80 汚職警官もいるのを忘れていた

 昼過ぎ、ダイアナとデイビッドはIMワークスを出社し、ディルバルト家に向かった。


「奴らが本格的に動き始める前に踏み込むんだな」

「そうだな。数人が集まるという話だから、二、三人が訪問したところでこちらも動く」


 車内で二人はこれからの行動の最終確認を行った。

 ダイアナが正面から堂々と訪問する。デイビッドはその隙に横手や裏側など、警備の薄そうな場所から忍び込む。

 家で戦闘になるだろうが警察も呼んであるので部下達の逮捕は彼らに任せ、実質ミケールとダイアナの戦いになるだろう。デイビッドは出来得る限りの補佐をすることになる。


「家の中に罠を仕掛けてある可能性もあるからな。俺はおまえ達の戦いがきちんと一対一になるように助力しよう」

「オレ一人に任せておけばって口調だが、もしオレが危なくなったらどーすんだよ」

「そこは高レベルの極めし者として自分で何とかするんだろ? “クレイジー・キャンディ”」


 ここで助けると言わないのがデイビッドらしさだ。

 口には出さないが彼はきっとダイアナがピンチだと判断すれば可能な限り助力をしてくれるだろう。


 なんだかんだで相棒となって大きなヤマを三つ超え、彼の性格は判ってきた。


「クレイジーって言うなっての」


 なのでダイアナもいつもの返しで、にししっと笑った。


 こいつとならディルバルトことミケールを取り押さえることができる。計画通りにうまくやれる。

 ダイアナはそう思っていた。


 が。


 目的地まであと五分とない場所、アッパーイーストの住宅街で対向車線から乗用車がものすごい勢いで突っ込んできた。

 デイビッドが咄嗟にハンドルを切って正面衝突は免れたが、運転席の後ろのドアに車がめり込んできた。幸運だったのは後続車が追突してこなかったことだ。

 派手な音が周囲に響き渡り、目撃者は目を見開いて二台の車を凝視している。


 ぶつかると一瞬でも早く予測できたのでダイアナは闘気を解放して身を守っていた。しかしかなりの振動で頭を窓ガラスにぶつけてしまった。


「いててて。おい、デイビッド大丈夫か?」


 運転席の相棒に声をかけると、比較的元気そうな表情で相槌が返ってきたのでほっとした。


 衝突してきた車の後部座席から男が二人、降りてくる。


「話してくる」

「明らかに怪しいぞ」

「判ってる。おまえは車から出るな。ドアもロックしろ。オレが連中と話してる間にマイケルに連絡しとけ」


 二人がこのような会話をするほどに、相手の男達の風体が高級住宅街にそぐなわないものだった。頭はぼさぼさ、服はよれよれで、スラムから拾ってきたのかと疑いたくなるほどだ。


 それに、相手の車は意図してこちらに突っ込んできた感がある。

 カーブもしていない、見通しのいい道路だ。運転手によほどのことがない限り偶発でこんな事故はありえない。

 ダイアナ達が何をしにどこへ行くのかを察したマフィアが妨害工作を仕掛けてきた可能性もあるのだ。


「あんたら、後ろに乗ってんだたよな。運転手は大丈夫か」


 あんなぶつかり方をして無傷なわけはないと思いつつ尋ねる。


「そっちはどうなんだ」


 問い返してきた男の口元が少しニヤついているように見える。


 これは予測通りかとダイアナは警戒感を強めた。

 周りを見回す。

 目撃者の何人かは電話をかけている。警察や救急車を呼んでくれているのだろう。


「大丈夫だ。ただ怪我はしているから出られない」

「へぇ、そりゃお気の毒に」


 言いながら、男達が殴りかかってきた。

 やはりか、とダイアナは拳をかわす。


 まだ歩道に人がいる。男達から殴りかかってきたことを見ていることだろう。ここは早々に男達を無力化した方がよさそうだ。

 ただし手加減は必要だ。攻撃してきた腕を掴んで足をかけ、地面に転がす。


 二人目も同じようにいなした時、パトカーのサイレンが聞こえてきた。


 早いな、とダイナアは思った。

 目撃者の通報が複数あったからか、マイケルが手を回したのか。

 どちらでもいい。早くこの状況から脱出できるなら。


 ダイアナ達の車の後ろからパトカー二台がやってきて、追い越したところで停車する。

 やれやれ助かったとダイアナは笑みを浮かべて、車から降りてきた警官に事情を説明しようとした。


「これはどういうことだ」


 だが警官はダイアナに厳しい目を向けている。


「どう、って、あっちの車がぶつかってきて、同乗者が殴りかかってきたから無力化したところだ」

「そうか。話を聞かせてもらおう」


 パトカーに促された。


 もう一台のパトカーからも警官が出てきていて、道に倒れた男を起こし、話を聞いている。


 あちらの聞き取りもやってるなら、まぁいいか。

 ダイアナはパトカーの後部座席に乗った。


 促されるままに事故の様子を話し、後ろの車を振り返った。

 信じられない光景が広がっていた。


 いつの間にかもう一台のパトカーはいなくなっている。代わりに現れた男達が、デイビッドを引きずり出していた。あっという間にデイビッドを別の車に押し込んでいる。


「おい、ちょっ!」


 ダイアナは両隣に座る警官を押しのけドアノブに手を伸ばした。


「こら、暴れるな」

「んなこと言ってる場合か、誘拐じゃねぇか!」


 言いながら無理やり外に転がり出た時にはもう、デイビッドを乗せた車は走り去っていた。


「おまえら、マフィアのグルかっ!」


 ダイアナが警官達に怒鳴りつけると、後部座席の二人は「何のことだ」とうろたえ、運転席に座っていた男が意味ありげに笑った。


 こいつは最初にダイアナに声をかけてきた警官だ。

 マフィアの指示を受けていたのか彼と、後一台のパトカーにもいるのか。


 ミケールの動きを止める計画を潰されたうえにデイビッドを拉致までされてしまった。


 すっかりしてやられたのだ。


 ダイアナは悔しさに歯噛みしながらマイケルに電話をかけた。

 そのころになってやっと、救急車と、正規に手配されたであろうパトカーのサイレンが聞こえてきた。

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