5.無縁塚





 砂利の多い小道を行く。辺りには年月で弱り、腐りかけた木の小屋がいくつも並び、崩れていた。黙々と藪を抜けてて、岩ばかりの荒野を踏み越えた後だった。村の跡地だろうか、傭兵として行軍させられた時、一度だけ見たことがある。略奪によって放棄された村はこのような雰囲気だった。


 もっともそれにしては墓碑らしきものが乱雑に、規則性もなく置かれている。墓碑といっても、簡単な積み石がされているだけだ。


 カザリはイルヴァとともに先導する小鳥に続いて歩き続けた。騎士は紫水晶で作られた奇妙な剣と小さな円盾を携えていた。鋭く薄い刀身は細く折れそうにも見えた。円盾だけが平凡な木製のもので、妙に浮いて見えた。


 小屋から人影が木戸を軋ませて出てきた。農夫が叫び声とともに錆びた鉈を無理矢理に振り回しながら、イルヴァに向けて直進してくる。顔は干からびた死者のものだが、それでもなお体は動き続けている。


「まったく、煙の奴め。放置するなと言っているのに」


 さらりと言うと鉈を円盾で受け流し、手慣れた様子で農夫の首を切り捨てた。軽い音とともに、体と頭が地面に転がると動かなくなった。


 そしてイルヴァはそのまま、家に蹴りを入れた。脆くなっていたせいか、ミシミシと音を鳴らしてべしゃりと倒れる。中からは亡者らしきいくつか呻き声が聞こえたが、それもすぐに聞こえなくなった。

 わりと容赦ない人なんだな、カザリはひとりごちる。


「どうにも安全な道行とはいかないな、注意を」


 澄んだ声に静かに頷くと、カザリは強く短槍を握りこんだ。音に反応したためか、大鎌や鋤を持った農夫の亡者たちが戸を開けて、やってくる。一瞬だけ小鳥の輝きにひるんだ様子を見せるが、それもすぐに立ち戻り、錆びた刃をぶんぶんと振り上げてきた。


 だが、それは素早く切り込んだイルヴァに止められる。カザリも合わせて後ろについて動く。そうして一突き一突きを確実に狙っていく。危うさも感じないのはイルヴァが確実に抑えてくれるおかげだ。紫の騎士から抜けて、こちらを狙ってくる農夫を一人、また一人と灰へと変えていく。


 三度目の突きを繰り出すころには十人以上はいたはずの亡者はあっさりと片付いてしまった。カザリが強いはずもない。事実、倒したのは三体だけだ。やはり水晶の騎士イルヴァは相当な手練れなのだろう。


 カザリが分かる限りだが、どっしりと重いアルテムの動きに比べて、イルヴァは素早く鋭い。神官戦士の動きは蛇を思わせる弧や円を描き、絡めとるような滑らかなものだった。対して水晶の騎士は真っ直ぐに線を引くような、最短の一撃を繰り出していた。


「なあにすぐそこだ」


 口の端を鋭く上げて、言い切ると彼女は剣閃と同じように迷いなく進んでいく。朽ちて倒れそうな家々の間を抜けた。


 脇道が見えた。砂利も引かない小道ではあるがきちんと道祖の碑がある。その下にはうずくまった亡者がいて、地面をぼんやりと見ていた。彼が何かする前にイルヴァが無造作に切り捨てた。容赦もためらいもない。まだなにもされていないのだが、安全優先ということだろうか。


 彼の死体を後目に、脇道へと逸れていくイルヴァに続く。足元に土特有の柔らかく湿った感覚が張り付いてきた。

 道祖の碑を超えた数歩先はとうに崩れた建物ばかりになり、その下にはひしめき合うように人の遺骸や物の残骸が粗雑に転がっていた。


 間から時折、這い出して来る上半身だけの亡者たちに止めを刺す。吐き気と渇きが混じったような感覚がカザリの喉を焼いていくが、ぐっと我慢した。


 いくつかの倒壊した建物を抜けて、荒れ果ててた後の畑の間を通る。畑は丈の長い草が生えた後、そのまま枯れて放置されたようだ。だのに道横に案山子が立っているのが妙だった。よくよく見ると両手両足をもぎ取られた亡者が張り付けられていた。おうおうと悲痛な声が力なく漏れている。


 通り過ぎていくイルヴァの後ろで立ち止まる。カザリは静かに槍の血布に触れさせて、無言で祈る。ああ、と柔らかな声が案山子にされた亡者の声から漏れて灰となって消えていく。


 ただの真似事だが、上手くいってよかった。カザリは息を長く吐き出した。

 そうしてから立ち止まってくれた紫の騎士を早足で追う。彼女が進み始めると、とうとう短い息遣いと足音だけになった。


 柔らかく湿った小道の中、があん、があんと鈍く低い鐘の音が辺りに響く。ぎゃあぎゃあと鳥の悲鳴らしきものが混じって聞こえると、どこかから火の臭いが漂ってきた。穏やかな暖炉のものではない。肉と油の燃え立つ戦禍の臭いだ。


「なっ!」


 焦りの声が初めてイルヴァから漏れた。今まで低く抑えていたのだろうか、やたら高い音が耳朶を打った。

 紫の騎士が焦って走り出す。続いて足を進めるが、さすがに追いつけない。煌々とした赤色が広がり、周囲を舐めるように照らしている。


 燃えていたのは小さな鐘楼だった。金の装飾は立派だったろうが、燃えて歪み溶け落ちている。そこから砲弾のように、灰色の塊が吹き飛ばされた。近くの廃屋に突き刺さるように、転がったのは煙水晶の鎧を纏った騎士だった。鎧はひび割れて、胴体ごと、ばらばらと砕けて飛び散っている。


「煙の! 嗚呼ッ、くそッ!」


 苦々しい顔をイルヴァが兜の面で覆った。 燃え立つ鐘楼の内から大柄な人影が現れた。それは全身の皮膚が剥がされている巨躯の男だった。剥き出しになった血管がどくどくと脈打って、腐った血をどろどろと落とし続けている。


 腰蓑のようなものだけを身に着けて恥部隠しをしているが、苦痛にまみれた様相に知性はあるとは思えない。瞳は熱のためか、もはや白く変わり、何かが見えているとは思えない。それでもなお、大鎚を両腕に握っている。一振りすると、そこからごうごうと炎を巻き散らした。


「ザイオンの懲罰騎士だとぉッ! 何故ここがッ!?」


 何を言っているかは分からない。ただ澄んだ声が焦りに震えたのが、イルヴァもカザリも死地にあると示していた。熱さのためではない、油汗がじっとりと漏れた。カザリが必死に抑えていた恐怖が鎌首をもたげてきた。


 同時に鐘楼がとうとう崩れて、赤熱した鐘が滑り落ちて最期の音を鳴らした。同時に懲罰騎士が大きく吠えた。呼応するように大槌の炎が猛然と吹き上がり、主人の戦意を煌々と表していた。




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