81 そんな選択できるわけがない
汚職警官への抗議は、話にすらならなかった。
事故の事情聴取をしただけ、自分はただ必要な職務を遂行しただけだ、と言い張ってダイアナの言葉に耳を傾けようとしない。
『無駄ですよダイアナさん。それより社にもどってください』
スマートフォンから冷たいマイケルの声がする。この声音は相当頭に来ているなとダイアナは察した。
後からやってきた、マイケルが手配した警察官に状況を説明し、ダイアナはワークスへと戻ることにした。
「大変でしたね。お怪我はありませんか?」
幾分か穏やかになったマイケルのねぎらいに少しだけほっとする。
大丈夫だと答えるとマイケルも微笑を浮かべた。
「ミケール達は計画がこちらに掴まれていることをも想定して準備していたみたいですね」
言いながらマイケルはレコーダーを再生した。
『残念だよデイビッド。おまえがここまで踏み込んでなかったら、今夜の襲撃でもおまえは兄弟のよしみで生かしておこうと思っていたのに』
『夜にワークスを襲撃というのは本当なのか』
カールとデイビッドの声だ。
「いつの間に盗聴器を……」
「拉致されると察した瞬間に小型の盗聴器を服のどこかに忍ばせたのでしょうね」
思わず感心してダイアナがつぶやいたのを聞きとって、マイケルが返してきた。
デイビッドはヘッドギアを外されていないらしく、いつもの機械の声だ。冷静な声音に聞こえるが、怒りが混じっているとダイアナは感じ取った。
カールは小ばかにしたような声で犯行計画と彼らの思惑を話した。
ミケール達が行動を起こす前に何らかの手段でIMワークスがカールとミケールの正体に行きついた場合、デイビッドやダイアナが必ず昼のうちに動くであろうと彼らは見積もっていた。その場合、ダイアナは極めし者なのでデイビッドを人質に取るのがよいと実行犯には指示しておいたのだ。
『警官にわいろを渡したか』
『そんな刹那的な協力じゃない。諜報組織に積極的に協力する勢力と同じように、ずっと犯罪者とつながっている連中もいるんだよ』
おそらくデイビッドはマフィアとつながっている警官がいることは知っているだろうが、こうして音声に残すのを目的に尋ねたのだろう。
囚われの身となっても、この後のことを考えて動いている相棒にダイアナは舌を巻いた。
『……ここはどこだ』
『ミケールさんの持ちビルとだけ答えておこうか』
『ワークスを襲撃するのと併せてダイアナを呼び出す気か』
『そう。ダイアナがいなければ武器を用いての襲撃で十分痛手を負わせられるだろう』
『諜報部は社のほんの一部だ。他の社員まで巻き込む気か』
『報復とはそういうものだろう?』
無関係の者を巻き込む方がダメージが大きいだろう、とカールはせせら笑った。
喉を震わせるようなうなり声がした。デイビッドの地声だ。
兄が血も涙もないことを平然と言ってのけたのだのだ。言葉もなくすだろう。
ふと、タバサの供述を思い出した。
ミケールも怖いが、あの人は違った意味でもっと怖い、と言っていたそうだ。
カールが彼女らの直属の上司だとしたら、そりゃこんなことを平然と言われたら怖いわなとダイアナは息を吐いた。
『ダイアナは、きっと来ない』
少しの間を空けてつぶやかれたデイビッドの言葉に、ダイアナは思わず「えっ」と声を上げた。
『なぜだ?』
『夜の襲撃がなくなったという確かな情報がないなら、俺一人を助けるために動くより、ワークスを守る方が断然利があるからだ』
『彼女が冷静にそのような判断をするとは思わないがな。おまえを気に入っているようだし』
なんだよ人を感情ばっかりで動く女みたいに言いやがって、と腹も立つが、カールの言い分は間違っていないな、とも思う。
デイビッドも同じように感じたのか、ふふっと笑った。
『ダイアナは、そうだな、直情的といえるが、上司が引き留めるだろう』
『なるほど、その可能性はあるな。もう少し強いメッセージを出しておこうか』
『強いメッセージ、とは?』
『おまえの体の一部を切り取って送り付けるとか。どこを切り取ればおまえと判断できて、かつこちらが本気だということが伝わるかな』
実の弟の体を刻んで送り付けるなどとおぞましいことを口にしているとは思えないような、歌うようなカールの声。
ぞくりとダイアナの背が震え、全身に広がった。
『それでも、ダイアナは来ない』
デイビッドの強い声。
これは、彼のメッセージだ。
来るな。ワークスを守れ、という彼の願いだ。
ダイアナは強く拳を握り、歯を食いしばった。
『そうかな? まぁそれならそれで、ダイアナは相棒を見捨てたというレッテルを一生自分に貼り続けることになるだろう。彼女の気勢をそぐのに十分な効果だよ』
またデイビッドのうなり声が聞こえた。
『彼女が、ワークスがどんな決断をするのか、夜が楽しみだな。まずはこれでも送っておこうか』
ごそりと何かがこすれる音がした後、どうやらカールが部屋を出たようで、足音とドアの開閉音を最後に物音は聞こえなくなった。
「この会話が捕まった直後のものと思われます。それ以降は誰もデイビッドのそばには訪れていないようですね。盗聴器に気づかれていないのは幸いです」
マイケルが軽く息をついた。録音を聞いている間、彼も知らずに息をつめていたようだ。
「あんたは、どう考えてるんだ。オレにデイビッドを見捨ててここを守れと言うのか」
ダイアナの声は震えていた。
「どちらかを選ばないといけないのであれば、……こちらに対応していただきたい」
冷淡に聞こえるが、マイケルの顔を見れば本心からそう願っているわけではないのがうかがえる。
ある意味、命令を実行するダイアナよりも、命令を下す彼の方がつらい立場かもしれない。
二人とも黙り込んで一分ほど。会議室は奇妙で重苦しい静寂に包まれた。
突然、電話が鳴り響いてダイアナは「うおっ?」と驚きの声をあげる。
“きゃ、とかじゃないのがリラ子だな”
デイビッドがこの状況を見ればおそらくニヤつきながらこんなことを言うだろう。
マイケルはどこか安心した顔で電話に向かった。彼にも先ほどの沈黙は心苦しいものだったのかもしれない。
「はい、マイケルです。……え、カールから? 判りました」
カールの名が聞こえてダイアナは勢いよくマイケルを見る。
電話を終えたマイケルは深いため息をついた。
「カールから、という荷物が受付に届けられたそうです。あなたはまだここでお待ちください」
言いおいて、マイケルが退室した。
一体何が届けられたのか。
まさか本当にデイビッドの体の一部だとか……。
考えたら悪寒が背中を駆け上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます