79 吹っ切れた相棒は仕事が早い

 キャンベル探偵事務所では相変わらずデータの入力作業などしか任せてもらえていない。

 そろそろ何か次の手を考えた方がいいのではと言ってみても、その「次の手」が思いつかないとはぐらかされる。


 これは、時間稼ぎをしているなとダイアナは感じた。

 だが進展は思わぬところからもたらされた。


「焦る必要はない。探偵事務所とディルバルトのところに盗聴器を仕掛けてきた」


 IMワークスの会議室で、デイビッドがすがすがしいまでの笑顔で言った。


「え、オレが土曜日に仕掛けに行くことになってるんだけど……」


 あまりもの相棒の晴れやかな顔に思わず尻すぼみになるダイアナ。


「引き延ばされてる感じがするんだろう? 恐らく連中は大きな何かを起こす準備が整いつつあるんだろう」


 デイビッドは表情を引き締めて続ける。


 彼らが準備している「何か」――おそらく三大ファミリーを結束して事件を起こすのだろうが――が整いつつあるので、あとは周りをちょろちょろとしているダイアナが余計なことをしないように手元に置いて見張っているのであろう。


 なので土曜日にダイアナが盗聴器を仕掛けに行ってもおそらく大した情報は得られない。問題ないと判断したから、ディルバルトはダイアナの訪問を快諾したのだ。もしかするとそれまでにことを起こす可能性すらある。


 ならばさっさと言質を取り、備えるしかないと判断したデイビッドが、早速連中の事務所や家に忍び込み、盗聴器を仕掛けたという。


「おまえ、なんか吹っ切れた顔してんな」

「おせっかいな相棒が目を覚まさせてくれたからな」


 平然を装っていたが、やはりカールがマフィアに与していたことはショックだった、とデイビッドは言う。

 自分を取り繕うのに精いっぱいだったが、ダイアナに必要だと言われて、今の自分でいいのかと、すとんと納得できた。


 クリアになった頭で今までの流れを整頓しなおし、先の行動に移ったのだ。


「デイビッドさんが本調子にもどってくれてよかったです」

 マイケルも満足そうだ。


 ま、そういうことなら、よかったんだろうなとダイアナも微笑を浮かべた。


「で、クリアになった頭で考えて、おまえは誰がミケールだと思う?」

「ディルバルトだろう。カールはサマンサ達の直属の上司ってところかな」

「じゃあ、なんでディルバルトが怪しいなんてわざわざ思わせたんだ?」

「おまえも考えていた通り、それがひっかけだとこちらに疑心を抱かせるためじゃないかと思う」


 なるほどとダイアナはうなずいた。

 彼の推測通りなら、正解の近くでぐるぐると迷走をしていたことになる。


「言質が取れたら、彼らの計画のさらに先に動けるように手配しないといけない。忙しくなるな」


 デイビッドは張り切っているようだ。

 ならばダイアナも何かできないかと申し出てみたが、こちらが次の行動に移っていることを気付かれないために、今まで通りにしていろと言われてしまった。


 早く悪人どもに制裁を加えたい。

 だが今はデイビッド達の言う通り、おとなしくしているほかはなさそうだ。


 来るべき決戦の日のために力を蓄えておく機関だと自分に言い聞かせ、ダイアナは拳をぐっと握った。




 金曜日の朝までは、何の動きもなかった。

 と、ダイアナは思っていた。


 なので前日も昼間はキャンベル探偵事務所に行って、ワークスが掴んだディルバルトや彼に関わる人物のちょっとした情報を提示し、事務所の資料を作成して、キャンベルやカールと世間話などもしていた。


「今日は探偵事務所に行かなくて結構です。キャンベルにはこちらから連絡しておきます」


 朝、ダイアナが出社するとマイケルに呼び出されて告げられた。


「なんで――」


 反射的に疑問を投げかけようとしたダイアナだが、マイケルの変化を察して理解した。

 マイケルは丁寧な口調で話す。ダイアナにもさん付けをするぐらいだ。

 その彼が呼び捨てにする相手は犯罪者、あるいは疑いが濃い者だけだ。


 デイビッドが仕掛けた盗聴器に何か引っかかったのだろう。


 口をつぐんだダイアナにうなずいて、マイケルはレコーダーを再生した。


『ダイアナ・トレイスが土曜日に私のところに来るそうだ。不動産関係の相談があると言っていたが、おそらく盗聴器か隠しカメラでも仕込むつもりだろう』

『では計画の方は』

『金曜日の夜に前倒しだ』


 カールとディルバルトの会話だ。


 IMワークスを襲撃する計画で、実行犯は金曜日の夕方にディルバルトの事務所に時間差で訪れ、計画の最終確認ののち、各々が行動に移すという手筈になっているようだ。


 ダイアナの相手はディルバルトがする、と言う。

 なかなかの腕の持ち主のようで楽しみだと不敵に笑っていた。


 この会話がフェイクではない証拠に、メールのやり取りもデイビッドが抑えてある。


「うまく誘い出されてくれました。ダイアナさんはデイビッドさんとともに今日の昼からディルバルトの事務所を見張り、実行犯が訪れたら踏み込んでください。警察にも連絡済みです」


 何もかも手配済みだ。デイビッドと、諜報部の本気をみた気がした。


「それだけ大きな、かつ重要な案件です。今までかなわなかった大物幹部が逮捕されればマフィアの力を大きくそぐことができるでしょう。ただ、ダイアナさんには大きな負担になるかもしれません。くれぐれも油断なさらないように」


 ディルバルト――フランチェスコ・ミケールは組織の奥の手ともいわれている男だ。

 今まで戦ってきたどの極めし者よりも強いと予想される。

 ダイアナが彼を抑えられなければ他の者では拘束はできないだろう。ディルバルトが逃げ延びれば、おそらく姿も名前を変えてまた表舞台から姿を消すだろう。


 今まさにしっぽの先を掴んだ状態だ。ここで潜られるわけにはいかない。


「上等だ。ディルバルトをぶっ飛ばしてマフィアを潰してやる」


 ダイアナの闘志は一気に燃え上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る