ドーピング無双の錬金術師、騎士団を魔改造して勇者も魔王も消し飛ばす〜薬欲しさに俺を殺そうとしたパーティーメンバーが薬を求めて俺を追いかけようとしてくるけど手遅れです……~

すかいふぁーむ

短編

「おーい。レオン。もっと薬くれよ? な?」

「ヘンリス、お前最近解呪剤飲んでるのか?」

「あぁ? あー……どうだったかな? いやでもよぉ、あれ使っちまうと冷めちまうからよぉ?」

「はぁ……」


 勇者と呼ばれたヘンリス。

 だが実態はもう、ただの中毒患者になりさがってしまっていた。

 そこまでならいつもどおりといえばいつもどおりの光景だった。


 だが……次の瞬間ヘンリスの様子は豹変した。


「だぁあああああ! 耐えらんねえ! おいレオン! おめえ持ってんだろ? 薬をよぉ」

「持ってるには持ってるぞ?」

「だったら寄越せよ! 全部だ! 全部寄越せよぉおおおおお」


 その日、ついに勇者ヘンリスが壊れてしまった。


「あれほどケアを怠るなと言ったのに……」

「ねえ? レオンちゃん。私のお薬、まだー?」

「ネウィス……お前もか……」


 魔法使いネウィス。紅一点の頼れる姉御肌だった伝説級の魔法使いも、夜は見る影もなくなっている。


「ふふ……ちょっと多めに出してくれるなら……良・い・こ・と、してあげるからぁ〜」

「断る。俺にそんな趣味はない……ゴードン、なんとか言ってやってくれ」


 重戦士ゴードン。巨大な体躯と寡黙な性格で、パーティーの精神的支柱になっていた。

 だというのに……。


「ゴードンはだめだってば〜。今何してるか知ってる? 雑草むしって食べてるんだよー?」

「え……」


 ゴードンもとっくに壊れてしまっていたのか……。


「これを飲めって」


 俺の調合するドーピング剤は全て、夜には効果を切って副作用を抑えられるよう、薬を用意しているのだ。

 それがこの鎮静剤。

 だがヘンリスは興奮が覚めるのを嫌がってドーピング剤のほうを常飲し続けた結果、禁断症状が現れたのだ。


「うるせええええ! こんなもん飲んでいられるか!」


 ――パリィイン


 鎮静剤の入った容器ごと弾き飛ばしたヘンリスがそのまま俺の方に迫ってくる。


「副作用の説明もした。精神が弱ければ薬に飲まれるという話もした。だから必ずケアするように、とも」

「あぁ? うるせーなー?」

「それでも望んだのはお前だろう……確かに勇者パーティーの働きはもうこれなしじゃ成り立たなくなってるかもしれないけど、一度薬から離れるべきだ」

「うっせえええええんだよぉおおおおお。薬がなけりゃおめえは役に立たないだろうが!」


 ヘンリスが俺に掴みかかってくる。

 それを止める人間はもう、ここにはいなかった。


「ふふーん。まあ持ってる薬が全部手に入るって言うんなら、ちょっとくらい無茶しちゃっても良いかも〜?」

「……フシュー……フシュー……」


 ……もうこのパーティーはだめだった。

 俺がもっと管理しておけばよかった。俺の落ち度もあるだろう。

 だが……薬で現れるのはあくまで隠れた本性だ。


「てめえのことはよぉ! 気に入らなかったんだよ! 俺より年下のくせに天才だ賢者だとモテはやされてよぉ!」

「そうねえ。薬だってほら、私たちがお姉さんなんだから、素直に渡してくれていればこんなことにならなかったのに……」

「……フシュー」


 暴かれた本性。

 嫉妬に狂った勇者。全てを他者のせいにする傲慢な魔法使い。そして喋ることもしなくなった、怠惰な重戦士……。


「だからよ」


 ガンッと首元を掴まれたままヘンリスの手で木に押し付けられる。


「薬置いて行くか、ここで死ぬか、選べよ。天才」

「えー、いいの〜? ヘンリス。レオンちゃんいないと薬もらえないじゃーん?」

「ばーか……いひひひ。あいつのあの鞄の中、マジックボックスだろ? 見たんだよ。山ほどあるのをよ! あれさえありゃあこんなガキにいちいち指図されずに飲み放題だぜ!」

