ヘッドボム
独白世人
ヘッドボム
半年ほど前から全世界で妙な事件が起こるようになった。そして、その件数は日を追うごとに増加し、すぐに1日1,000件以上の数になった。
突然、頭が爆発して死亡するというその事件の映像は、テレビで放送して良いのか疑問に思うほど無惨なものだった。
〝ヘッドボム〟
そう名付けられたこの事件は、もはや現実離れした出来事ではなくなっていた。
原因は全く不明。
「ウイルスではないか?」という学者が多かったが、それを立証できる人間はいなかった。謎が深まる中、俺は自分の嫌いな人間の頭が吹っ飛ぶ想像ばかりをした。
1ヶ月ほど前から、普通に生活しているだけでも事件に遭遇するようになった。それは、満員電車の中や車の運転中でも容赦なく起こった。都心で起きたヘッドボムは、数々の惨劇を生んでいった。ヘッドボムで運転手が死亡した車が大事故を起こし、人々は安心して乗り物に乗れなくなった。
俺が初めてそれに気付いたのは、コンビニで立ち読みをしている時だった。ガラス越しに通り過ぎていく女子高生の頭の上に金魚が浮かんでいたのだ。目を疑った俺はコンビニを出て女子高生を追いかけた。女子高生は駅の方に向かっていた。金魚はプカプカと女子高生の頭の上に浮かび、クルクルと頭上を回っていた。何度も目をこすって見てみたが、金魚はCGでつくられたようにくっきりと俺の目に映っていた。
そして、女子高生の頭上に浮かんだ金魚は、駅前の商店街にさしかかった辺りで急に上を向いて苦しみだした。俺は死にかけの金魚を知っている。幼少の頃、夏祭りの金魚すくいで取った金魚が1週間もしない内にそうなったのだ。その金魚はそのあとすぐ、口をパクパクさせて死んだ。
やがて、女子高生の頭上で苦しそうにしていた金魚は、スゥーと仰向けになって死んだ。
その瞬間、
「パンッ」
軽快な音が鳴って、女子高生の頭が吹っ飛んだ。
例のヘッドボムだった。
それから度々、頭上の金魚が見えるようになった。
金魚が見えると俺はその人の後を追った。
頭の上の金魚が死ぬと、数秒後に必ずヘッドボムが起こった。
俺はこの人生で何度となく「頭がオカシイ人」と言われた。自分自身はそうは思っていないのだが、どうやらそれが世間の目から見た俺の印象らしい。頭のオカシイ人間だから、そんなものが見えるようになったのだろうか?
自業自得の人生だ。
今日は38歳の誕生日。金が無い。精一杯の夕食が380円の牛丼になってしまった。38歳と380円が妙なかたちでリンクする。俺の人生が380円の価値しかないと言われているように思えた。運ばれてきた牛丼を目の前に舌打ちをする。店員が驚いた顔で俺を見た。
箸を持つと薬指の爪の下に出来たイボに当たって痛かった。どうしてこんなところに出来たのか分からないが、イボは日を追うごとに大きくなっている。現在、1センチほどのそれが、1ヶ月後にどうなっているのかを考えると憂鬱になった。俺は病院には行けない。保険証が無いからだ。カッターナイフを使い、自分の手で何度も切り落とそうと試みたが、寸前でいつも踏み出せなかった。
急激な速さで秋から冬に移行している。コート姿のサラリーマンが目に付くようになった。今月に入って3度目の遅刻でクビになったコンビニのバイトは、2ヶ月の無職生活の末にようやく手にした仕事だった。クビを告げられたその瞬間、俺より後に採用された金髪の大学生が、こっちを見てクスリと笑いやがった。
役者を目指して上京したのは20年前。平均より少し上の容姿が俺を勘違いさせたのかもしれない。勘違いが生んだ自信が当時の俺にはあって、将来に対する不安など微塵もなかった。俺は小さな劇団に所属するだけで、ろくに努力をしなかった。女に貢いでもらっていた時期が長く続いたが、それも4年前に終了した。
