夜の螺旋に未明の月
五部臨
0.死の淵
冷えていく体と、腐った肉の臭いで少年は目を覚ます。遠くで鴉が嫌に長く鳴いた。日差しは落ち、赤々と大地を色づけている。
それもすぐ、かすむ。目がぶれる。
腹が減っていた。傭兵になれば、腹いっぱい食えると思っていた。息も絶え絶えに、死体の下から這い出して、泥を吐き出す。
水が欲しい。酒でもいい。
よろよろと立ち上がると、腰に手をやる。何もない。水袋も、小銭袋も、吊っていた短剣もない。鎧もなく、使えそうなものはすでに剥ぎとられていた。それは、まあ死体といっしょの扱いだと、うんざりした顔になる。
気力はあっさりと尽きて、そのままずるりと倒れる。
熱がある、ようだ。足の感覚はすでにない。折れた矢が刺さったまま、膨れ上がっている。血が腐り、全身に到り、死ぬという話は聞いたことがある。それだろうか。
「死にたくない……」
渇いた声が、自然と漏れた。
初陣だった。野戦の数合わせだったが、ようやく戦いに出られると意気込んだ。団長から借りた長槍と盾を握らされ、列を組まされた。なんの戦いか、誰がどこと戦っていたのか、なんてことも知らされない。
どちらにしても、敵に一突きもしないうちに“まじない”で出来た火の玉が落ちて爆ぜ、次いで矢の雨が注いできた。爆風によろけた脚へ、矢が突き刺さり、倒れ込んだ。突撃しようと仲間だった傭兵だが正規兵だかに踏みつぶされて、それきりだ。
戦ってすらいない。ただの肉の盾でしかなかった。
不甲斐ないのか、情けないのか、涙がぼろぼろと流れる。母の顔、父の背中が目に浮かぶ。一人ぼっちで、泥の中で死にたくない。
だが、生き残る方策はない。だだ、ずるりと這うだけだ。
かすむ瞳で見ればその先にも死体の頭があった。触ると、わずかに暖かい。まだ生きている。それをぎゅっと握る。ずるりと落ちた頭巾の下に焼き爛れた少女の顔があった。兵士か、娼婦か。どちらなのかも分からないひどい有様だ。見れたものじゃない。だが、もう今更だ。
目を開いてくれ、一人で死にたくない。ずいっと寄った。
ハエがぶんぶんと彼女の爛れた顔に張り付く。少年は死に体を無理やり動かし、何度かそれを振り払った。だが、それもハエが自分に移っただけにすぎなかった。限界もすぐにやってきた。
冷たくなる指先が暗くなる。夜だろうか。いや、足がある。人だ。それが口をゆっくりと動かした。すでに感覚がなく聞き取れないが、憐みの言葉ではない。静かな、ゆったりとした光が辺りに広がった。
暖かいと、感じると同時にぶっつりと意識が消えた。
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