22.倒れた塔




 外では灰交じりの雨は、未だにぼたぼたと降っている。その雨音に交じって、カザリとクミリのたどたどしい会話は続いていた。絨毯に座り込み、話し込む姿は、仲の良い犬が鼻を寄せ合っているように見える。

 さすがにランタンの火が弱りはじめていた。緑の小人メンメは赤い目を片方だけ細めながら、革袋から、ちろちろと獣油を足した。手についてしまった油を舐めると、顔をしぼめるように歪めた。


「それで、そうして、出られたから」

「ん」


 いまだ続く会話を横目に、メンメが小さな壺を一つ、引き寄せた。中には様々な種類の硬貨が入っており、絨毯へと並べた。にたりと小人は笑うと、布を取り出して硬貨を一枚、一枚磨いていく。古いが純度の高い大判の金貨、精緻で芸術品めいた意匠の銀貨、粗雑な作りの銅貨まで、丁寧に同じように擦る。メンメは歯をぎろりと剥いた。その奥からは短く小さな笑いが漏れていく。

 メンメが数十枚あった硬貨を磨き終える頃、ようやくカザリたちは話を終えることができた。


「だから、僕は、ソルティーを助ける」

「ん、うん、よい、と思う」


 二人は納得しあったようで、カザリはへにゃへにゃとした顔で微笑んでいる。その様子に白面はこくりと短く頷いている。


「それ、一言、終わる」


 メンメは呆れたような声をぶつける。硬貨の入っていた小さな壺を指先だけでくるくると回す。鷲鼻をふんっと鳴らし、壺の中へ硬貨をしまっていく。

 すっとクミリが立ち上がる。外套から、薄ぼんやりとした靄のような手を伸ばして、仮面を調整する。顎のあたりをかちりと鳴らした。


「クミリ、カザリといく、手伝う」

「わかった」


 メンメは渋々といった風に頷いた。真っ赤な目をすぼめて、喉の奥を唸らせた。じろりとカザリを見回す。


「ありがとう」


 締まりない顔で、クミリに笑いかける。ゆっくりと立ち上がるカザリへと、メンメはきいきいと声を上げた。硬貨を掴んで、カザリの締まりない顔に突き付ける。


「コレ、きれい。見つける、あるかもしれない。持ってくる、よこせ」


 メンメの千切れたような言葉使いに、カザリは困ったようにぼんやりと頷く。その様子が不満なのか、メンメは噛みつくように歯を向いた。


「ぴかぴか、よこせ。まんまる、よこせ。交換、交換!」


 言いながら小さな壺を一つ、手元に寄せた。壺の蓋を開けて、中の物を取り出す。じゃらりと取り出したのは、首飾りや指輪だ。くすんだ色合い指輪、赤黒く変色した、不自然に輝く青い宝石がメンメの手の中で踊った。その一瞬で、たくさんの視線がカザリへと刺さったような気がした。


「む」


 庇うように前に立つクミリ、カタカタと白い面が鳴った。

 視線の正体は分からない。しかし、感覚に覚えがある。カザリが身に着けた槍の首飾りと同じだ。物に宿った記憶、張り付いた人々の魂、その欠片だ。彼らはじっとこちらを見定めているようだ。

 それにメンメはすっと火でも消すように、蓋をした。にいっとメンメは歯を向いて、笑って続けた。


「メンメ、持ってる。他、ある、いっぱい。武器、防具、綺麗なもの」


 大小様々な壺を指差して、メンメは歯を剥き、キイキイと笑う。


「まんまる、よこせ。ぴかぴか、よこせ。交換、交換」

「わ、わかった。見つけたら、持ってくる」


 もつれる舌を抑えながら、メンメの提案に頷いた。どうせ、金貨銀貨だの持っていても、トロール相手の売買には使えない。この夜から戻った後なら、たくさん使い道はあるかもしれないが、抱えたまま、死んでしまう方がカザリには怖い。

