14.奈落の牢獄




「おい、アンタ、いい加減、邪魔なんだがな」


 暗く沈んだ意識を叩く、男の太い声がする。倒れ込んでいたのは、石畳だ。目を開けば、鉄の扉が見える。


「ど、こ」


 あの海も砂もない。ここは冷たい牢屋だ。目の前がチカチカする。嫌に力が入らない。手足がまるで棒切れのようだ。

 霞む目で自分を見ると、うっすらと透けている。困惑するカザリへ向けて、男の声がが不満げに答える。


「ここは、牢獄、それも俺の独房だぜ」


 声の主は藁で出来た寝台の上に座り、むっすりとしている。彼は透けていない。丸顔と三白眼が目立つ男だった。革鎧めいた厚手の服を着こんでいるが、彼が立ち上がっても、それらは物音一つ立てない。腰には数本、短刀らしきものの鞘が見えた。


「おめーがいきなり天井が落ちてきやがったんだよ、まったく、この夜で幽霊なんて見飽きたがな」

「ゆう、れい」


 自分は本当に死んでしまったのか。すとんと腰が抜けた。


「ごめんなさい」


 カザリの頭の中でぐるぐると皆の様子が浮かぶ。アルテムは悲しむだろうか、呪い師は笑ってくれるだろうか、キエンは責められないだろうか、ルファと呼ばれた女の子は無事なのだろうか。あそこに残されたら、みんなはどうなってしまうのだろうか。

 目の前がじっとりと霞んでくる。


「あああ、おいおい、泣くほどじゃあないだろ」


 三白眼の男が、苛立ちを落として、長く息を吐いた。そしてカザリの肩を叩いた。


「落ち着け、な」

「そ、んな」


 死んだものに簡単に言うことじゃない。三白眼を思い切り、睨む。迫力はないだろうが、それがカザリができる必死の八つ当たりだ。それを、いなすように男は肩を何度も叩く。


「おめーは、まだ死に切っちゃあいない」

「え、は」


 ぽかんと間の抜けた声がカザリから漏れた。なだめるように男は言う。


「おめーはな、なんだ魂が離れちまっただけだろ。理由は知らんが離れた魂は縁、会ってここに引き寄せられたってとこだな」

「縁」


 牢屋との縁なんて思いつかない。石工であったことも、街中で犯罪などもしたことはない。


「俺なんて、どうにも縁が深すぎてな、この夜が始まったとたん、この牢の中よ。まあ、夜にしちゃ安全ではあるが、メシがまずくて退屈な場所だ」


 鉄扉を指さして苦笑するように、男は言う。


「アンタはまだ別の縁がある、誰かに呼ばれるか、それとも、ここから追い出されるかすれば、肉体に戻れるだろうよ」

「戻れる」


 その言葉に引き寄せられるように、男の方へ寄った。それを嫌そうにかわすと、男は藁の寝台へと腰かけた。


「ああ、もう、その言い回しを止めろ、白面の奴みたいで嫌になる」


 知らない誰かを使って、カザリの言葉を押しとどめる。三白眼の男は長い息を吐き、片目だけを開けて点を仰ぐ。


「送り返してやるよ、どうせ暇だし。おまえが抜けられれば、その縁で俺も出られるかもしれんしな」


 男は断言すると寝台に駆けられた布を剝ぎ取った。その下にはラッパのような筒があった。慣れた手つきでそれを担ぐ。


「出口を知っている、んですか」

「知ってりゃあ、俺はここにはないな」


 へっと鼻を鳴らして笑った。どことなくあの呪い師を思わせる。


「ま、当てはあるから、ついてこいよ、あー」

「カザリ、です」


 名乗りながら、棒のような重い手足で立ち上がる。


「ソルティーだ。適当に続けよ」


 そう言うと、無造作に鉄扉に手をかけた。ぎいっと音を立てて簡単に開く。


「か、鍵は?」

「あ、あー」


 ソルティーはにやりと笑うと、するりと針金を二本どこからともなく取り出した。


「言ったろ、暇だったんだよ」


 心底、楽しそうに言い切ると、彼は牢の外へと踏み出していく。カザリは慌てて、力なく透けた体を動かしていった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る