俺はこの年になって何一つ成し遂げていない。プライドだけが異様に高い根性無しがこの俺だ。コンビニの仕事すらまともに出来ない。しいて言えばヘッドボムの予知が出来ることぐらいだ。
俺は牛丼を食べながら、この能力を生かしてなんとか金を稼げないかと考えた。
頭の上に金魚を浮かべた人に、「もうすぐ貴方は死ぬからお金をください」と言ってみるのはどうだ? いや、それじゃ駄目だ。そんな事を信じる奴はいないし、もしそれを信じたとして、見ず知らずの人間にお金を渡すような馬鹿はいないだろう。それでは、ヘッドボムが起きそうな人について行って、その人が死んだ後、財布を抜き取るのはどうか? 駄目だ。これでは犯罪になってしまう。
話を飛躍させて、自分をテレビ局に売り込むというのはどうだろう? ヘッドボムが起きる事を数分前に予知出来るとあれば、何かの番組で取り上げられないだろうか? そうすれば多少なりの出演料が貰えるかもしれない。ただ怪しまれないだろうか? ヘッドボムが起きる数分前の人間には金魚が頭の上に浮かぶなんて話を誰が信じるだろう。それが事実なのだが、もう少しマシなものが見えると言った方が信憑性が増すかもしれない。金魚よりは天使の輪の方がそれっぽくないか? そうだ。そうしよう。ヘッドボムが起きる数分前の人間には、天使の輪が頭の上に浮かぶことにしよう。どうせ俺にしか見えないのだ。そうすれば『天使の輪が見える男』なんてふうにテレビや雑誌で取り上げられるかもしれない。あぁ、どうしてこのことにもっと早く気付かなかったのか? そうすればコンビニのバイトなんてしなくて良かったのかもしれない。
そうと決まれば自分のキャラクターを作ってみよう。役者志望だったことを、せめてこういう場面で生かそう。先ずは服装だ。カジュアルなものよりはフォーマルなものが良いだろう。多少、頭が切れるように見えるかもしれない。髪も切ろう。髪型は多少奇抜な方が良いかもしれない。例えばモヒカンなんてどうだ? 『モヒカンの予言師』なんて話題性があるのではないか? 色も赤にしよう。
こんな思考の推移と共に、牛丼を食べ終わる頃には、俺の胸はワクワクしたもので満たされていた。何かとてつもないことをこれから起こせそうな気がした。
牛丼を食べ終わると俺はトイレに行った。昔から食事をするとすぐにトイレに行きたくなる。
大便をしながらさっきの想像の続きをする。
うまくいけば有名人になれるかもしれない。
新宿アルタの大型ビジョンに自分が映っているところを想像して顔がニヤけた。週刊誌の表紙にもなれるかもしれない。そして、出演料によっては大金持ちになれるかもしれない。金が手に入ったら昔からの夢だったフェラーリに乗ろう。毎日、銀座や六本木で遊ぼう。そして、高級マンションに住もう。アイドルと知り合って結婚なんていうのも夢ではないかもしれない。ハワイに別荘を建てて、正月は長い休みを取ろう。サーフィンを始めるのも良いかもしれない。何よりも先に、右手の薬指にできたイボを取りに病院に行きたい。
次々に出てくる妄想に花を咲かせながら俺は用を足すと、手洗い場に向かった。
さて、何から始めようか?
今まさに俺の人生が始まろうとしている。
38歳から始まる人生があっても良いではないか。
ワクワクが止まらない。
そう考えながら洗面台の鏡を見た。
俺の頭上には、今まさに死のうとしている金魚が浮かんでいた。
「パンッ」
思い通りにいかないのが人生だ。
ヘッドボム 独白世人 @dokuhaku_sejin
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