 その言葉にメンメは楽しげに、手をひらひらと躍らせた。


「なら、行け、はやく。ここ、灰、雨、止まない。下、道、使え」

「ん。行ってくる」


 クミリがちょこんと礼をした。メンメは満足したのか、にっと大きく笑みを浮かべた。そうして話は終わりとばかり、大きな壺の中に収まってしまう。

 クミリは、白面の隙間からむふーっと息を吐いた。気合に反応したのか、外套がふわふわと揺れた。


「ついて、きて」


 答えを待たずに、クミリは短く軽い足音を立てて進んでいく。慌てて矛を掴み、その後ろを追っていく。進むと倒れたせいで、螺旋階段の入口が見えた。

 位置から逆算すれば、塔の根本へと向かっているはずだ。崩れて、通り抜けもできないはずだったのに、その痕跡はまったくない。丸い何階層も続いていた。


「気をつけて、進んで。真似して」


 にゅっと黒くぼんやりした形の足を伸ばして、縦に成ってしまった階段へとつけた。そして、地につけた足を放す。そのまま、クミリは階段の上に立ち、ぽてぽてとそのまま下っていく。

 カザリは恐る恐る、足をつけた。足が階段の方へ吸いつくようだ。いや、この階段は地の方に続いているのだろう。もう一つ足をつけると壁に立ったような風になった。奇怪な感覚に頭がついていかない。首を振って、思考を振り払って、体の感覚を戻す。元居た場所を見ないように、じっと階段と自分の足を見ながら、壁に手をつき、慎重に降りていく。


「ぶふっ」


 下るとじっとり湿った風がカザリを叩く。寒い場所にいたせいか、嫌に生暖かく感じた。不快感に唇を噛み、目をしばたたかせる。

 朽ちた木箱が並ぶ階層を抜け、さらに下へ踏み込んだ。

 淡いランタンの光に照らされて、塔の外を見張っている干からびた死体の兵士たちがいる。弓用の小さな隙間窓、射眼から外を見ていた。彼らは首をがぎぎっと、骨を軋ませながら、矢を番えながら体をこちらに向けてくる。


「おっ」


 カザリが槍を構えるより早く、小さな影が声とともに動いた。クミリは干からびた兵士へ瞬く間に接近した。軽い足取りで、首へ向けて球のように跳ねた。同時に外套からの中から、白い光が放たれた。干からびた兵士の首がすっぱりと落ちた。そのまま、球のように跳ね続け、一つ、二つと兵士の胴を裂き、頭を断つ。


 カザリが手を出す間もない。塵に変わる兵士を背に、クミリはふわりと羽のように降りた。わずかな残心の後、むふーっと息を吐いて緊張を解いた。兵士を切り捨てた得物をゆっくりと鞘に戻す。クミリの体格から見ると大剣のように見えるが、カザリから見れば単に太い短剣だ。


「行こう、すぐ、また、出てくる」


 こくりとカザリは頷いた。さっさと進む小さなクミリを追って降りて、一階まで一気に駆けおりた。湿った風が強くなるが、不快感は唇を噛んで押し込んだ。そのまま、クミリと共に外へ飛び出す。

 同時に土の匂いが叩きつけられるように、カザリを襲った。風が吹き、ざわざわとした葉擦れの音が響く。

 森だ。暗い広葉樹の森が、目の前に広がっている。どうして地下から森へ入ったかは理解はできないが、〝螺旋の夜〟にはそういうこともあるのだろうか。


「ここ、血咬みの森、穢れた揺り籠。だから、狩りがある……気を付けて」


 言葉の意味はあまり分からないが、警戒すればいいのだろうか。思考のため、立ち止まっていたカザリを、白面は静かに見上げた。黒い虚のような目だが、カザリは不思議な安心を覚えた。


「あ、ありがとう」

「ん」


 表情は見えないはずだが、にへらとカザリは笑い返していった。白面と虚ろな目はカザリには不思議と、笑っているように感じられたからだ。それに、クミリがむふーっと息を吐き、カザリの顔に満足げに外套を揺らしていた。




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