRコードになってるの」


 両手の指で顔の前に四角を作ってみせる。


「なにそれ、意味がわからない」


「だよねえ」



◇P08


「それよりも聞いた? ついに浜島が松林にコクるんだて」


 気になって松林のQRコードを読み込む。


『今度の休み山中とのデート、どこにいこうか?』


「告白するのはやめておいたほうがいいんじゃないかな?」


「どうしてよ?」


「もう付き合っている人がいるみたいだし」


「そんな話聞いたことないんだけど、どこ情報なの?」


「えっと、顔のQRコード?」


「なにそれ?」


「だよねえ」



◇P09


 授業も終わり、帰りながら考える。


「顔が見えないってわりと不便。

 友達は大丈夫だけど、知らない人の見分けがつかないや」



 夜、友達との通話。


「浜島が振られたみたいだよ。鈴井の言うとおり隠れて付き合っていた彼女がいたって」


「そうなんだ」


 読み込んだ情報が本当だったことに驚く。



◇P10


 スマホを見る。


「これって表情だけじゃなくて、心まで読めるんだバーコードなんだ」


 鏡を見ると自分の顔もQRコードだった。

 鏡越しでは左右反転して文字化けする。


「自分の心はわからないのか。だよねえ」


「なにより一番の問題は、鏡が使えないことよね」


 手探りでフェイスケアするしかない。



◇P11


 朝起きても、やっぱり顔はQRコードのまま。

 気力をそがれながらも登校する。


「授業中はそんなに気にならないんだけどね」


「テストの時に使えたら便利なんだけど、スマホを試験中にかざすのはさすがにダメだわ」



◇P12


 休み時間に廊下でQRコード観察。


『古典の宿題やってたっけ?』

『掲示委員会とかマジだるいわ』

『おなか空いたな』


「スマホを使わないと相手の表情や雰囲気がわからないのがきっついな」


「あ、次は体育だ」



◇P13


「最悪。服装がみんな同じになるし、髪型を変える子もいる。

 誰が誰だかわからないよ。

 頼りになるのは声だけね。

 えっと、田辺?」


「田辺はあっちでしょ」


「ごめん、斎藤」


「斎藤でもない。あなた、大丈夫。

 休んだほうがいいんじゃない?」


「だよねえ。素直にそうしておく」



◇P14


「今のままじゃ、心を見るより普通の会話が難しいよ」


 廊下でばったりと顔の見える男子生徒と出会う。手にはスマホを持っている。



「「あっ!」」



◇P15


「えっと、なに? 驚くってことはどっちに見えてるの?」


「他と違って、普通の顔をしているからですよ」


「もしかして人の顔がQRコードに見ているのは私だけじゃないの?」


「同じ症状を抱えた人間を見つけて、喜んだものかどうかわからないけど」


 笑う男子生徒。



◇P16


 笑顔に安心する雪那。


「よかった。やっと人の顔が見えた」


「ひとまずは放課後に情報交換といきましょうか。先輩」


「一年生なのねキミは。名前は?」


牧ノ字まきのじ奏人かなとです」


「私は鈴井雪那。放課後はいいとして場所はどこで?」


「図書室に来てください。いい話場所がありますから」


 牧ノ字は笑う。



◇P17


 授業中に考える。


「牧ノ字くんを信用してもいいのか。でも他に解決の手がかりはないし。

 QRコードで牧ノ字くんの心を読めば、って顔が見えるから読み込めないよ。

 まって、心が読めないから信用できないの?

 違うでしょ。

 とにかく話してみないと進まない」



◇P18


 放課後の図書室。


 雪那がやってくるのを待って、牧ノ字が鍵を取り出す。


「それじゃ、準備室借ります」


「……どうぞ」


 牧ノ字が図書当番の黒髪女生徒に言って、中に入る。


「ここほぼ幽霊な理数学部の部室で、突発的に会議をするには丁度いいんですよ」


「一年なのに詳しいのね」


「身内が三年にいて、そこから教わりました」


 笑う牧ノ字。



◇P19


 牧ノ字が準備室内のホワイトボードに”QRフェイスについて”と議題を書き込む。

 雪那が先にきりだした。


「それよりもまず確かめさせて。

 牧ノ字くんも人の顔がQRコードに見えるの?」


「そこからやりますか。

 ほんじゃ、あの図書当番に」


 ちょっと部屋を出て当番に声を掛けてスマホをかざす。

 戻ってきた牧ノ字が、読み込んだ内容を話す。



◇P20


「『ようようかきつくれば、かしぎたる部屋のうち。

 夢のままに夢みたり、深き水底の奥に埋もれたる』

 これ今読んでいる本の内容ですね、たぶん」


 笑う牧ノ字。


「どうやら本当に同じ症状みたいね」


「ではどうやって解決をはかるかと言う前に、情報交換して状況の整理をしましょう」


「具体的に何をするの?」


「こういうのは基本の5W1Hから」


 牧ノ字がホワイトボードに書き出す。


 いつから? 昨日の朝から。

 どこで? 自宅からずっと。

 だれが? 先輩と自分が

 なにを? 人の表情を

 なぜ? なぜ?

