83 思い通りにはさせない

 ジョルジュとマイケルに録音した会話を聞かせると、二人とも眉間にしわを寄せ腕組みをしてじっとしている。

 何か策を考えているのだろう。


「なんとか先制できないかと思いましたが、難しいですね」


 重々しく口を開いたのはマイケルだ。


「相手の出鼻をくじくのは無理だろう。社員に危害が加わらんよう、事前に秘密裏に退社させるぐらいか」


 ジョルジュは応えながらダイアナをちらりと見た。


「おまえは、どうしたいのだ」

「そりゃデイビッドを助けに行きたいに決まってんだろ。ミケールもそこにいるんだろうし」

「そうだろうな」


 ジョルジュは納得してうなずいた。


「よし。こちらからの攻撃は二の次だ。社員の安全確保を最優先とし、ミケールの居場所を掴むことに努める」

「あてはあるのですか?」


 マイケルが珍しく不安そうに尋ねる。


「相手がこちらの動きを見ていられるということは、デイビッドが監禁されているビルはそう遠くない。マンハッタンの中は我らのだ。奴らの根城を特定するのはそう難しいことではない」


 潜伏している相手ならともかく、行動を起こした者を見つけ出すのは諜報部の十八番おはこだ、とジョルジュが腰に手を当てふんぞり返った。


「おぉ、課長が初めて格好よく見えたぞ」


 茶化すように言ったが、ジョルジュを格好いいと感じたのは本音だ。


「初めてか、まあいい」


 ジョルジュはダイアナに向き直った。


「おまえは後で存分に暴れてもらわんとならん。今のうちに休んでおけ」


 休息の命令が下りたが、あと一時間もすれば連中のアジトに乗り込むかもしれないと思うと気が休まりそうにないなとダイアナは苦笑いを返した。




 それから一時間。ダイアナは先ほどと同じように盗聴器が拾う音に変化がないかとヘッドホンをつけていた。


 先ほどと違うのは、必要以上に緊張しなかったことだ。


 ジョルジュが指揮を執り、ミケール達の居場所を探ったり、全社員を安全に避難させる計画を進めている。その経過がダイアナにも報告されているので安心して待っていられるのだ。


 一つだけ心配なのは、相手にワークスの動きがばれないかというところだ。


「盗聴器には何も反応はないのでしょう? 今はそこに賭けるしかないですね」


 マイケルの言う通り、音だけ聞く限りではデイビッドに異変はない。盗聴器が発見され外された可能性もあるが、時折衣擦れや吐息らしき音が聞こえてくるのはデイビッドのものであると信じたい。


 そして、一時間が経過した。


 ダイアナのスマートフォンが鳴った。ディスプレイには“D”の文字が。デイビッドのスマートフォンだ。

 ハンズフリーにして応対する。


「デイビッドか?」

『いいえ。彼の電話を借りています』


 ミケールだ。


「デイビッドは無事だろうな?」

『もちろん。ここにいらっしゃいます』

「声を聞かせろよ」

『いいでしょう。――どうぞ』


 スマートフォンがデイビッドに向けられたようだ。


『誘いに乗るな』


 たった一言、だが強い口調で、確かにデイビッドの声がした。

 彼が無事でいることにダイアナは心底ほっとした。


『デイビッドさんはこうおっしゃっていますが、きっとあなたに会いたいと思っていることでしょう。もちろん、私もです』


 ミケールが少々芝居がかった声で言ってのけた。


「オレにどうしろってんだ」

『あなたおひとりで、ニューヨーク港までいらしてください』

「すぐに、か」

『そうです。遅いようなら彼にはダイビングしていただきます』


 ミケールは港の一角、とある会社の倉庫を指定して電話を切った。


 よし、とダイアナは気合いを入れた。

 この一時間、彼女なりに考えていた。

 どうすることが最善なのか。

 あるいは自分はどうしたいのかを。

 今それを高らかに宣言する。


「そんじゃ、行ってくる。オレが戻るまで防衛よろしく」


 ジョルジュとマイケルが目を見開いた。


「倉庫に行くつもりか? そっちに行かなくてもいいよう準備は進めているんだぞ」


 ジョルジュの言うように、この一時間でIMワークス社員の安全かつ秘密裏の避難は順調に進んでいる。

 社員には「爆破テロの予告が入った。犯人を刺激しないように、そっと、速やかにビルを離れなければならない」と告知し、安全が確保されるまで外部のいかなる者との連絡を禁止して避難を開始している。今ではほとんどの社員がビルを離れているはずだ。


 そしてダイアナが出発するとともに、ミケールが潜伏しているビルの周りを警察とFBIが取り囲む手筈になっている。


 ジョルジュいわく「諜報部の本気を見せてやる」だそうだ。

 なのでダイアナが倉庫に向かうことはない。


 ミケールの計画は、ダイアナが倉庫に向かえばビルに待機している戦闘員が、万が一、直接ビルにやってくるようならば倉庫の面々が一挙にIMワークスに襲撃をかけると推測されている。


 ダイアナがミケールのアジトに向かった場合、倉庫に待機している無頼漢たちはまさに暴徒と化し、道行く者に気概を加えて回るだろう。表立って応戦の準備ができないので多少の犠牲者は出てしまう。


「どうせなら完璧に連中の計画をぶっ潰してやりたいだろう? オレが倉庫に向かえば市民の被害は減る」

「罠だと判っていても行くのですか」


 おそらく倉庫にはかなりの数の手練れを集めているだろう。FO使用者もいるに違いない。ダイアナを消耗させるのが目的なのは火を見るよりも明らかだ。


 それでも、ダイアナの決意は変わらない。


「あぁ。連中の思うようにさせてたまるか。悪人どもはオレが全員ぶっ飛ばす!」


 力強く宣言したダイアナに、ジョルジュとマイケルはしばし顔を見合わせ、やがてうなずいた。


「判った。ただし、猶予は一時間だ。それまでに制圧の連絡がなければこちらもデイビッド救出に動き出す」

「あなたがいなければおそらくデイビッドさんを救出し、かつミケールを取り押さえることは困難です。……戻ってきてくださいね」


 ジョルジュとマイケルに激励され、ダイアナは大きくうなずいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る