19.神殿跡地





 カザリは紺色の貴族服の上に被せるように、真新しい籠手に腕を通した。革の下地に歪曲した鉄板を打ち付けたもので、肘から手首を守ってくれる。簡単な盾のように使うことも出来そうだ。

 先ほど、身につけた胸から腹にかけて革の鎧、脚の脚絆もしっかりとした革製だ。蜜蝋でしっかりと革固めた後、黒い染料で保護をしたものだ。

 その上に短い外套をまとう。こちらは柔らかな革で作られている。背中から胸までをぐるりと覆う肩掛けのうよなものだ。頭巾も付いており、簡単な雨具としても使えそうだ。鎧の着付けが終わると、以前から使っている革手袋をぎゅっとはめる。

 身につけたものを馴染ませるように、崩すように体を動かす。


「あぎぎ、ぎ」


 装備は調子はどうだ、とばかりトロルが笑いかけてくる。言葉は分からないが、なんとなく言いたいことの雰囲気が分かるようになってきた。


「ちょっと重いかな」

「そこらは慣らしていくしかないな」


 アルテムが長椅子にぐったりと座り、ふうっと長い息を吐き出した。鎧の選別と着付けを手伝ってくれたが、まだ消耗が残っているようだ。あのフジツボの呪詛を解くために、大分、疲労していた。無理しなくても、と抑えたのだが、出来ることは出来るうちにと押し込まれたしまった。


 他の皆も動かずには居られないとばかりに、忙しない。ルファたちは礼拝堂の端に小さな工房を設置していて、ずっと作業に没頭している。設備はすべてトロールから時砂で買い取ったものだ。ルファも魂の遺灰から時砂を精製できるらしく、こうして一気に設備の買い取りや装備が更新できた。それでも余りが出るほどで、出先で使えと、レンカーサから時砂も一瓶、渡されている。


  工房には壁にぴったりと置かれた棚があり、中には様々な薬草、蜘蛛や魚、トカゲなどの干物、様々な色をした硝子瓶、革の小袋などが並べられたり、吊されたりしている。横には明るいランタンで照らされた作業机があり、片眼鏡をかけたルファが種のようなもの選別している。

 その横では床に置かれた、毛むくじゃらのオーク、キエンが挽き臼を使ってゴリゴリと何かを砕いて粉にしていた。少し離れた場所では、大きな寸胴鍋を火にかけて、中身をかき回しているレンカーサがいた。手慣れた様子であり、歯をぎらりと剥いていて、ずいぶん楽しそうだ。


「だから女装しろよぉー、こういう場所は魔女が三人いるってのーが、昔からのお約束なんだから」

「さすがにお断りですなあ」

「ウチはそもそも魔女じゃあないよぉ」


 会話がすっと聞こえてきた。風の刻印というもののおかげか、風に流れてくるように言葉や音を聞くことができるようになったのだ。だからか、ついつい視線をそちら向けてしまう。

 そのせいで、青い瞳とぴたりと目が合った。すっと片眼鏡を外すと、おいでぇー、と間延びした声を風に流してきた。カザリはその声と同じような速度で、ぽてぽてと近づいた。


「ウチと呪い師さんがなー、作った奴なんだけどなー」

「え、まだ作ってるんじゃないの」


 二人は楽しそうなレンカーサに視線を向ける。


「あー、あれはなあ、芋煮てるの」

「ちょうどいい沼芋が手に入ったんだ、うめぇーぞ」


 歯を剥いて笑う呪い師、鍋の熱のためか、珍しく顔が上気している。ルファは大分、呆れたような、曖昧な顔を浮かべた。


「ええと、これ、薬な」


 気を取り直すとばかり少し強い声を出すと、小袋を渡してくる。中を確認すると黒い丸薬がいくつか入っている。そら豆ぐらいの大きさで摘まみやすい。数は六粒あるようだ。


「一粒で体力回復、服用する時はよく噛んで飲み込んでねぇ」


 のんびりとした口調に戻しながら、ルファは口を明けて指を差して、ゆっくり噛むような動作をした。子供に説明するような雰囲気だが、カザリはあまり気にならなかった。


「魔術を編みこんどるから、トロルぐらいの速度で傷も治るよ」

「はあ」


 あんまりピンと来ないカザリから気の抜けた声が出た。それでもルファは間延びした声で続けて、薬棚から小さな鞄を出した。彼女が中を開くと仕切りがあり、綿が詰められている。細い指で綿をどかして中身を引き出すと緑の小瓶が四つ、あとは二枚貝と綺麗な布が入っている。


「瓶は解毒の水薬。だいたいの毒には効くよ。味はえげつないけど、我慢してねぇ。貝の方は軟膏ね、擦り傷切り傷にすぐに効くよ。切り離された手足ぐらいならくっ付くからね、布は煮沸消毒してある。汚れ拭ったり、包帯代わりにしてねぇ」


 恐ろしいことをさらっと言って綺麗に鞄へとしまい、手渡してくる。カザリは鞄とルファの顔を交互に見たあと、考えるのをやめて頷いた。革鎧の裏地にある隠しという小物入れに丸薬の袋をしまい、鞄は腰のベルトに取り付けた。


「これはあくまでも保険、緊急用やからね。薬があるからって、ほんで無理せんように」


 眉根を寄せて、言い聞かせるようにカザリへとぐいっと顔を近づけてた。彼女自身に染みついた潮の匂いを覆うような、淡い花の香りが、カザリの鼻をすっと入ってきた。シャクヤクだな、と知らないはずの、見たこともない花が思い浮かんだ。また、首飾りが持っていた知識なのだろうが、不思議と不快感はなかった。

 そんなことにぼんやりとしてしまう、思考を締める。小さく、しっかりと頷いて返した。


「よしよし」


 にへらぁと相好を崩して、微笑む。自分と年のころは変わらないように見えるけれど、その仕草や雰囲気は幼い頃に亡くなった祖母を思い出す。


「でも、ウチらができることは、これくらいかね」

「た、た、たすかります」


 青い瞳を揺らして、申し訳なさそうな声を出すルファに、感謝を伝えようとするけれど、カザリの舌はいやにもつれる。その様子は苦笑いで流されてしまった。


「いや、まだあるぜぇ」


 カンカンっと鍋を叩くレンカーサが声を上げた。白くとろみのついたスープを碗によそっている。ふわっと豆の匂いが広がってきていた。ごろごろとした根菜、泥芋、そして骨付きの鶏肉が入っているのが見て取れた。

 お腹は特に空いていないはずだったが、カザリの口と胃は素直に動き始めてしまった。


「うんうん、行く前にしっかり食っていけ。あ、パセリいるか、ダンナ」

「い、いただきます」


 ずいっと寄ってきたレンカーサによって匙の刺さった碗を手渡される。されるがままに、受け取る。パセリがぱらりと散らされている。この香りを嫌うものもいるが、カザリは好きだった。

 にへっと笑うと、呪い師も笑い返す。なぜか、ルファも、にやにやとこちらを見ていたが、あまり気にならなかった。


 近くに座り、口に含む。体がゆっくりと暖かくなるのをカザリは感じた。




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