1.神殿跡地

 目が覚めれば、白い場所に寝かされていた。

 ふぅふぅと息を吐く。足の感覚はある。埃くさいマットの香り、辺りにはだだっ広い空間だ。古く掃除もされておらず、汚れが積もっている。半円型の礼拝堂らしいが、並んでいたろう椅子も大分古びている。


 高くなった場所、祭壇の前に寝かさせられているようだ。飾られた地母神の像がこちらを慈悲深く見ている。綺麗に磨かれており、乳白色にうすっらと灯火を写していた。祭壇には黄色の太い蝋燭から火が揺れていて、光が淡く広がっている。

 息を吸い込めば、蜜蝋の燃える甘やかな香りが目覚めを促していく。


「いきてる」


 誰かが、助けてくれたのだろうか。

 横には同じように寝かされている少女がいた。顔はぐるぐると包帯にまかれているが、少なくともハエはたかっていない。胸は静かに上下しており、麻の貫頭衣をゆっくりと動かしている。


 かんっと石の床を鳴らす音がして、視線がそちらに動かされた。地母神の聖印を首にかけた男だ。吸い飲みや水盆を持っている。しかし、様相は戦士のようだ。鎧下だろう布鎧、腰には剣を吊るしている。足取りは訓練を受けた兵士のものだ。枯れ葉色の頭をした精悍な男だった。よく食べて、よく鍛えたのだろう。しっかりとした体躯があった。

 神殿騎士、あるいは神官戦士と言われるものなのだろう。


「おお、起きたか」


 彼は子供のように、にっと笑う。


「ゆっくり飲め、少しはマシになる。気持ちわるけりゃ、いったんこいつに吐き出せ。絶対無理に飲むなよ、いいな」


 そう言って、水盆を置き、慣れた様子で水を飲ませる。

 カラカラだった口が湿る。そのままごくりごくりと飲み込んでいく。一息つくときには、吸い飲みの水は無くなっている。


「し、神官様、ありがとうございます」


 声を出す少年に神官は呆れたように、声を漏らす。


「よくもまあ、内臓が逝ってた、てえのに元気なやつ」

「そんな、に」

「お前の上、何人踏み越えたと思っているんだ、肋骨で内臓がズタズタだぜぇ。応急手当じゃあ、無理だったからな。わざわざこんな神殿まで借りたんだ」


 割合雑な口調で、ふぅっと息を吐き、神官は笑う。


「ま、ゆっくり休め。休んだら、うちの神さんにも感謝しな」

「はい」


 短く答えて一息吐く。寝息が聞こえて、隣で眠る少女に静かに顔を向けた。

 すると、顔を苦々しく歪めて、神官が口を開く。


「カノジョさんは、安静にしてりゃあ大丈夫だ。まあ、しばらくは目は覚まさないだろうよ。だいたい治したが、ちょっと血を失いすぎた」


 そして指先で眉間を揉んで、息を吐いた。


「なー、どんな事情があったが知らねえがなー、イイ人と来るもんじゃねぇだろ、戦場に」

「いや、このひとは、知らないひとです」

「ほへぇっ?」


 気の抜けた声を猛然と上げる。


「いや、きみ守ってたじゃん、虫から」

「ひとりで死にたくなかったんです」


 目を白黒させて、ころころと変わる顔色。そして、ふはっと和ませた。


「そりゃあ、そうだな。俺もあんたと同じだから、分からないでもない」

「同じ、神官様が?」

「そ、俺も今は一人ぼっち。んで、ただの売剣、名はアルテム」


 こんこんと剣の鞘を叩く。売剣、つまりは傭兵なのだろう。神官がなぜ、傭兵なんてしているかは分からない。だが、素人ではない。少なくとも自身よりは強そうだと、少年は感じた。そもそも体格で敵わない。


「そうだ、あんたは?」

「カザリ、ログ村のカザリ……です」


 へにゃりと笑いを返す。そして、ゆっくりと握手させられると、また寝かされる。死の神が遥か遠くへと去った。その幸運をゆっくりと噛み締めていった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る