「ふ〜ん。そっかぁ」


 ニヤニヤしたネウィスと無言のゴードンも俺に迫ってくる。

 ふざけるな……あれを作るのにどれだけ苦労したと思っているんだ……。

 必要な素材はどれも高価で、取り扱いも繊細に行わなければいけない。

 こいつらに渡せば間違いなく、三日と持たずにダメにする。


「鎮静剤だけは置いていってあげるよ」

「いいや、死んで全部置いていくん……あれ……?」


 気化した鎮静剤……いや麻酔がようやく、ヘンリスに回ってきたようだ。


「も〜。ヘンリスなにして……ぁ……」

「……シュー……フー……」


 全員が寝たのを確認して、俺はその場をあとにした。

 こんなことになるのなら……他人に薬など与えなければよかった……。


 ◇


「あれ……? なんでこんなことに?」


 気づけば俺は王国騎士団がずらりと立ち並ぶ広場の前に立たされていた。


「聞け! この方は高名な錬金術師、レオン様だ!」


 喋ってるのは確か副団長だったはず……名前はアイルハートとか言ってた気がする。

 副団長ということは、つまり王国騎士団ナンバーツーだ。

 そんな人に様をつけて呼ばれる日が来るとは……。


「わが騎士団は現在! 永らく魔王軍との交戦状態にある。だがレオン様の技術を導入することで! 我ら騎士団は一月のうちに魔王軍を壊滅させることができるだろう!」

「「「おおおおおー!!!!」」」


 騎士団員たちが沸く。


「レオン様の開発した特殊な薬品を飲めばその力は何倍にも膨れ上がる! だが反面、強靭な精神力がなければその薬の魔力に飲まれ正気を失う! これは勇者でさえ抗えぬほどの強力な誘惑だ!」


