85 次は範囲系のはずだった

 敵の戦い方はすぐに判った。

 闘気を扱う四人が直接攻撃に出てきて、闘気を持たない三人が後方から銃を撃ってくる。

 近接戦闘の中に銃弾を撃ち込むのは彼らにとっての味方にも被弾する可能性があるので、乱射などという馬鹿な真似はしてこない。ダイアナは彼らの包囲網を抜けた時にだけ狙ってくる。


 なかなか厄介だ。


 敵のただなかにいれば多方向からの攻撃に対処せねばならず、離れると銃弾が飛んでくる。

 これは当初の狙い通り、闘気を持たない三人から戦闘不能に追いやらねばならない。


 頭では判っているが、敵もダイアナの狙いは読めているようだ。


 「転移」で後方に移動するとすかさず闘気持ちが飛び道具系超技を放ってくる。ダイアナが敵に攻撃を仕掛けるより早く、闘気を防ぐか避けるかの選択を迫られる。

 その場にとどまって闘気への対処をすればおそらく、至近距離から撃たれることになる。


 結局ダイアナはその場を離れざるを得ない。


 このままでは埒が明かない。少々危険な手でも思い切って使うしかないか、とダイアナは大きく息を吸った。


 後方の一人へと跳ぶ。

 すかさず闘気が追いかけてきた。

 それに構わず、目の前の敵に一撃を浴びせる。

 極めし者でない相手が耐えられるはずもなく吹っ飛ばされる。

 だがダイアナも闘気の塊を腰に食らった。致命的ではないが軽視できないダメージだ。


 倒す順番にこだわっていては、デイビッドを助けに行く前に動けなくなる。


 ダイアナはそもそもの攻撃プランを変更した。

 月属性らしく、移動系、幻惑系の超技を多用する。

 敵の周りを飛び回り、目をくらませて翻弄し、隙をついて攻撃する。

 体力と闘気を消耗するが、怪我で動けなくなるよりはマシだ。


 そもそも、彼らの近くだけで戦わねばならないわけではない、と気づいた。


 闘気を駆使して縦横無尽に動き回り、消耗すると死角に逃れて呼吸を整える。

 時間はかかるが確実に相手を一人ずつ戦闘不能に陥れていく。


 闘気使いを一人、闘気なしを二人倒したところで敵も作戦を変えてくる。

 今までは一斉に攻撃を仕掛けてきていたが、タイミングを少しずらすようになってきた。


 闘気使い三人が入れ替わり立ち替わり断続的に攻撃を仕掛けてきて、その合間に闘気なしが拳銃を撃ってくる。

 できれば拳銃の男がリロードをしている隙に飛び込みたいが、闘気使いが阻止してくる。


 弾切れを待つのも一つの手だが、いったい後どれだけマガジンを持っているのか判らないのであまり有効な手とは言えない。


 おそらく次の一発を撃てばまた弾込めをする。

 なら、いっそ今攻めるか。


 ダイアナは拳銃を構える男の目の前に転移した。

 驚愕にひきつる男の顔に拳を叩き込み、無力化に成功した。

 だが、残る三人が一斉に跳びかかってきているとは思わなかった。


 男を打ち倒し、残る敵へと顔を向けた時、彼らはもうすでに攻撃態勢に入ってダイアナのすぐそばにいた。

 転移をし、攻撃をしたばかりのダイアナに次の超技を発動させる時間はない。


「くそっ」


 罵りの言葉を吐き捨てながらダイアナは強く願った。

 止まれ! と。


 自らの体から闘気の放出を感じた。

 と同時に、本当に三人が跳びかかってくる途中で動きを止めた。

 空中にいる男ですら止まっているのだ。


 なんだ、これ?

 不思議に思いながらもダイアナが攻撃範囲から離れた時、男達が動き出した。


「連続で転移の超技発動か」


 男が忌々し気にうなった。

 だがダイアナは意図して超技を発動していない。ましてや「転移」ではない


 再び男達と渡り合いながら、ダイアナは先ほどの現象が何なのか考えていた。


 自分の体から闘気が強く発せられ、男達の動きが止まった。空中にいる男さえもその姿勢のままだった。


 戦いながらではなければ一瞬で出たであろう答えに、男達の攻撃を二度かわしたところで行きついた。

 あれは「時間停止」と呼ばれる超技だ。


 思わぬ形での新超技獲得にいろいろと思うところはあるが、今はこの戦いを有利に持って行くための技として割り切ろう。


 ダイアナは超技で大きく動いたり幻影を作り出すのをやめ、要所要所で「時間停止」を発動した。結果的にその方が消耗は少ない。


 更に一人を打ち倒した時、残る二人がようやくダイアナの超技の正体に気づいたようだ。右手の男が小さく「時間停止か」とつぶやくのが聞こえた。


 だが気づいたところでダイアナに有利に傾いた戦局が覆ることはない。

 元々敵個人の強さはダイアナに大きく劣る。数の有利で対等になっていただけのことだ。


 余裕を得たダイアナの動きが無駄なく、華麗になる。

 二人の間を縫い、ダンスのステップを踏むがごとく攻撃を潜り抜けて反撃する。

 もはや「時間停止」に頼るまでもなかった。


 最後の一人となった男が破れかぶれで拳に闘気を溜めて突進してくる。


「これでフィニッシュだ」


 ダイアナの上半身が弧を描いて後ろへ倒れる。

 跳ね上がった足が敵の胸を蹴り上げた瞬間、ダイアナの黄色に輝く闘気が弾ける。

 これ以上ないほどの完璧な後方転回を決めたダイアナは、強力な技を放ったとは思えないほど穏やかに着地した。


「たった一人で……、化け物か……」


 倒れた男が悔し紛れなのか、ダイアナを睨みつけてつぶやいた。


「ふん、この“キャンディ”をナメるには、あんたらは力不足だっただけのことだよ」


 言いながら、ダイアナはドロップを口に放り込んで、ころんと転がした。


 戦闘が終わったことでもっと広い範囲の音を意識し始める。

 いつの間にか倉庫の周りにはパトカーが押し寄せ、警官達が包囲網を組んでいた。


「ご苦労さん! 終わったから、後は頼む」


 ダイアナが声を張り上げてを振ると、警官達から歓声が上がった。


 彼らの声に送り出され、ダイアナはバイクへと走る。


 前座は終わった。

 思わぬ超技も手に入れた。

 あとは、ミケールを倒しデイビッドを助けるだけだ。


 IMワークスのビルへとバイクを走らせ、ダイアナはますます高揚していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る