86 作戦開始は派手にいこう

 IMワークス諜報部に戻るとジョルジュとマイケルが迎え出てきて、すぐさま小会議室に放り込まれた。


「ご苦労だった。けがはないか?」

「あるっちゃあるけど動くのに支障ない程度だ」


 大丈夫だと唇の端を持ち上げると二人はほっと大きく息をついた。

 すぐさま表情を引き締め、ジョルジュ達は現在の状況を説明し始めた。


 ミケールが立てこもっているであろうビルは特定できた。なんと、このビルの数棟先でしかない。

 ワークスの職員達には予定通り、爆発物を仕掛けられたと脅迫文が届いたとしてこっそりと避難を開始している。

 今のところミケールに動きはなさそうなのでこちらの思惑はバレていないようだ。あるいはダイアナが倉庫に向かったのでワークスへの手出しはまだ様子見段階かもしれない。


 ワークスは警察やFBIと連携し、対策班を結成した。


 ミケールのビルは十階建てで、おそらくミケールとデイビッドは七階辺りにいるのではないかとされている。彼らがいるであろう部屋にはもう一つ、人らしき熱源があり、ローザか、カールあたりがいるのではないかと推測される。


 部屋の窓にはブラインドが降りていて熱源センサーによる探知だけなので、人質と見張りと思われるような配置にして実はデイビッド達は別の階、別の部屋に監禁されている可能性もある。


「つまり乗り込んでみないと判らないってことだな」


 ダイアナが言うと、ジョルジュ達はしかめっ面でうなずいた。


「他には? 戦闘員が配置されている感じか?」

「おそらくは。これも熱源センサーの情報のみですが、各階に数人はいるでしょう。上階の方が人数は多そうです」


 地上から乗り込んでも、屋上から侵入しても戦闘は避けられないということか。


 ミケール達が七階にいるなら屋上から突入した方が早そうだ。それでも部屋にたどり着くまでに何人と戦わねばならないのだろうか。そもそもトラップなどを仕掛けている可能性も考えられる。


 ジョルジュ達の説明が終わると会議室はしんと静まる。


 ダイアナは腕組みをして目を閉じ、地上と屋上どちらから侵入するのかを思案していたが、目を開けて彼女の口から飛び出した案は、そのどちらでもなかった。


「いっそ、直接その部屋に跳び込むか」


 ダイアナはにししっと笑った。




 ミケールのビル制圧計画は、元々ジョルジュ達が準備を始めていたこともあり迅速に決行された。


 ダイアナは“キャンディ”の服装の上から様々な対マフィア対策グッズを身に着けてビルの近くまでやってきた。

 目はゴーグル、耳と頭はヘッドセット、口と鼻は防護マスクで覆っている。


 首から上は重装備なのに体は身軽な黒のスーツで、見た目はとてもアンバランスだ。


 これらの装備が役に立たずに終わればいいのだけど、とマスクの下でダイアナは笑みを浮かべる。


『よし、キャンディ、作戦開始だ。おまえが突入してからこちらも行動に移る』

『了解。乗り込んだ部屋にターゲットがいることを祈ってくれ』

『それも祈るが、おまえが無事に部屋に乗り込むところからだな』

『落っこちたりしねーし』


 ダイアナが笑うとジョルジュの笑い声がヘッドセットから聞こえてきた。


 通信を切って気を引き締める。


 闘気を解放し、大きくジャンプ。

 つま先で壁をひっかけるように蹴り、さらにぐんと上へ体を持ち上げる。

 こんな離れ業ができるのは、デイビッドが作ったジャンプ力増強シューズのおかげだ。闘気だけではさすがに垂直に壁を十メートル以上も蹴りのぼることは困難だ。


 二蹴りで三階の窓付近まで到着だ。

 ダイアナはさらに壁を上る。


 ジョルジュにはああいったが、気を抜けば真っ逆さまに落下する危険はある。

 歯を食いしばって、目的の窓を目指した。


 七階の窓まで、あと二メートルほど。

 足に力を入れ、一気に跳躍する。


 ちょうど窓の高さに至り、ダイアナは思い切りガラスを蹴りつけた。

 闘気を込めた衝撃に耐え切れず窓ガラスにひびが入る。

 もう一蹴りしてやると砕け割れた。


 ブラインドもろとも蹴り散らかしながらダイアナは部屋に踊りこんだ。


 部屋の大きさは二十平方メートルほどか、ゆったりとしたスペースを取った取締役の執務室といった感じだ。

 だが応接スペースであろう場所からはソファや机が動かされて端へと追いやられている。代わりに、部屋の雰囲気に似つかわしくないパイプ椅子にデイビッドが拘束されている。


 相棒の、とりあえずは無事であろう姿にダイアナはほっとする。


 彼のそばにローザが、ドアのそばにカールが立っている。

 そして、壁際のデスクのそばにミケールが、厳しい顔つきで立ち上がった。


「派手な登場だね」


 それでも声は平静を保っていた。


「上も下も余計なヤツらが待ち構えてるみたいだったんでね」


 油断なく三人の動きを睨みつけ、けん制しながらダイアナは不敵に笑ってやる。


「戦闘好きなあなたに喜んでいただけると思ったのですが、残念です」


 ミケールに視線を移した時、ドアが開く音がした。

 視線をそちらへやると、カールが退室していた。仲間を呼びに行くつもりか。

 だとしても、デイビッドを助けた後なら問題ない、とダイアナは気に留めない。


「悪人はできるだけぶっ飛ばしたいのは確かだけどな。ビルに入ってからここに来るのに手間取ってる間にあんたらに準備を整えられるのは面白くない」

「間に合ったつもりなの? これでも?」


 ローザがナイフを出してきてデイビッドの首に突きつけた。


「闘気を引っ込めないと、この人を殺すわよ」


 彼女の厳しい顔は一見本気と思わせるものがあるが、ダイアナは鼻で笑った。


「おやおや、ずいぶん使い古された脅し文句だね。詐欺師だったらもっとこっちを騙くらかせることを言ったらどうなんだ」

「本気じゃないっての!?」

『準備完了だ。いつでもいいぞ』


 ローザが気色ばむのと、ヘッドセットからジョルジュの声が聞こえてきたのが同時だった。

 ダイアナは、よしっと心の中でガッツポーズだ。


「本気だとしても、あんたに相棒はらせない」


 拳をローザに向けて宣言した。

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