 ゴクリと息を呑む声が聞こえること、先程とは一転して静寂が騎士団を包む。


「だが!」


 副団長アイルハートの声が広場に響く。


「我ら騎士団は! 誰よりもその強靭な精神力を持っていると自負している!」

「「「おおおおおー!!!」」」

「精神力ならば! 勇者にも負けぬはずだ!!!」

「「「うぉおおおおお!!!!」」」

「これよりレオン様の強化剤を配布する! 注意点は一つ! 夜には必ず同封された鎮静剤を服用すること! もしも薬の魔力に飲まれた同僚がいたら……」


 ニヤリとアイルハートの口が歪む。


「殴って正気に戻させろ! 以上!」


 それだけ告げると騎士団員たちは敬礼をしてそれぞれの持場に戻っていく。


「すごい勢いだな……」


 他人に薬を渡さないと決意した俺は王都に帰還した。

 一応は賢者として活動していた俺を国王は放っておかず、勇者パーティーのことを含めてあらゆることを聞かれた。

 俺は勇者パーティーをダメにした罪に問われるかと思ったが、国王の提案は想定外のものだった。


「ふむ……では騎士団を強化してくれるかの?」

「騎士団を……?」

「そうじゃ。個の力勇者では突破できなかった何かを、得られるかもしれんからの」


 それだけ言って、俺にお咎めはなし。

 だがそれは同時に、断ればその限りではないという俺に対する警告でもあった。


 だからやむを得ず、騎士団の強化に手を貸すことになったのだが……。


「我ら騎士団は誘惑に負けず! 必ずや賢者レオン様の奇跡の体現者になってみせます!」


 妙に気に入ってもらえたアイルハートにそう言われながら、とりあえず笑って対応するしかなくなっていた。



 ◇


「なんだぁ? こりゃぁ……それよりあいつは……」


 勇者ヘンリスが目を覚ましたとき、周りにあったのは割れた瓶の破片と、眠るレオン以外の仲間と、そして……。


「おぉ? こりゃ薬じゃねえか!」

「えっ⁉ 薬ぃ〜?」

「ちっ……起きやがったか……」

「あれ〜? 起きちゃまずかったぁ?」


 ヘンリスは舌打ちをしながらもネウィスに手を出してまで薬を自分のものにするほど、理性を失ってはいなかった。


「置き手紙、だねえ」


 そこに記されていたのは、三人が中毒症状から抜け出すために必要な薬と鎮静剤の摂取量。

 だが……。


「要らねえよなぁ?」

「ふふ……ゴードンはまだ、起きてないしねぇ?」

「それによ。あいつを追いかけて無理やり奪えばいいんだよ。あんなもん」


 もうヘンリスの頭には、それをやろうとして返り討ちにあった過去など忘れ去られているようだった。


「だよね〜。所詮薬なしじゃ私たちに追いつけないやつだったんだし〜」


 ヘンリスとネウィスはともに一本の薬を流し込む。


「きたきたきたきたキタ! これだ! なぁ? っておい、もう出来上がってんのかよ」

「えぇ〜? そういうヘンリスももう固くしてるんじゃないのぉ〜?」


 そう言って二人が抱き合う。

 そのせいで気づかなかった。


「あれ、ゴードンには何ていうの〜?」

「ああ?! 当たり前だろ? なかったことにするんだよ」


 後ろですでに、ゴードンが目を覚ましていたことも。

 そしてゴードンにもはや、まともな理性が残っていなかったことにも……。


「ウガァアアアアアア」

「あぁっ⁉ ゴードンてめえ起き……て……ぇ?」

「きゃあああああああああ」


 元々ゴードンは並外れた怪力の持ち主だった。

 その力はそう、ただ拳を振り下ろすだけで、人一人をミンチにしてしまえるほどだ……。


「ま、待ってゴードン、ほら、薬はこ……」


 拳は平等に振り下ろされる。

 だがゴードンもまた、もはや正気ではいられるはずもなかった。


「……フシュー……」


 糸が切れたようにその場で倒れ込むゴードン。

 三人が動くことはもう、奇跡でも起こらない限りあり得なかった。


 ◇


 数日後。


「どうですか! 我が騎士団の仕上がりは!」


 そこには鎧を脱ぎ捨て自慢の肉体をあらゆる角度で自慢気にさらけ出す団員たちがいた。

 筋肉量は最初に広場に集まったときの三倍ほどになった気がする。


 だが……。


「なんか、数が三分の一くらいになってません?」


 最初は規則正しく整列してぎりぎりだったスペースに、筋肉量が三倍になった上に秩序なくポージングする男たちが溢れても余裕があるのだ。


「ああ、残りのものは病棟だ」

「病棟⁉」

「レオン様の言いつけを守らず規定量を超えて摂取しようとする軟弱者がおりましたので……お恥ずかしい……」

「いや……」


 むしろ三分の一も残ったのがすごい。

 そして何より……。


「勇者もここまで適応してなかった……」


 体型が変わるほどの変化を与えるようなものではない。

 つまりこれは、俺のドーピング剤だけでなく本人たちが鍛えた結果だということになる。


「これならば数が減っても魔王軍との戦いは有利に進められるでしょう!」

「ああ……確かに」


 それに今回は筋力増強剤と魔力増強剤しか与えていないのだ。

 実践向けの空間認識能力拡張剤、状態異常耐性剤、神経興奮剤などが絡み合えば、一人ひとりが勇者の強さを持った統率の取れた集団が生まれることになる。


 勇者はあれでも魔王軍を撃退とは言わずとも、一人で釘付けにできるだけの力はあったのだ。

 それが……。


「これ、何人います?」

「千はおりますな!」


 俺はまだ見ぬ魔王に手を合わせておくことしか出来なかった。


 後日、世紀の圧勝劇を繰り広げた筋肉隆々の騎士団が凱旋したことは言うまでもない……。

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