 どのように? QRコードに見える



◇P21


「一番の疑問はなぜ? ですね。

 どうしてこうなったのかが、わからない。

 なにか心当たりはありませんか?」


 笑顔の牧ノ字。

 思案する雪那。


「特にないわね」


「自分もそうです」


「しっかしQRコードなのに手間が掛かるのは面白いですよね」


「いや、全然面白くないし」


「由来はQuick Response. 工場の部品管理を目的に作らえた二次元バーコードなんですよ」


「人の話を聞きなさい。詳細なんて知らないから」


 笑う牧ノ字。



◇P22


「特徴は縦横どちらからでも読み込めること。格納する情報量が多いことなんてのがあります。棒線の方は数字だけですが、こちらは文字も書けます」


「マイペースね。牧ノ字くんは」


「ひとまずは"なぜ?”を意識して探してみるのはどうでしょう」


「それしかないわね」


「じゃあ、また明日した。ここで結果を話し合いましょう」


 下校する雪那。



◇P23


 帰りの電車の中でおかしな動きをするQRコードを見つける。

 読み込んでみる。


『騒ぐなよ。大人しく触られてろよ』


 痴漢だった。


 停車駅で男性の腕を取って叫ぶ。


「この人痴漢です!」



◇P24


 男性は腕を振り払うと叫びながら車外へ逃げ出す。


「冤罪だ! 痴漢冤罪だ!」


「逃げ出しておいて、どこが冤罪よ」


 電車が動き出す。


「ありがとうございました」


 痴漢されていた女性にお礼を言われるが、顔が見えない。



◇P25


「犯人を捕まえられたなかったから、そんなお礼を言われるほどじゃ」


 何度もお礼を言う女性、でもやはり表情が見えないので実感がわかない。


 疲労しつつも帰宅。


 QRコードの付いた雑誌を見つける。


『色々な使い方があるけど、もっと身近にできないかな』


「原因はこれだ」



◇P26


 翌日の図書準備室。

 雪那から話を切り出す。


「思い出したわ。QRコードでもっと便利に使えたらと考えてた」


「それで心も読める表示に変わったということでしょうか。安直ですね」


「だよねえ」


「でも、まあ。そんなもんじゃないでしょうか。

 俺も同じようなことを考えましたから」


「そっちこそ安直じゃない」


「ですよね」


 笑う牧ノ字。



◇P27


 その時、QRコードが2人の額に現れる。


「「あっ?」」


 見ているうちに、QRコードが大きくなってゆく。


「どういうことなの?」


「もっとコードを使いたいって思ったからじゃないでしょうか」


「そんな、いまさら!」



◇P28


 QRコードは表情が隠れるまで大きくなった。


「ついにここまで来ちゃいましたね」


 牧ノ字の声と仕草で、辛うじて笑っているとわかる。


 昨日のお礼を言っている女性を連想する。


「顔が見えるって本当に大事なことなんだ」


 思い出す牧ノ字の笑顔。



◇P29


 鬱憤が爆発する雪那。


「もうこんな気持ちで生活するのはやだ!

 普通でいたい。顔が見たい!」


 叫びは続く。


「顔が見えるって普通のことでしょ。当たり前でしょ。

 特別なことなんていらないの!」


 ぱりっと音がなる。


「はがせるじゃないか、これ」


 牧ノ字が顔のQRコードを剥がしていた。



◇P30


 雪那は驚愕に固まる。


「えっ、そんなのあり!?」


「ありかなしかでいわれたら、ありなんじゃないですか」


 準備室の扉がノックされる。


 図書当番が”不機嫌な顔”で中を覗いてきた。


「会議は静かにお願いします」


「ご、ごめんなさい」



◇P31


 反射的に謝ったあと、表情に気がつく。


「見えた。顔が見えてた」


「本当だ。

 先輩、他の人も見えるか帰りながら確かめてみましょうよ」


 もうだれの顔にもQRコードはなかった。



◇P32


「こんなあっけない結末でいいのかな?」


「もっとドラマティックな展開が好みでしたか。

 例えば全校生徒の前で絶叫して、一斉にみんなの顔が晴れるとか」


「そんなこと恥ずかしくてできないわよ」


「個人の小さな事件なんだから、このぐらいの締めで丁度いいんですよ」


「私的には全然小さくなかったけどね」



◇P33


「俺的には先輩と知り合えたのが大きなことでした」


「あっそう」


 聞き流す。


「えっ、どういう意味?」


 QRコード顔の牧ノ字。


『この数日は先輩の表情を独り占めできたみたいで嬉しかった』



◇終わり

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